ここで、「不安」について考えてみましょう。
不安は、恐怖と対比して考えられることが多い概念です。恐怖は、明らかな対象があって感じる恐れです。一方、不安は対象が漠然としています。
フロイト(Freud,S)によると、不安は「現実不安(客観的不安)」と「神経症的不安」に分けられるそうです。現実不安は、現実に存在する危険(例えば台風の上陸など)に対しての反応で、神経症的不安は、実際の危険とは関係なく起こる反応です。
Dさんの場合、特に仕事上でミスを叱責されたわけではありません。不安の原因は自分の中にありました。
Dさんは、「自分が感じる不安は、心の底にある自信のなさが関係しているかもしれない」と話してくれました。常に周りの目を気にして、「あいつは駄目なやつ」といわれないようにと、気を張ってきたのでしょう。
子どものころから親の干渉が多く、自分がやりたいといったことはほとんど肯定されなかったと話していました。Dさんの中には、知らず知らず「自分の考えは駄目なんだ」という思いが生まれてしまっていたようです。
大人になったDさんは、きちんと仕事をし、評価されてきました。信頼し合える友人もいます。自分で判断し行動してきました。カウンセリングの中で、あらためてそういう事実を確認したDさんは、「自分だって大丈夫なんだ」と気付いていきました。
皆さんも、これまで自分が達成してきたこと、得意なこと、好きなことをリストにしてみるといいと思います。「達成」といっても、大げさなことでなくていいのです。「この資料、よくできてるね」と褒められたなどです。
そしてリストをながめてみましょう。「そういえば、あのときこんなふうに頑張ったな」とか「こんな工夫で乗り切ったな」と思い出したら、それもメモしておきましょう。
何かで失敗したり、つまずいて落ち込んでしまったりしたときには、このリストを見るのです。元気を取り戻すきっかけになるでしょう。
「自分にとても自信がある」という人は、それほど多くありません。誰でも何かしら不安な部分を持っています。
でも「これは確かに苦手だけど、こういう面はまあまあだ」と認識できたり、仕事が終わればそれほど気にならないという程度であれば健康といえるのではないでしょうか。自信満々でなくても、「なんとかやっていけるな」という感じが持てたらいいのです。
仕事のうえでは、下記のような工夫をしてみましょう。
Dさんはこのような仕事上の工夫をしたうえで、さらに私生活でもメリハリをつけて過ごすようにしました。
Dさんに提案して、休みの日には自然の中で何もしないでぼーっとする時間をつくってもらったのです。初めのうちは苦痛で仕方なかったDさんですが、だんだん慣れてきて、鳥の声や風がそよぐのを心地よく感じるようになってきたそうです。
最後にDさんは「以前はあれほどたくさん仕事をしていても、達成感が持てなかったけれど、最近は何だか『自分はやってる』って感じがするんです」と伝えてくれました。
皆さんの動力源は、何でしょうか。Dさんのように不安が動力源の人もいるでしょう。
それがいけないということではありません。まずは「自分はそうなんだな」と知ることが大切です。それから、何かをしようとするときに少し時間を取って「どんなことが不安かな?」と心の声に耳を傾けてみてください。漠然としているより、少しでも的が絞れた方が対処しやすいと思います。
「こんなことが不安なんだな」と分かったら、さらに「どうしたらこの不安とつきあえるんだろう?」と自分に問い掛けてみましょう。不安を追いやろうとせず、こんなふうに不安と向き合う時間を取るだけでも、かなり違ってくるでしょう。
ピースマインド 石川賀奈美
臨床心理士、産業カウンセラー。米国フォーカシング・インスティチュート認定フォーカシング・トレーナー。現在、ピースマインドで成人を対象に幅広い相談に応じるとともに、定期的に企業に赴き、社員のカウンセリングを行う。高齢者虐待防止に関連し、在宅介護者のカウンセリングにもかかわっている。著書に『SEのためのうつ回避マニュアル 壊れていくSE』(翔泳社刊、分担執筆)がある。
「出口のないトンネルはない。しばし、一緒に光を目指して歩いていきましょう」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.