仕事に疑問を持ったとき、やらされ感が拭えないとき、あなたを助ける言葉がある。
仕事とは何だろう?
自分が提供した何かが、誰かを満足させ、その対価としてお金(あるいはそれに相当するもの)を得ること――そんなふうにいわれることが多い。だから、満足させることが大切で、満足させられなければ、「お金を払ったのに、この程度なのか」と失望させてしまうことになる。逆に期待を上回れば、「ここまでしてくれたの!?」と相手は驚き、対価が高かったとしても、大きな満足を与えることもできる。
ある時、上司がこう言った。「仕事って“誰かを喜ばせること”だよね」。
「喜ばせる」は「満足」よりも、私にはイメージしやすかった。自分が何かをすることによって、「誰」を喜ばせたいのか。その相手を「どう」喜ばせたいのか。そういうふうに考えると、提供する商品やサービス、有形無形のあらゆる「仕事」が見えてくる。
あるSI企業の新入社員研修で、この言葉を紹介してみた。SEの卵たちに「皆さんの仕事は、誰を喜ばせていますか?」と問い掛けてみたのだ。
昨今の優秀な新入社員はこういう質問に即答できる。
当社のお客さまです。
例えば?
ええと。まだ配属になっていないので、どういう仕事があるのか……
間違っているかもしれませんけれど、例えば、金融システム部だったら、銀行を喜ばせる仕事をしていると思います。
なるほど。他には?
他に?
その銀行の先には、誰がいますか?
ええと……、銀行の取引先ですか?
銀行は誰に向けて仕事をしているのでしょう?
預金者とか?
そうですよね。
……あ、そうか! 「銀行のシステムを担当することで、預金者を喜ばせる仕事をしている」ともいえます。
そうそう。「直接のお客さま」と、「そのお客さまの先にいるお客さま」を喜ばせていると考えられますね。
新入社員たちの「日報」には、このやりとりについての感想が記載されていた。
「自分の仕事が誰を喜ばせているかを考えるという発想は今までなかったため、とても新鮮だった。給料というのは、喜んでくれた誰かから頂くものなのだなあ、とあらためて思った。配属されたら『喜んでくれる誰か』を幅広く想像しながら活躍したい」
「直接のお客さまだけではなく、その先にもお客さまがいるのだと思ったら、仕事ってとてもやりがいのあることだと思えた。どの仕事でも直接喜ばせるお客さまと、その先にいるお客さまとがいるのだと常に考えながら仕事をしていきたい」
ネガティブな気持ちになったときにも、この問いは有効だ。
「何のためにこんなことやっているんだろう?」とモチベーションが下がったとき。
「この仕事はする必要があるのだろうか?」と自分の仕事に疑問を感じたとき。
「上司に言われたから」とやらされ感を持ったとき。
気持ちが少し後ろ向きになりかけているようなときに、「これは誰を喜ばせているのだろう」「私のしていることは誰の喜びにつながるのだろう」と自問自答してみることには意味がある。
「上司に言われた仕事ではあるけれど、これを作れば○○さんの喜びにつながる」と思えたら、やらされ感から抜け出せることだってある。
全体を見る立場にある管理職であっても、若手社員のように自分の半径数メートルくらいしか視界に入りづらい立場の人であっても、誰もが「自分がやっていることは誰を喜ばせているのか」と考えてみるのはいいことだ。
私たちは、日々の“業務”が忙しくて、ついつい「何のためにやっているのか」を忘れてしまいやすい。「とにかく、この“作業”が終わったら、次!」「ようやく、今日の“タスク”が終わった」と、とかく細切れの「すべきこと」や「片付けるべきこと」に目が向いてしまう。
誰のために、誰の喜びにつながるのか、といった視点は忘れやすい。意識しても、直接の顧客までしか思い至らないこともある。でも、お客さまの先には、さらにお客さまがいる。どこまで先の先を見るかは別として、喜ばせている相手がたくさんいると考えてみると、自分の仕事にはとても意義があるように感じられるのではないだろうか。
例えば、医療従事者が「目の前の患者の回復を手伝うために仕事をしている」と考えた場合、「誰のために」は「患者のために」となるが、患者が回復することで、その家族や仕事関係で関わる人など大勢に喜びをもたらすことにつながる。
例えば、旅行代理店の人が販売するのは、たった1枚の新幹線のチケットかもしれないが、その新幹線のチケットを持って出掛けた先で、新たな商談が成立しているかもしれない。長年会えなかった旧友との再会がかなっているかもしれない。
私はこのコラムを、読んでくださる方の何らかの「喜び」につながればいいなあと思って書いている。何か困ったことが起こったとき、気分の立て直しをしたいと思ったときに、何らかのヒントが得られ、考え方を広げるヒントになったり、その言葉で癒されたりする手伝いができればいい。
「これによって誰を喜ばせているのか」「誰をどう喜ばすのか」を考えるというのは、新しいことを始めるときや、ずっとやってきたことに対してのやりがいを見失いそうになったときなど、さまざまな場面で有効な問いだ。きっと、自分の仕事の意義を明確にすることができるだろう。
もし、「喜ばせる誰か」が存在しないと思えるのならば、その仕事は「しなくていい」ものなのかもしれない。すべきかどうかをきちんと検討するためにも「誰を喜ばせているのか」を考えるのは意味がある。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー
1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。
日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「田中淳子の人間関係に効く“サプリ”」
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