毎日、人材紹介会社のコンサルタントは転職希望者と会う。さまざまな出会い、業務の中でこそ、見えてくる転職の成功例や失敗例。時には転職を押しとどめることもあるだろう。そんな人材コンサルタントが語る、転職の失敗・成功の分かれ道。
「もう会社を辞めよう」と考えることは、誰にも1度や2度はあることでしょう。その理由もさまざまあると思います。
そんなときに、感情のおもむくまま突き進んで会社を辞める人、冷静なアドバイスを得て、会社に踏みとどまった人――そこが人生の大きな分岐点になります。
私は、おかげさまでこれまでに数百人にも及ぶ方々の転職を成功へ導いてきました。また、数千名以上の方々のさまざまな相談や悩みを聞いてきました。「転職をすべきか踏みとどまるべきか……」
転職成功者からのお礼の手紙や電子メールは、何よりもこの仕事をしてきて良かった思える瞬間です。その一方で、「アドバイスを生かしていまの会社で頑張っています。あのときの判断は正しかったと思います」と爽やかな表情でお話をされているのを見るときも、何ともいえない喜びを感じることができます。
私の仕事は転職を支援する仕事です。ではありますが、担当する人材にとって「転職がキャリアアップの最善の手段である」と確信できない場合は、転職活動にストップをかけることも多々あるのです。振り返ると、むしろそうしたケースの方が多いのです。
今回は転職を思いとどまらせたさまざまなケースについて、そのポイントを振り返ってみたいと思います。
われわれがご相談を受けた際に転職をすべきかどうか熟慮をお願いする場合があります。その最たるケースが、転職理由がネガティブな場合です。
ご相談を受けた場合、まず第1にお聞きするのが転職を検討している理由です。中にはその理由が前向きでなく、何となく受け身的で、ネガティブな理由の方がいらっしゃいます。
例えば会社への不満、同期よりも評価が低い、賞与の査定が低い、ライバルと目する友人が先に転職した、また、やりたい仕事ができない、他部署がうらやましいなど、挙げていくと意外と稚拙とも思える理由が多いのです。
その場合には、不満などの理由を掘り下げていきます。それで納得できない場合、あえて転職は勧めません。まずは社内の異動などで解決できないか、その努力すべき点などをアドバイスさせていただきます。
なぜかというと、そんな状態のままで転職活動をされても、企業との面接でうまくいかない可能性が高いからです。ネガティブな転職理由は面接官に必ず見抜かれます。特に人事の方は注意深く確認し(探り)ます。その理由は自己中心的な理由なのか、正当性があるのか、協調性はあるのか、などなど。
仮に転職活動がうまくいき、運良く転職先が見つかったとしても、単に現状から逃げただけで、転職先で同様な不満を抱いて、同じようなことを繰り返すことになりかねません。
不平不満が優先する動機のときは、踏みとどまる勇気も必要です。古いかもしれませんが、粘りと辛抱も大切だと思います。キャリアビルダーとして転職を目指すべきです。
小島氏(仮名、29歳)はソフトウェア会社に勤務していましたが、現在の会社では自分のやりたい仕事ができないため、転職したいと相談に来られました。
本来はJava言語を用いた開発を行いたいのだが、現在の常駐先のシステムでは、C言語やVisual Basic(VB)中心でなかなか自分の描くキャリアパスが描けないということでした。
小島氏いわく、自分の会社ではJava系の仕事を請け負う気がなく、このまま在籍しても意味がないということでした。そこで求人企業を何社かご紹介し、転職活動の結果、1社から内定をいただきました。
ご本人も内定が出た企業に入社を決意しました。そこで小島氏は、早速上司に退職の話を持ちかけることにしました。相談事があると上司を呼び出して、退職の話をする前に、普段自分が思っている不満をまずいろいろと話したのです。すると上司がいきなり小島氏に、「今度Java系の開発の仕事が取れたので、そのプロジェクトに加わらないか」という打診をしたのです。
その話を聞いた小島氏はそのプロジェクトの詳細を聞き、自分のスキルアップのチャンスと考え、転職を考え直し、内定していた企業に辞退の連絡をすることになったのです。
小島氏は自分が勤める会社ではやりたいことができないと思い込んでいたのです。が、それ以前に上司とのコミュニケーションが不足していたのです。十分にチャンスがあるにもかかわらず、普段から自分の希望や努力している点などをアピールすることなく、1人不満を抱え込んだまま、チャンスの芽を摘んでいたのです。
