「あのとき転職していれば」――転職しないリスク:転職活動、本当にあったこんなこと(29)(2/2 ページ)
多くのITエンジニアにとって「転職」とは非日常のもので、そこには思いがけない事例の数々がある。転職活動におけるさまざまな危険を紹介し、回避方法を考える。
夢を実現するために
富沢さん(仮名)は29歳のシステムエンジニアです。大学卒業後、大手のSIerに入社し、大手通信会社の大規模な課金システムの開発に従事しています。
その中で彼はユーザーインターフェイスの開発チームに属し、そのチームのリーダーとして常時5人のメンバーの管理を任されています。会社からの評価も高く、問題なく仕事を進めていました。
しかし、彼は現状に満足していませんでした。彼にはシステムコンサルタントになりたいという夢があったからです。夢を実現するためには、現在行っているWindows環境でのユーザーインターフェイスの開発だけではなく、UNIXやLinux環境におけるデータベースの設計やサーバサイドのアプリケーション開発を早期に経験する必要があると考えていました。また、ユーザーとの折衝業務は元請けのSIerが行うため、顧客との折衝のチャンスがないのも問題でした。
現在のプロジェクトを続けていく限り、その夢には近づけない、と富沢さんは考えました。そこで、彼は思い切って上司に別プロジェクトへの異動を相談。しかし、上司からは「近々、次期システムの大規模改修のプロジェクトが始まるため、いますぐ異動することはできない」といわれてしまいました。
「転職しないリスク」という可能性
次期システムのプロジェクトにアサインされると、開発環境は現状とほぼ同じであることが分かっていましたし、少なくとも2〜3年はそのプロジェクトに拘束されることが予想されます。
- このまま同じような仕事を継続するとスキルに広がりがなくなるのでは?
- そうすると、年相応のスキルを身に付けられないのでは?
- そうなると、市場価値がなくなるのでは?
- 市場価値を失うと、会社からの評価が下がるのでは?
- 転職を考えた場合、転職市場で評価されない可能性があるのでは?
彼は、次第に「転職しないことがリスクになる可能性がある」と考えるようになりました。
不況期でもできる、夢への第一歩
富沢さんは、人材紹介会社のコンサルタントに相談を持ち掛けました。コンサルタントのアドバイスは次のとおり。
「転職市場は、これまでの好況型から不況型に変わりました。好況期は、経験不足を素養でカバーできるポテンシャルがあれば採用されました。不況期になると、即戦力を求めるピンポイント型の採用に切り替える企業が急増します。富沢さんに教育を施してくれる企業はほとんどないと考えてよいでしょう。一気にジャンプアップするのは難しいかもしれません」
富沢さんはあきらめきれず、システムコンサルタントへのキャリアパスがあると考えられるプライムSIerやコンサルティングファームに応募をしてみました。しかし、やはりどの会社からも良い結果が得られませんでした。
富沢さんは再度、人材コンサルタントに相談し、キャリアアップ戦略として次のような方法を検討することにしました。それは、一足飛びに最終目標となる企業に応募するのではなく、長期的に段階を経てキャリアアップを実現する、というものでした。
現在はどの企業も間口が狭くなっています。しかし、このまま現在の会社にいたのでは、成長が見込めません。一気にすべての希望をかなえられる企業に入社できなくとも、最終目標であるシステムコンサルタントにつながる経験が1つでもできれば、夢には一歩近づきます。そこで経験を積み、次に来るであろうチャンスに備えよう、と考えたのです。
富沢さんは数社に応募し、結果として社員数約200人のSIerから内定を得ました。同社はここ数年、若手の教育に成功し、目覚しい成長を遂げてきましたが、中堅の社員が不足しているため、富沢さんのようなリーダー経験者を求めていました。富沢さんは、同社の会計系のシステム開発を行う部門に注目していました。プロジェクトの規模は小さめですが、「顧客と直接折衝ができる」点と「会計知識が習得できる」点は、システムコンサルタントを目指すうえで有効であると考えたのです。
転職しても成功するとは限りませんが、現状にとどまっても前に進むことはできません。このことを胸に刻み、富沢さんは転職することを決意したのです。
その後、富沢さんの働きは同社で高く評価され、入社から約2年でプロジェクトマネージャとしてプロジェクトを任されるようになりました。現在は予定どおり大手IT系のコンサルティングファームに転職を果たし、プロジェクトマネージャとして活躍しています。
情報収集源を手に入れよう
条件面を踏まえ、転職することがリスクと考えて現職にとどまることを決めた渡辺さん。キャリアパスのない現職にとどまることをリスクと考えた富沢さん。2人の事例を通じて、「転職するリスク」だけでなく、「転職しないリスク」もあるということをお分かりいただけたと思います。
転職市場は不況が続いています。昨年上半期までは「ポテンシャル型」の採用戦略が多かったのですが、現在は育成期間を極力抑えて、直接利益につながる経験者を求める「ピンポイント型」採用が主流です。とはいえ、転職がまったくできないわけではありませんし、転職しなければ、長期的なキャリアをつくることができなくなる可能性もあります。
キャリアを考える際、何を習得し、どのような手順で進むべきか、キャリア実現の戦略を立てることは非常に重要です。そのためには、情報収集のアンテナをどれだけ張ることができるかが重要になります。「アンテナを張る」というと難しく聞こえますが、そんなことはありません。例えば、事例でご紹介した富沢さんは、人材コンサルタントとうまく付き合い、情報収集をしていました。いますぐの転職を考えていない場合でも、人材コンサルタントと接触し、長期的に付き合える状態にしておけば、有力な情報収集源の1つとなります。
もちろん、方法はほかにもあると思います。ぜひ自分なりの工夫をして、成功をつかんでいただければと思います。
著者紹介
アデコ 人材紹介サービス部 シニアコンサルタント
人事系コンサルティング会社にて人事採用と教育・人事制度関連のコンサルティングに従事。その後、IT専門の人材サーチ会社にてITコンサルタントやSEを中心とした人材のキャリアコンサルタントを経験、現職に至る。これまで、IT業界を中心に3000名以上の転職支援を行った実績あり。現在、@ITジョブエージェントのパートナーとしても活躍中。
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