知るべきか、知らざるべきか、それが問題だ:田中淳子の“言葉のチカラ”(11)
電話がつながらない昭和の切なさと、送ったメッセージを既読スルーされる平成の切なさ、どちらがよりつらいだろう?
「パートナーの携帯を見て騒動になる」という話をたまに聞くけれど、実際はどうなんだろう? 「恋人や配偶者の携帯履歴やメールをのぞき見て、異性とのやりとりや写真を発見しちゃって大騒動!」なーんてことが、本当に世界のあちこちで起こっているのだろうか。
私が若いころはそういうツールがなかったので、幸いにもこういった経験はない。しかし、たとえ当時携帯やスマホがあったとしても、私は見なかっただろうと思う。
つながるか、つながらないか、それが問題だ(った)
2014年に入社した新入社員は、一番若くて92年生まれ(のはず)。中学生くらいの時にはすでに携帯電話やインターネットが身近にあった世代だ。
彼らにこんな質問をしてみる。
「彼女の家に電話したら、お父さんが出ちゃって慌てた!」とか、「彼女だと思って話し始めたら、そっくりな声のお母さんだった」とか、そういう経験ありますか?
「ないですねぇー」「家に電話することないし」――ここ数年は100%「ない!」という答えが返ってくる。男女をひっくり返しても同じだ。「彼の家に電話したら、お母さんが出ちゃって気まずかった」といった経験がないのだ。
これを聞いた40代以上が「えー! いいなぁー。お父さんに『何の用ですか?』とすごまれてビビったなんて経験、しなくて済むんだー」と驚いたりうらやましがったり。
「20時に連絡が来るから、電話機の前で待機」なんてこともない。「20時までに帰宅できないと、会話が叶わない」というスリルもない。
そう考えると、昔の恋愛模様は「空白の時間」や「すれ違い」なんかがあって、切ない反面情緒もあったなぁ……などという話をしたいのではない。今は今で、違う種類の大変さが「恋愛」周辺にはあるのではないだろうか。
最近はSNSなどで「相手が今、何をしているか」が分かってしまう。それはそれで切ないだろう。
「既読スルー」という言葉がある。こちらが送ったメッセージを相手が読んだ形跡はあるのだが、返事を返してくれない状態のことだ。自宅の電話で相手を捕まえられなかった切なさとは異なる切なさが「既読だけどスルー」にはあるように思う。
かつては「つながれる」か「つながれない」かが課題だったが、いつでもつながれる現代は、「つながっているのに、つながらない」ことが、寂しさや切なさを生むのではないだろうか。
知らぬが仏
ツールによって「切なさポイント」が変わっても、恋愛はいつの時代も胸がきゅんとなるものではある。
「携帯を盗み見て、異性とのやりとりを目にしちゃった」とか、「送ったメッセージを読んでくれたけど返事がない」とかによって動揺が生まれ、ザワザワした気持ちが胸のど真ん中に鎮座してしまう。「出来事があったかどうか」ではなく、それを「知っている」ことで心がざわつくのである。
ここまで恋愛で話を引っ張ってきたが、ことは恋愛に限らない。
ネットやSNSが広まって、いろいろな情報をつい見てしまうことがある。「自分に対する批判かな? と思われる書き込み」や「仕事を頼んでいる相手が、サボってご飯を食べている写真」など、知ってしまったために何ともいえない気持ちになることがある。
ずーっと前に男友達が言っていた。
「知らなかったことは、なかったことなんだよ」と。知らなければ、その“事実”はないも等しいという意味だ。最近この言葉をよく思い出す。
知らぬようにほっとけ
今はなかなか「知らない」ではいられないが、それでも、知ることで苦しさが増したり心が痛んだりするのであれば、「自分からわざわざそういう情報を見にいかないようにする」のは処世術の一つだ。
だから冒頭の携帯チェックなんてしない方がよいし、「心の平穏」のためには、SNSなどで気になる誰かの動向を見ないようにしてしまえばいい。
ましてや「エゴサーチ」。これは、本当に気を付けた方がいい。
自分のことを誰かが批判しているのを見つけて、ぐんと落ち込むことはある。けれど、自分から見つけにいかなければ、批判されていることを知らずにいられるかもしれない。
情報の海に溺れそうになりがちな現代。知っていたら得することも多々あるのだが、知らなかったとしても人生にさして影響はないものも多い。だとしたら、わざわざ心がかき乱されるようなことはしない、という選択もとれる。
「知っている」ことが必ずしも、私たちにハッピーをもたらしてくれるわけではない。知らなければ「なかったこと」として済ませることもできる。「知らなかったことは、なかったこと」。そういう風に思うのも、この時代のサバイバル術なのだ。
- あなたなんて要らない――戦力外通告を受けたときに考えたこと
- 仕事より大事なものがあるの?――忘れられない上司の言葉
- 1行だけの「TODOリスト」――仕事をゲームのように楽しむ方法
- もしも、上司が会議で「いいね!」と言い続けたら
- 先輩とメアド交換しちゃった!
- その“優しさ”は本物か?――“優しい先輩”の落とし穴
- もし、希望と違う部署に配属されたら
- 新人さん、いらっしゃ〜い♪――新入社員の迎え方 配属初日編
- ヤァ! ヤァ! ヤァ! 新入社員がやって来る――新人が言われてうれしい言葉、戸惑う言葉
- 「老害」「キラキラミドル」あなたはどっち?――40、50代エンジニアに必要な「能力観」
- なぜ「言わない」の?――誰にでもできる、やりたいことを実現するための超簡単な方法
- あなたの「原点」は何ですか?
- 良い仕事をするために必要なたった一つのもの
- あなたは、いいよね――人の能力をうらやましく思ったらすべきこと
- それで、あなたはどうするの?――仕事の引き継ぎをしないと機会損失を被るのは誰か
- 楽しそう? ツマラなそう?――身近な人のまなざしを通して自己理解を深めよう
- なぜ新人は幹事をやるべきなのか――先輩が後輩に伝えねばならぬこと
- 「できるか、できないか」よりも「どうすればできるか」を考えよう――拡張的能力観(Growth mindset)を持てば人生も仕事も楽しくなる
- それでいいじゃないですか――“リフレーミング”の思考法
- あなたが未来に描くもの
- ぼく、そんなこと言った?
- あなたに褒められたくて
- 箇条書きのメール
- 棚上げのススメ
- “いのち”の使い方
- 未来の自分を応援する
- 知るべきか、知らざるべきか、それが問題だ
- 仕事は楽しいかね?
- その仕事は誰のため?
- どうして、あなたの上司は「何も考えていない」のか
- レリゴー、レリゴー♪ それ以上でも以下でもない、ありのままの私
- 「できない理由」にとらわれたら
- 選ばなかった道の先には何がある?
- 「こんな仕事、やってられるか!」という時の過ごし方
- あなたは“腐ったミカン”です
- 私を救ったあの日の言葉
- 私はあなたの応援団長
筆者プロフィール 田中淳子
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー
1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。
日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「上司はツラいよ」
ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.