「こんな仕事、やってられるか!」という時の過ごし方:田中淳子の“言葉のチカラ”(4)
「決められた仕事だけしていればよい」と上司から命令されて、ふてくされてしまった田中さん。つまらなそうに働く彼女に大先輩が掛けた言葉とは?
人生山あり谷あり。恵まれていると思う時期もあれば、不遇を嘆く時期もある。誰でも大なり小なり経験はあるだろう。
どういう理由やきっかけであれ、恵まれない時期に陥ることはある。自分にとってはつまらないとしか思えない仕事をさせられてモチベーションがぐんと下がり、「こんな仕事、やってられるか」と手を抜く人もいるかもしれない。ふてくされたり、不満げな顔をしたりして日々を過ごすという選択肢もある。でも、そうやって腐った気分で、つまらなそうに仕事に取り組み、徹底的に手を抜いていると、より一層不遇状態の深みにはまり、抜け出せなくなることがある。
一方、つまらないと思える仕事であっても、腐ることなく(内心では腐っていても、奮起して)「人一倍頑張って成果を出す」という方向に動く人もいる。誰も人のことなど見ていないようでいて、意外と見ている人はいるもので、すごく頑張って成果を出している様子を見つけたら、「そんなところでくすぶっているのはもったいない」と引っ張ってくれるケースもないわけではない。そうやって、自力で不遇から抜け出す例もまたよく聞く。
不遇な時に「あほらしくてやってられるか」と思うのも仕方ない。でも考えてみれば、自分自身の考えと行動によってしか、その状況は変えられないのだ。ジッとしていたら他の誰かが私の人生に何かいいことをもたらしてくれる、なんてことはあり得ない。
不遇はチャンス?
もう何十年も前だけれど、職場で不遇な状況に陥ったことがある。
「○○の仕事だけしていればよい、それ以外のことは何もしなくてよい」と当時の上司から言われた。私は「それ以外のこと」の方に興味があり、活動領域を広げていた時期だったため、自分が自分でなくなるような気がして放心した。そして、不遇を嘆いた。メンタル的にも追い込まれた。
つまらなそうな顔をして仕事をしていたのだろう。ある日、関西から出張で来た大先輩が席にやってきて私に尋ねた。「いま、どんな仕事を手掛けているの?」
「どんな仕事もこんな仕事も……。○○だけやっていればいいと言われて、毎日つまらないんです」と口をとがらせて私は訴えた。
「へぇ、そうなんだ。そりゃ大変だ」とほほ笑みながら、彼は続けた。
―― 淳子さん。ねぇ、知ってる? 『不遇の時こそ、勉強のチャンス』なんだよ。
「え?」
ずっと王道を歩いてきたように見える先輩にそう言われても、素直に受け止められなかったため、尋ねてみる。「○○さんにも不遇の時、ありましたか?」
「もちろん、何度もあったよ」。60代の彼はニコニコしながら答えた。
―― じたばたしてもしょうがない時期というのがあってね、でも、風向きが変わったり、またチャンスが巡って来たりするから、それに備えて、不遇の時にちゃんと勉強しておくことが大事なんだ。
…… その一言で、ぱっと目が覚めたような気持ちになった。
別の先輩にも話を聴いてもらった。他社に勤めているので利害関係がなく、いつも冷静にアドバイスをくれる彼は、私が尊敬する人の一人だ。
話をひとしきり聞いた上で、彼は口を開いた。「それじゃ時間はたっぷりあるんでしょ。だったら、してみたいことをしたらいいんじゃないの?」
「だって、○○だけしていればいいって言われて……」
「それは、仕事上のことでしょ? 行動の全てを禁止されたわけじゃないでしょ? だったら、自分が気になっていることや興味あることに優先して取り組んでみたらいいんじゃないの?」
そうか、そうだよね。うん、そうだ、そうだ。
不遇を自力で打破できた!
先輩たちのアドバイスを受けて、「何がしたいのか」をあらためて考えた。社内に目を向けていると、どうしてもモンモンとしてしまうので、まずは社外に目を向けてみようと思った。
その時、たまたま1冊の本を読んでいた。内容に興味を覚え、著者に会ってみたいと思った。でも、著者に会うなんてことはそれまでしたことはない。引っ込み思案なので、知らない人に会うなど想像したこともなかった。その上、当時はSNSなどもなかったので、著者に会うには、人脈をたどるしかない。
たまたま著者と同じ企業にかつて勤めていた知人がいたので、彼に「この本の著者を知らないか」とダメ元で尋ねてみた。すると、なんと「同期入社で、今でも仲良し」と言うではないか。「大企業なのに、そんな偶然があるんだ」と驚いた。
「ぜひ会わせてほしい」とお願いしたところ、数カ月たって会食が実現した。
私が仕事関係以外で社外の方と会ったのは、この時が初めてだ。社外の人と会食し、コミュニケーションしたことで、目からウロコが落ちることがたくさんあった。
自社内で考えているだけでは、同じような考えをぐるぐる巡らせるだけだけれど、全く異なるものの見方、考え方、話し方をする人と接したら、刺激になった。「こういうふうに社外に目を向けることが、今の自分にはもっと必要なのかもしれない」と思った。
このことをきっかけに興味を持った分野の勉強をしたり、社外に出ていったりするようになった。もちろん、この時お会いした方とは今でも交流が続いている。
「不遇の時こそ、勉強のチャンスだよ」
「してみたいことを、したらいいじゃないか」
この2つの言葉で、私は落ち込んだ状態から立ち上がれた。
「禍福は糾える縄のごとし(かふくはあざなえるなわのごとし)」という言葉がある。幸と不幸は1本の縄のように代わる代わるやって来るという意味のことわざだ。
恵まれない時というのは、地面に着きそうなまでに膝を曲げて屈んでいるようでいて、実はジャンプに備える機会なのかもしれない。絶好調の時には気付かないことでも、絶不調の時に、いや絶不調の時だからこそ気付けることがある。ただただ悲嘆に暮れているより、次へのチャンスなのだと思うと、世界は少し違って見えてくる。
筆者プロフィール 田中淳子
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー
1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。
日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「田中淳子の人間関係に効く“サプリ”」も好評連載中。
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