十数年前に米国で受講した「リーダーシップ研修」には、最後に「6週間後の自分宛てに手紙を書く」というワークがあった。「明日からやってみよう! と今決意していることを、6週間後の自分に“今でもちゃんとやってますか?”とリマインドするようなもの」であれば、チェックリスト形式でも問い掛け文列挙でもよく、書き方は問わないというものだった。
1カ月半後の自分に「思い出してほしい」ことを思い思いに書いた手紙を講師が預かり、6週間後に郵送してくれるというサービス付きだった。このワークが非常に印象的だったため、研修を日本語化した際にも、同様のワークを取り入れた。期間は「1カ月後」とした。
研修で学んだり気付いたりしたことの中から何を実践するかを考え、目標を立てる。しかし、その目標を実践するかどうかは自分次第だ。「よし、明日からやってみよう」と決めると、数日は意識的に行動するだろう。しかしたいていの場合は、よほど意思が強くない限りは元の行動に戻ってしまうものだ。
例えば「部下と1日1回は会話しよう!」とか「部下から話し掛けられたら、手を止めて、相手に椅子を勧めて、視線の高さを合わせて話を聞こう」などと決意したとする。数日間は実践できるだろう。
しかし、決意はだんだんと薄れていく。気付けば「あ、今日は会議が続いたから、部下と1回も会話しなかったし、顔すら見なかったな」「忙しい時に話し掛けられたから、ついPCを操作しながら会話しちゃった」など、「しようと思っていたこと」を「していない」日が増えてくる。それでも「忘れていた」と思い出すうちはまだましで、そのうち反省すらしなくなる。
行動を変えるためにはとても強い意思が必要だし、続けていることに対して誰かから褒められたり、認められたりしないとなかなか強化されない。しかし周囲も忙しいので、行動を変えても気付いてくれない。下手すると「どうしたんですか? 今日はやたらと話を聞いてくれるじゃないですか。もしや研修で習ったことをやっているんですか?」などとからかわれて、気持ちがなえる場合もある。
研修を受けて「こういう行動を取り入れよう!」と決めても徐々にやらなくなるというのは、誰にでも起こり得る。しかし、決意したことを手紙にしたためて1カ月後に受け取るようにすれば、1カ月後に思い出す機会が得られる。
研修で「1カ月後の手紙を送信する」スタイルを取り入れてから数カ月たつと、受講者から電子メールが届くようになった。手紙を発送した私としては「届いたかな? ちゃんと読んでくださっているかな?」と気になっているため、「今日、手紙を受け取りました。送ってくださってありがとうございました」などの到着確認をいただくと、とてもうれしい。私からも「手紙にお書きになったことを、ぜひ思い出してみてくださいね」などと返信した。
ある日、1通のメールが届いた。20代後半の男性からだった。
田中さん
春にリーダーシップ研修を受講した××です。1カ月前に預けた手紙を今日受け取りました。
手紙の中身を確認するまでもなく、あの日自分で「やろう!」と決めたことは、一日も忘れることなく、実践してきたつもりです。それだけではなく、いつでも内容を再確認できるように、とテキストも手元に置いています。
まだまだできていないことが多いのですが、いいメンバーに恵まれていますので、少しでもチームが成功に近づくよう頑張っています。
彼は研修で課題に熱心に取り組み、いつも前向きな発言をしていた。気付いたことや他者の発言から見つけた「自分のチームに役立ちそうなこと」を細かくメモに取っていた。グループディスカッションでは、「いいメンバーに恵まれているので、本当にありがたいし、楽しく仕事ができている」とメンバーに感謝する言葉をたびたび口にしていた。常にニコニコとしている、笑顔のステキな若きリーダーだった。
彼のメールはこう締めくくられていた。
手紙の最後に“今日も明日も頑張れ!”と書いてあり、自分で自分に励まされました。これからも頑張ります。手紙を送ってくださってありがとうございました。
このくだりを読んで、私はうるうるしてしまった。
今日も明日も頑張れ!――いい言葉だ。手紙の最後にこのフレーズが出てきたら、たとえ自分が書いたものであっても、きっと励ましになる。
他者からの励ましや承認によってももちろん元気は出る。でも、この例のように、自分の言葉に励まされ、力が湧いてくることもあるのだ。
この言葉は、私の心に深く刻まれた。何かあったら彼の言葉を思い出し、つぶやく。
今日も明日も頑張れ!
そして今度は、私が私に勇気付けられる。
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筆者プロフィール 田中淳子
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー
1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。
日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「上司はツラいよ」
ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!
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