選ばなかった道の先には何がある?:田中淳子の“言葉のチカラ”(5)
「あの時、あの人と別れていなければ」「なぜ、あの時あちらの会社を選んでいなかったのだろう」――もし違う選択をしていたら、あなたは今より幸せになっているのだろうか。
選ばなかった未来
男は、名前を付けて保存
女は、上書き保存
「終わった恋愛をどう記憶するか」についての有名な表現がこれだ。初めて聞いた時、うまいこと言うなあと思ったものだ。
「男性は過去付き合った恋人のことをそれぞれに覚えていて、忘れないし、いつまでも懐かしがる」。「女性はどんどん忘れていき、思い出しもしない」。個人差はもちろんあろうが、言い得て妙だと感心した。
そう言われてみれば、男友達が別れた恋人のことを、「あの時彼女と結婚していたら、自分の人生は変わっていたはず」などと長い間嘆くのを耳にしたことが何度もある。「彼女と続いていたら、今ごろもっと幸せなんだろうなあ」なんて言う人もいた。
「あの恋がもし成就していたら」と想いをはせることは、誰しもあるかもしれない。「そうならなかったからこそ、別れてしまったのでしょう?」とその手の話を聞くたびに、私は思うのだけれど……。
「もし、あの時、ああだったら」は恋愛に限った話ではない。
例えば「新卒の時、2つの会社から内定をもらっていたんだよね。あっちの会社に入っていたら、今ごろとっくに年収1000万になっていただろうな」「あちらに行っていれば、大きな案件を手掛けていただろうし、今のような立場にはなかったに違いない」と後悔したり、嘆いたりすることもある。
人生は、岐路だらけだ。
どちらの道を選ぶのか。どちらの道に進むのか。生きていればたびたび、選択に迫られる。
その選択が正しかったのかどうかは、だいぶたってからでないと分からない。5年10年して、「今の道を選んで良かった」「こちらに決めてラッキーだった」と思うこともあれば、「あの時、あっちにしていれば」と悔やむケースもある。
だが、「あの時あちらを選んでいたら、別の何かがあったのではないか」というのは正しい悩み方だろうか。
選ばなかった道の先には何がある
過ぎ去った過去の選択を長い間悔やむ。場合によっては落ち込む。「間違った」選択をした自分を責める。過ぎ去った過去についてあれこれ悔やんでも無駄だと思いながら、あちらの道に行って、今よりもっと幸せになっていたかもしれない自分を夢想する。
本当にそうだろうか。
こんなドラマを見たことがある。
女性主人公は仕事にまい進している30代。プロジェクトで苦労して落ち込んでいる。「あの時、仕事ではなく、Aさんとの結婚を選んでいたら、今ごろもっとのんびりと幸せな生活を送っていたのではないか」と悔やんでいる。
ある日テレビをつけたら、Aさんと結婚して今と異なる生活を送っている自分が写っている。興味を持ったので観察していたら、最初は幸せそうに見えた自分が、何だか疲れた顔をしている。どうやら生活に苦労しているようだと気づく。
そして彼女は「今の自分の方が幸せ」と思い直す。
案外そんなものかもしれない。
私も20代のころ、人生の岐路で激しく迷ったことがあった。それを「あの時、あちらの道に行っていれば」と強く思い、友人にこぼしたことがある。
彼は、こう言った。
「淳子さん、選ばなかった道の先には何もないんだよ」
……選ばなかった道の先には何も…無…い?
頭の中で反すうした。目からウロコだった。「違う道を選べば今ごろこうなっていたかも」と想像はしても、実際にはその道を選んでいないのだ。選んでいないということは、その先には何の物語も存在しないことになる。
「幸せになっていたのに」と思うのは自由だけれど、選ばなかった道の先は、ただブツッと途切れているだけなのである。その先に連なる道は無い。選んでいないのだから、道はつながっていないのだ。
道が無ければ、その先に展開される人生も存在しない。だからそんなことは悔やんでも仕方がない。そう彼は言った。この言葉は、私の心に強く刻まれた。
Aに進むか、Bに進むか。
岐路で進む先を選んだのは自分だ。親に何か言われたかもしれないし、誰かにアドバイスを受けたり、かなり強硬に選ばされたりしたこともあったかもしれない。多少は他人に影響を受けたとして、最後に選んだのは自分だ。そして、選んだ瞬間から、選んだ方の先にしか道は伸びてはいかない。人生は選択の連続だ。
人は生涯、そうやって「Aの道かBの道か」を迷い続け、最後には自分でどちらかを決めている。選ぶときには懸命に考え、選んだら後悔しない。もし後悔している自分に気付いたら、「選ばなかった方の先に道はない」と自分に言い聞かせる。時計の針は戻らないのだから、それしかできない。そして、前を向いて歩いていくのだ。
筆者プロフィール 田中淳子
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー
1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。
日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「田中淳子の人間関係に効く“サプリ”」も好評連載中。
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