「えっ?」
それまで愛想笑いしていた本田の顔から、笑顔がすっと消えた。同時に視線が先ほど電話をかけていた自席の方に動いたことを美咲は見逃さなかった。
「ラ・マルシェというと……小塚さんから依頼されたってことですか?」
「はい」
美咲の返事を聞いて、本田の態度が変わった。前かがみだった上体を後ろにそらし、ほほ笑みを浮かべていた口元もへの字になった。
「なあんだ、そういうことですか。どうせ請求を取り下げろとか、そういう話でしょう?」
「まあ、そんなところです」と、白瀬が答えた。
「まったく……自分たちでは何にもできないからって、A&Dさんに泣きつくとは……。でもね、ウチは引きませんよ。契約をちらつかせながら、タダで人を働かせ続けたんですからね」
本田が吐き捨てるように言い捨て、小さく首を横に振ったので、白瀬が少し顔をしかめながら話した。
「しかし、褒められた話ではありませんが、システム開発プロジェクトで契約が遅れるのはままあることです。そこまで短気にならないでも……」
「小塚さんの様子を見ていれば分かります。ラ・マルシェは本来、ウチみたいな中小は相手にしたくないんですよ。小塚さん一人が頑張ったところで、社内の稟議(りんぎ)が通らんのでしょう」
「よくご存じですね。マルシェの内情を」と美咲が、さも感心したという表情で話した。
「そりゃあ、ウチだっていつまでも正式契約がなければ、いろいろ調べますよ。あちらの常務さん、えっと村上さんでしたっけ? その人がどうしてもウチを使うことを許さないそうで……」
「村上常務をご存じなんですか?」
「いや、知らんです。でも、ウチにもウワサは入ってきますから」
「なるほど」という表情をしてみせ、少し置いてから美咲は話題を元に戻した。
「でも、『契約をしてくれないから引き上げた』となると、裁判になったら必ずしも御社が有利とは思えませんが」
「どういうことです?」
本田の目つきが鋭くなった。
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