ひょんなことで社内でチャンスをつかんだ小島氏ですが、あやうく意味のない転職をして、無駄に社歴を増やすところでした。
転職の再考をお願いするケースとして次に多いのが、自己を過大評価する傾向の方です。
特に大手企業の方が、今度はベンチャー企業などで自分の力を試したいといったケースにありがちです。理由はさまざまですが、勘違いと錯覚が大きな原因と考えられます。
大手の看板があったからこそできたパフォーマンス、を個人の能力と勘違いし、いままでさまざまなセクションの有形無形のサポートを得ていたという事実の認識が薄いのです。
このような場合も、仮に転職先が見つかったとしても、あまりの仕事環境の違い(ベンチャーは大手と違い、職務の範囲が広がりますので)、そこからくる不満が高まり(なんでこんなことまでやらなければならないのか、といったこと)、本来は自分の認識の誤りであるのに、思うようにいかないのを会社の体制不備などに責任を転嫁し、結局は再度転職することになるのです。
そのため、このような方の場合は、念入りに職務内容や企業の体制の違いの説明のほか、転職先で起こり得るリスクなども認識していただき、判断をいただいています。それでも納得していただけない場合は、あえて転職を勧めしないようにしています。
柳沢氏(仮名、38歳)は最大手のシステムインテグレータ(SIer)に勤めていらっしゃいます。インターネット系のサービスビジネスの企画担当者として、新規事業企画の立ち上げで活躍されていました。その成功をきっかけに、次はベンチャー企業で、全体が見渡せて、より経営に近い視点で事業企画を行いたいという希望を持たれて相談に来られました。
インターネット系ビジネスを行っているベンチャー企業を紹介し、数社から内定が出たのですが、話が進むにつれて、その方から「入社時の肩書きはどうなるのか」「部下は何人つくのか」「残業時間や休日出勤はどれくらいあるのか」「残業手当は出るのか」といった質問が出てきました。その質問をお聞きした際に何か違和感を抱いたので、再度お気持ちを確かめることとしました。
自分で企画から営業、経理、開発と幅広い領域を行って、自分の力でお金を稼ぐという意識でなければベンチャー企業は勤まらないはずなのに、何か大企業的な受け身的な感覚(ポジションが用意されて、企画だけ行えば、後は自分の指示で部下が動いてくれる)でいたのです。また寝食を忘れて頑張らなければ成り立たない世界なのに、残業時間・休日出勤はどのくらいか、などという考えを持っていたのです。
その方とお話の場を持ち、以上のような食い違いについて率直にお話をしました。それでも感覚的に納得いただけないようだったので、内定中の企業ともお話をじっくりしていただき、ようやく自分の認識が不足していたことに気付き、転職を思いとどまることとなりました。自分は大企業で実力を発揮できるタイプかもしれないということも認識できたようです。
柳沢氏も、あやうく無駄に職歴を1社追加するところでした。
とかく隣の芝生は青く見えるものです。転職先の研究は大切ですが、いまの会社でやれることがないかどうかをもう一度真剣に考えてみましょう。一度ネガティブな考えを抱いてしまうと、悪い部分ばかりが目に付くものですが、まだ気付いていない良いところもあるはずです。
また、悩みが深くなればなるほど、問題の本質を見失うことになりがちです。そんなときは、そもそも何が原因で転職を考え始めたのか、原点を振り返りましょう。本当に転職が正しい選択かを確信するために大切なプロセスです。
転職は人生を左右する大切な問題です。ショッピングで衝動買いをして失敗したことは誰しもあるかもしれませんが、転職はそういうわけにはいきません。後悔しないため、1人で不満を抱え込まず、家族、上司、同僚、友人など腹を割って話ができる相手に相談することが重要です。
その中で、われわれのような人材紹介会社の役割も重要だと考えています。相談者にとって最適な選択は何かを常に念頭に置きながら、お話を進めていく必要があると思います。
おかげさまで私はこの仕事とのご縁を得て10年近くになります。いままで出会った方々への感謝を痛感しております。正直にいえば、われわれのような人材紹介業界は、比較的出入りが激しいといわれます。が、日々お会いする皆さまから信頼を得るためには、自らが腰を据えて働いてこそと、信念を持って活動しています。
本当の幸せをつかむために、正しい人生の選択をするために、これからも誠実にサポートさせていただきたいと思います。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.