Mさんの話から、Mさんが「粘り強くない」のは子どものころからだということが分かります。クロニンジャーの説を基にすると、これは持って生まれた傾向であると考えられます。
のんびり屋であることを母親からしかられ、「のんびりはいけないこと」というイメージを持ってしまったため、Mさんは自分に対する信頼感を築きにくかったのかもしれません。クロニンジャーの「自尊心」の因子が弱くなってしまっていた可能性があります。
Mさんが苦手だという「何度も確認すること」は、辛抱強さを必要とします。自尊心が低いと、「きっとまた見落とすだろう」と考えながら行うことになります。
それでは作業も苦痛になり、ミスが発生した場合は「やっぱり自分は駄目なんだ」という思いを強化し、自尊心を低くするという悪循環を生むことになってしまいます。
粘り強い人は、あきらめずに頑張り続けることができますが、1つのことにこだわってしまうこともあります。一方、Mさんのようにこの因子が弱めの人は、何事にもこだわらずにあっさりしている半面、あきらめが早すぎるかもしれません。
ほかの遺伝的な因子についても同様です。簡単には変えられないのが遺伝的因子だとすると、良い悪いと考えるのではなく「変えられないのだから仕方ない」とまず認めてみることです。そのうえで、できる限りの改善策を講じることができればよいのではないでしょうか。
Mさんの場合でいえば、
などの工夫をします。ミスが少しずつでも減少していけば、少なくとも“無理なあるべき姿”にとらわれて、さらに自信をなくすようなことは防げます。
そして「こだわらない、さっぱりした性格なんだから、人づきあいも気楽にできる」と、粘り強くないことを長所ととらえることができるようになれば、自分が嫌になるような苦しさは消えていくでしょう。前述の水島先生は、そのように生きられる人は自尊心が高いということだと書いています。
Mさんには、上記のような工夫を続けてもらいました。ミスが起きることはありますが、回数は減ったそうです。表情も明るくなりました。
「自分は粘り強くはないんだよな……と開き直ったら、かえって落ち着いて作業ができるようになりました。ミスについてはできるだけの努力をして、あとはほかの場面で勝負しようと思えるようになりました」とさばさばした顔でした。
自尊心の高い、低いは、環境すなわち育てられ方に影響されると考えられます。
幼い子どもは、感情がむき出しの状態です。取り繕うことをまだ知りません。親は感情をコントロールすることを教えるために、「怒っちゃ駄目」とか「男の子は泣いちゃ駄目」などといいます。子どもにとって、親はこの世界のすべてとなる存在なので、その存在から強く「駄目」といわれると「自分はいけないんだ」と思ってしまうことがあります。
そうした無意識の自分への評価が、いまの自分に影響し、自尊心が低くなっていることがあります。
感情とは自然にわいてくるものであり、感情そのものをなくすのは無理な話です。必要なのは、わき起こってきた感情をどう扱うかです。「怒ってしまう自分はいけない」と思わず、怒りという感情とのつきあい方を変えることで、自尊心を高めることができます。
自尊心を高めるポイントは、起きてくる感情にふたをしないで、その扱いを工夫することです。具体的には、日記を書く、安心できる場で話す、連載第8回でお伝えした「アサーションスキル」を使って表現することになります。
感情をコントロールするのではなく、行動や表現方法をコントロールするのです。最初は難しく感じるかもしれませんが、少しずつ取り組んでいってください。
ピースマインド 石川賀奈美
臨床心理士、産業カウンセラー。米国フォーカシング・インスティチュート認定フォーカシング・トレーナー。現在、ピースマインドで成人を対象に幅広い相談に応じるとともに、定期的に企業に赴き、社員のカウンセリングを行う。高齢者虐待防止に関連し、在宅介護者のカウンセリングにもかかわっている。著書に『SEのためのうつ回避マニュアル 壊れていくSE』(翔泳社刊、分担執筆)がある。
「出口のないトンネルはない。しばし、一緒に光を目指して歩いていきましょう」
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