上流工程にいきたいなら新幹線に乗り換えろ転職失敗・成功の分かれ道(31)

毎日、人材紹介会社のコンサルタントは転職希望者と会う。さまざまな出会い、業務の中でこそ、見えてくる転職の成功例や失敗例。時には転職を押しとどめることもあるだろう。そんな人材コンサルタントが語る、転職の失敗・成功の分かれ道。

» 2007年06月25日 00時00分 公開
[山本直治キャリアコンサルタント]

 最近、下請けの立場で仕事をされているITエンジニアから、次のような話をよく聞くのです。

 「いま常駐している(あるいは派遣されている)プロジェクトでは、元請けの会社の人と一緒に仕事をしています。彼らの仕事ぶりを見る限り、協力会社の自分にだって十分マネージャは務まると思います。だから自分も下請け(あるいは派遣)を脱して、元請けで上流工程を担当したい」

 確かにそのとおりのときもあるのでしょう。ただし、ときには思い違いではないかと思うこともあります。今回は、このことに関連したお話をさせていただきたいと思います。

「俺にもできる」が実現できる例

 あるソフトハウスに勤務していたあるオープン系のエンジニアは、次のように語っていました。「外資系大手ITベンダが元請けのプロジェクトで働いている。自分の会社は2次請けだが、両社は同じ場所(クライアント先)で連携して仕事をしている。元請けのプロマネ(プロジェクトマネージャ)がダメダメな人で、要件定義が甘くて手戻りばかり。結局自分が尻ぬぐいをする羽目になり、エンドユーザーと打ち合わせからやり直すなど、元請けのマネージャ同然の働きをしている」

 元請けの平均的なITエンジニアの人月単価を1とすると、彼は0.6〜0.8ぐらいでした。それでも自分を育ててくれた会社への恩義もあり、その会社にとどまっていました。しかし、いつしか彼の業務や待遇での不満は限界を超え、結局30代半ばでオブジェクト指向開発で有名なある元請けのシステムインテグレータ(SIer)に転職したのです。

 そんな成功事例がある一方で、2次請け会社に属しながら、元請けの仕切りが悪く火を噴いた案件をプロマネとして収束させた経験のある別のITエンジニアは、日本有数のSIerに応募した際、次のようにいわれたそうです。

 「プロマネといっても、火が噴いた案件の後始末をしただけでしょ?」

 ITエンジニアの怒りを買いそうな発言ですね。応募先のSIerは、プロジェクト管理志向の会社として知られているため(逆にいえば現場寄りではない)、最初から最後まですべてのフェイズでのプロジェクトマネージャ経験の有無と、動かしていたプロジェクトの規模が不採用の決め手になったようです。「管理力」よりも火消しの「現場力」が売りだった彼には、その会社はそもそも向いてなかったのでしょう。

 ただこの人も、最終的にはご自身の経歴を生かせる別の元請けのSIerに転職が決まりました。

俺にもできるが、「勘違い」となる例

 システム開発の上流工程に進む場合、「エンドユーザーと直接話をした経験があるか」が、転職成功のポイントになることは多いようです。この点について、「保守・サポートフェイズの経験の中で、エンドユーザーと密接にコミュニケーションを取った」と語るITエンジニアもいます。しかし、本当にそうでしょうか。

 確かに保守フェイズでエンドユーザーとコミュニケーションを取った結果、改修や機能追加に至ることはあります。しかし、顧客の要望を聞いてゼロからコンサルティングを行い、要件を決めていくのが、上流工程でのエンドユーザーとのコミュニケーションの基本です。すでにシステムが運用中でドキュメントも作成されている保守案件でのコミュニケーションとは質量ともに差がある、と考えるのが多くのSIerの見方のようです。

 また、開発でエンドユーザー先で常駐していた場合でも、人材派遣や協力会社の一員として現場に入っていると、自分が担当できる(かかわれる)範囲が、コーディングやテストといった下流の補助的業務に限定されることが少なくありません。

 上流部分で何が行われているかは見えない(見せてもらえない)となると、元請けと一緒に現場にいても、業務知識や設計スキルを身に付けることはそう簡単ではないのです。

 よく「やりたいこと」と「やれること」は違うといいますが、一見近いように見える「できそうだ」と「やれる」も、やはり違うのです。

在来線と新幹線の競争みたいなもの

 あるプロジェクトで一緒に仕事をする元請け会社の社員で、業務には詳しい(らしい)が、技術にはあまり詳しくない人がいるとします。協力会社の人間としては、(技術では)あいつには負けない、と思うこともあるかもしれません。

 しかしこれは、東京・品川間をゆっくり走る東海道新幹線(以下、新幹線)に、在来線が競争を挑んでいるようなものではないかと私は思います。わずかな区間であれば競争できているように見えるだけで、本気を出せば、車体性能や線路が別格の新幹線の相手にはなりません。能力的にも環境的にも勝てっこないのではないでしょうか。

 IT業界でも同じではないでしょうか。元請けの会社にいる人は、配属されるプロジェクトも恵まれ、(全員とはいいませんが)与えられる仕事によってハイスピードで成長し、職位も上がっていく面があります。その結果、転職しようとしたときに作る職務経歴書の内容も立派に仕上がります。

電車と同じで、乗り換えのタイミングが重要

 結局、上流工程に進みたい人は「在来線から新幹線への乗り換え」が必要なのです。簡単そうに聞こえますが、実際はそうではありません。しかも、乗り換えにはタイミングが重要なのです。

 新幹線の駅は、原則として数十kmごとに1つしかありません。しかもそのうち多くの駅は「こだま」(新幹線の各駅停車)しか停まりません。まずは在来線で最寄りの新幹線の駅へ行き、「こだま」に乗る。そして名古屋など大きな駅で「のぞみ」に乗り換えて新大阪を目指す。こうした計画的な2段階転職を考えられてもいいと思います。いわゆる、ステップアップ転職と呼ばれる形態です。まずは2次請けのSIerを目指して転職し、その後実力が付いた段階で元請けのSIerへの転職を目指す、というものです。

 ただし、重要なのは転職を考えたときの年齢です。在来線に乗り続けていると、乗り換えようとしたときには、乗り換えるべき新幹線はもうないかもしれない。そういう危機意識は常に念頭に置いていただきたいと思います。

著者紹介

山本直治

労働市場の限界と格闘しながらITエンジニアのキャリア形成をサポートする公務員出身の異色キャリアコンサルタント。 現在はロード・インターナショナルで活躍中。



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