5G事例の「その後」は? 実用化の進展と課題をチェックする羽ばたけ!ネットワークエンジニア(79)

キャリア5G、ローカル5Gの実用化はどこまで進んでいるのだろうか。本連載で取り上げた事例のその後の状況とそこから見える実用化の課題を述べる。

» 2024年07月29日 05時00分 公開
[松田次博@IT]

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連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 筆者は5G(第5世代移動通信システム)の実用化について、インターネットのニュースやネットワークの専門誌をかなり注意深く見ている。しかし、実証実験の記事はあっても実用事例はほとんど見たことがない。

 総務省の「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」では2020年度から2022年度まで69件の実証実験が行われ、その報告書が公開されている。しかし、69件のうち何件が実用化されたかは筆者が調べた限り情報が見つからない。実用化された事例が明らかになれば、ローカル5Gの有効な用途が分かって普及に役立つと思うのだが、残念なことだ。

 筆者が5Gの実用化がどこまで進んだか大掛かりな調査をするのは無理だが、本連載で取り上げた5G事例がその後どうなっているかを調べることで「進み具合」の一端を明らかにしたい。

着実に用途を広げる「牧野フライス製作所 厚木事業所 キャリア5Gネットワーク」

 2021年12月に完成した牧野フライス製作所厚木事業所のキャリア5Gネットワークは、モバイル網内にあるAmazon Web Services(AWS)のサービスを低遅延で利用できる「AWS Wavelength」を使って製造支援モバイルロボット「iAssist」を運用していること、基地局やアンテナを事業所内に多数設置し専用ネットワーク的に利用していること、事務棟でも5Gを使えるようにしていること、が特徴だ。

図1 牧野フライス製作所 厚木事業所のキャリア5Gネットワーク

 当初はNSA(Non Stand Alone)だったが、2023年4月にSA(Stand Alone)になった。設備(ハードウェア)が変わったわけではなく、基地局のソフトウェアがNSAからSAにグレードアップされただけだ。これがキャリア5Gの「陳腐化しない」というメリットの一例だ。ソフトウェアやハードウェアがサービスとして提供されているので、ソフトウェアの更新や保守期限切れに伴うハードウェアの更新は、キャリアが追加費用なくやってくれる。

 牧野フライス製作所 CIO 兼 管理本部情報システム部 ゼネラルマネージャの中野義友氏にその後の用途の追加について聞いたところ、図1にある「検査アプリ」や「受入れアプリ」での「iPhone」による高画質画像の転送と、事務棟での「5GによるWi-Fiのバックアップ」を挙げてくれた。

 「検査アプリ」とは、検査課の機械出荷時チェック写真をiPhoneで撮影し、自動で保管場所に分類して保存する仕組みだ。5Gの高速性を生かすことで生産台数×10分の時間短縮が図られたという。

 「受入れアプリ」は、倉庫物流課の受け入れ時の物品(部品)写真をiPhoneで撮影し、自動で倉庫管理システムに転送する仕組みだ。従来と比較して1件当たり約10分短縮されているそうだ。

 事務棟ではiPhoneが0A0番号による電話(4GによるVoLTE:Voice over LTE)とアプリの利用に使われている。あまり意識されることがないかもしれないが、5Gでは電話は使えない。5Gでの電話サービスはVoNR(Voice over New Radio)として標準化されているが、まだ商用化されていないからだ。そのため、牧野フライス製作所厚木事業所では、5G/4G兼用のオムニアンテナ(電波を同心円状に発射するアンテナ)を使っている。

 PCのWi-Fiが不調なときには、iPhoneのテザリングを使ってPC→5G網→インターネット→SASE(Secure Access Service Edge)→社内網と接続している。2024年4月に「月額換算750円で5年間パケット使い放題のPC登場 キャリア5Gオフィスの可能性を探る」で紹介したPCのように、パケット無制限で安価に利用できるPCを採用すれば、Wi-Fi不調時だけでなく、Wi-Fiをなくして常時5Gを使うことも考えられる。

