毎日、人材紹介会社のコンサルタントは転職希望者と会う。さまざまな出会い、業務の中でこそ、見えてくる転職の成功例や失敗例。時には転職を押しとどめることもあるだろう。そんな人材コンサルタントが語る、転職の失敗・成功の分かれ道。
転職を失敗に終わらせてしまうリスク要因には、さまざまなものがあります。ここではその中でも最大のリスク要因ともいえる「情報」に話を絞りたいと思います。
入社する企業のことを一切調べずに転職を決意される方はいないと思います。人材紹介会社(エージェント)を利用すれば、ある程度の情報を得られるでしょうし、エージェントを通さない自己応募の場合であっても、ネットを使えば、ある程度の情報は得られるはずです。
このような情報は大いに参考になりますが、最も信頼できるのは、自らの耳目で確かめた一次情報でしょう。ただし気を付けなければいけないのは、往々にして自分自身の目が曇り、大切な一次情報を見失ってしまったり、無意識に見て見ぬ振りをしてしまうことです。
例えば、長年あこがれていた企業から見事内定を得た場合などはどうでしょうか? 日ごろは冷静な方でも、ついに夢が実現するうれしさと興奮で、ネガティブな情報は目に入らなくなってしまう恐れがあります。
要するに、転職における情報収集は、決して面接までのものではなく、内定を獲得してからも情報収集を怠るべきではないのです。そんなところにも、転職の失敗と成功を分かつリスクが転がっていたりするからです。
情報収集を怠ったがために失敗した例は、枚挙にいとまがありません。以下に、一例を紹介します。
A氏は大手IT企業P社で実績を挙げていた31歳のプロジェクトマネージャ。もともと起業したいという夢を持ち、機会があれば起業する前にベンチャー企業で働いてみたいと考えていました。そこに、上場を控えた伸び盛りのベンチャー企業T社から、経営陣に迎えたいという話が飛び込んできたのです。何度かT社の経営陣と話し合いました。その際に、提示された年収は1500万円以上でした。思わずA氏は「オーケーです」と返事をしました。
しかしP社の猛烈な引き留め工作などによって、実際にT社に移ったのは、半年後のこと。その間にT社の雲行きは怪しくなっていたのです。A氏着任後しばらくすると、T社は清算手続きに入らざるを得ない状況に追い込まれました。
A氏がT社に入社するまで、T社はA氏に自社の窮状を一切伝えていなかったので、A氏に同情すべき点はあるのです。T社としては、それどころではなかったのでしょうが(それが許されるかはまた別の話です)、A氏もまた「オーケーです」といったまま安心しきっていたのです。そのため、T社の最新の情報を集めることもせず、また転職先とのコミュニケーションを怠っていました。そう考えると、A氏にまったく非がなかったというわけでもないようです。
A氏の例は、確かに極端で、ちょっと特殊だと思います。しかし、入社後に「話が違う」といったケースであれば、よくあることです。
典型的な例としてよく聞くのは、ある仕事がしたくて転職したものの、実際はまったく別の仕事に回されたというものです。
こういったリスクを避ける1つの方法としては、内定後に転職企業に面談をセッティングしてもらい、実際に配属されるプロジェクトのマネージャと話し、仕事内容・期待される役割などを詰めればいいのです。リスクがゼロになることはありませんが、これで何の説明もなくほかの部署に回されるリスクは、かなり低減できるはずです。
内定後に面談を行うメリットは、これだけにとどまりません。これから上司・同僚として毎日長い時間をともに過ごすこととなる仲間たちとの相性を、確かめるいい機会にもなります。人間関係は転職成功の鍵を握る重要な要素だからです。正式な面接などの選考過程では出てこない本音が、内定後の面談で飛び出す可能性も高いですから。実際に、内定後の歓迎の酒席において話しているうちに、「この人の下で働くのは難しい」と判断し、内定辞退に至ったケースもあります。
転職した場合、多少は「話が違う」と感じる点はあるでしょう。といって、期待と現実との乖離(かいり)が少しでもあったらダメだというのであれば、転職など絶対にしない方がよいという結論になってしまいます。しかし、それは極論です。なるべく期待と現実の乖離が少なくなるように、リスクを低減するために、転職前にできるだけ多くの情報を収集・分析する必要があるのです。
知人などが転職したい企業にいれば、その方に情報を聞くのは貴重です。また、企業に直接掛け合うなりエージェントに依頼して、面接プロセスとは別に、現場のITエンジニアなどと面談できるようにするのも手です。
いずれにせよ、「この会社に入っても問題ない」と胸を張っていえるようにしたいですね。
柴田厚(ロード・インターナショナル)
大手外資系金融機関勤務後、英国に留学し、MBAを取得。帰国後、経営コンサルティングファーム数社を経て、人材ビジネスへと転身。英語・中国語に堪能で、その活動範囲は日本国内にとどまらず、アジア全体に広がっている。コンサルティングファームおよび世界的IT企業をメインクライアントとして活動中。
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