4Gでユーザー数を拡大する「自動運転EVによる屋外対応型無人搬送サービス」

 5Gほどの広帯域は必要ないが、自動運転EV(Electric Vehicle)の運用では安定性と広域性が求められる。2022年12月に紹介した「eve autonomy(イヴオートノミー)」は、2022年11月から国内初の自動運転EVによる屋外対応型無人搬送サービス「eve auto」を4Gで提供している。

 eve autoは、ヤマハ発動機が開発した自動運転EV(積載300キロ、けん引1500キロ)と自動運転関連ソフトウェア/サービス開発企業のティアフォーが提供するソフトウェアプラットフォームを使っている。図2がその構成だ。

図2 eve autonomyの4Gによる自動搬送システム

 工場の敷地内のような屋外環境は、トラックや自転車、歩行者などが混在しており、電磁誘導線などによる搬送ルートの固定化も難しい。eve autoはこれらの課題を解決し、工事不要でレベル4の自動運転を実現している。レベル4とは、特定の条件下で不測の事態への対応も含め、完全な自動運転(無人)ができる自動運転のレベルだ。

 広大な工場を4Gでカバーし、安定したEVの運用を実現している。必要な帯域幅は10数Mbpsだ。自動シャッターや警告灯などの制御にはBluetoothを使っている。

 2022年12月にはヤマハ発動機、パナソニックなど9社で運用されていたが、2024年7月時点では約30社に増えている。

 イヴオートノミー 事業開発部 部長 西川岩和氏に5G(キャリア5G)、ローカル5Gへの対応について伺った。eve auto単体では4Gでおおむね問題ないが、昼休みはスマートフォンに帯域を取られて通信が不安定になることがあるという。複数カメラでのリアルタイムな遠隔監視が必要な公道などでの自動運転や同時多接続性が必要な環境の場合などには5Gが必要になる可能性があるそうだ。

 ローカル5Gはショーケースでの稼働例はあるが、まだ標準対応はしていない。工場などの施設を一体でスマート化やDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していく場合に、専用帯域を確保して安定的に運用したいというユーザーも想定されるので、状況を見ながら対応を検討するそうだ。

全国販売が始まったコマツ/EARTHBRAIN開発の「建設機械向け遠隔操作システム」

 2023年6月に紹介した、コマツ/EARTHBRAINが開発した「建設機械向け遠隔操作システム」は、オフィスに設置されたコックピットから、キャリア5Gを使って遠隔地の現場にある油圧ショベルを操作するものだ。エアコンの効いた快適な場所から建設機械を操作できるため、安全だ。しかも、複数の現場の建設機械を1人のオペレーターが切り替えて操作できるため生産性も向上する。

 2023年6月時点では現場での検証が行われていたが、検証が完了し、5月から建設機械向け遠隔操作システム「Smart Construction Teleoperation」として全国のコマツカスタマーサポート(代表取締役社長:粟井淳)で販売を開始した。既に複数の企業に採用されているという。

 2024年6月29日に開催した「第100回情報化研究会」で、EARTHBRAIN IoT開発担当 ヴァイスプレジデント 大場重生氏に「建設機械向け遠隔操作システム『Smart Construction Teleoperation』のご紹介と今後の方向性」と題して講演していただいた。

 コマツ/EARTHBRAINには「スマートコンストラクション」というソリューションがある。これは建設生産プロセス全体のあらゆるデータをICT(情報通信技術で有機的につないで「見える化」し、安全で生産性の高い建設現場を実現するものだ。

 デジタルツインで本施工前に最適な施工を検討する、安全性と生産性の向上のために建設機械の操作の省人化を図る、などの取り組みがされている。建設機械向け遠隔操作システム「Smart Construction Teleoperation」はその一環であり、さらにその先の「自動施工」(建設機械の無人運用)が研究されている。

 Smart Construction Teleoperationでは当初5Gを使っていたが、現在は図3のように4G、Wi-Fi、光回線が加わり、現場の環境に合わせてネットワークを選択できるようになっている。

コマツ/EARTHBRAINが開発した「Smart Construction Teleoperation」

 大場氏の話の中で興味深かったことが2つある。1つは、建設機械の遠隔操作では「変動する通信状況に対応する」ことがオペレーターの操作感を損なわないために重要だということだ。そのため通信速度をリアルタイムでモニタリングし、速度が速ければ低圧縮の高画質映像、遅ければ高圧縮の映像に調整している。

 もう1つはMOBILITY OFFICEにおける「Starlink」の利用に関するものだ。MOBILITY OFFICEとは、災害現場などでの遠隔操作工事にも対応可能な、Smart Construction Teleoperationのコックピット機能などを搭載したクルマだ。

 Starlinkも利用可能というので、遠隔操作にその回線を使うのかと思ったらそうではなかった。遠隔操作には4G/5GやWi-Fiを使い、Starlinkの回線は主に本部との情報共有に使うのだという。Starlink回線を使った建設機械の遠隔操作の実験はしたことがあるが、「3秒程度の通信瞬断が発生することがあるため、現在は利用していない」(大場氏)とのことだ。

ローカル5G事例のその後

 ローカル5Gの事例は、2022年8月に阪急阪神不動産のローカル5Gを使ったサテライトオフィスの実証実験を、2022年11月に徳島県のローカル5Gとキャリア5Gのインフラシェアリングを取り上げた。

 阪急阪神不動産のサテライトオフィスは、多様化するワークスタイルを支援するため、Wi-Fiよりセキュリティが強固で高速かつ安定した通信ができるローカル5Gを生かせないかどうか確認するためのものだった。

 同社の担当によると、実証実験は2022年7月から11月まで行われた。通信接続に問題はなくスペックの有効性も確認できたが、ローカル5Gの端末側の性能に問題があり、メーカー側もまだ開発に力を入れていない実態も垣間見られたという。実験参加企業からも、セキュリティなど信頼性の評価は、実用度合が進まないと総合的に判断できないといった現実的な意見があった。その後、それまで行ってきた実証実験や知見を踏まえ「時期尚早」という結論になり、ローカル5G導入の検討をいったん中断するに至ったそうだ。

 徳島県はキャリア5Gの広域性とローカル5Gの高速、安定性を生かした、救急車と病院の連携や基幹病院による遠隔地の病院の診療支援などを行っている。県庁と徳島県立中央病院ER棟の一部区画でキャリア5Gとローカル5Gのビル内配線設備やアンテナを共用する「インフラシェアリング」を使っているのが特徴だ。2022年時点でキャリア5GはNSAだった。その後の状況について徳島県庁の担当者にメールで質問したのだが、回答を得られなかった。

キャリア5Gの実用は順調に拡大、ローカル5Gは実用事例の報道を

 調べた事例は少ないが、キャリア5G(4G含む)は用途やユーザー数が順調に増えているようだ。企業がモバイルロボット/自動搬送車/建機遠隔操作システムの運用に求める「安定性」「高速性」(超高速である必要はない)、「低遅延性」「広域性」という通信要件を満たすだけでなく、初期費用が少なく自分で免許を取る必要がないため、導入のハードルが低いのがその理由と考えられる。

 初期費用は牧野フライス製作所の事例のように事業所内に専用ネットワーク的に設備を設置する場合でも、多数のスマートフォンと設備を共用することでユーザー側の設備費用の負担を軽減できる。専用的ではない、自動搬送車(4G)や建機遠隔操作システム(5G/4G)では初期費用はごくわずかで済む。

 キャリア5Gは上記の通信特性と導入のしやすさから、遠隔操作や事業所内のAGV(Automatic Guided Vehicle:無人搬送車)の分野では既にかなり広く使われているのではないだろうか。これからは牧野フライス製作所の事務棟で部分的に実現しているオフィス内の5GでWi-Fiを代替えするような、企業ネットワーク全体への活用を目指すべきだ。

 ローカル5Gの実用化動向がどうなのか述べられるほどの情報を筆者は持ち合わせていないが、実用事例の報道がほとんどないことから見ると、普及が順調とはいえないようだ。機器費用の高さや導入時に免許が必要なだけでなく、運用後の設備変更(例:アンテナの方向の変更)にも認可が必要なことが今もネックになっているのかもしれない。

 ローカル5Gが実用化された成功事例が報道などで公開されれば、ローカル5Gの効果的な用途が知られることになり普及のきっかけになる。自治体や企業は実証実験の報道ではなく、実用事例の報道を積極的にしてほしい。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


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