このことを、脳内のホルモンの仕組みから考えてみましょう。
脳内の快楽物質(幸福感のもと)といわれるドーパミンは、何かを始めようとするときのわくわく感とともに分泌されます。さらに、目標を達成したときにも多く分泌されるといわれています。達成できたときの「やったぞ!」という快感が、次の「頑張るぞ!」というやる気につながります。
達成の後は、ドーパミンの分泌量は減っていきます。しかし次の目標を持つことによって、またドーパミンが分泌されます。
つまり、チャレンジと達成を繰り返すことによって、幸福感は生じるというわけです。
いい換えれば、常に目標を持ち、それを仕事の中で少しずつ達成していると感じることが、やる気を維持する秘けつといえそうです。
目標を上手に設定してやる気を誘い、達成できた快感で次へ進むという、「やる気のサイクル」を作り出すことが必要なのです。
前述のYさんには、「理想の自分になれない」という結果予測がありました。では、この「理想の自分」は、どのように作られたものなのでしょうか。
Yさんの身近には、手本となるような先輩がいました。「とても発想の豊かな人がいて、いつもすごいなと思う半面、自分にはできないと思ってしまいます」とYさんはいいます。
手本がいるということは、心のどこかで「自分もそうなれる」と感じているはずで、それは大切なことです。問題は、その手本を「“いまの”目標値」にしてしまうことにあるのではないでしょうか。
Yさんには、「『いますぐ』先輩のようにできなければ駄目だ」という考えがあり、そのためずいぶんと焦っていたようです。しかし、先輩はいろいろな経験を積んでいるからこそ発想できているのです。いまの自分がそうなれていなくても、それは恥ずかしいことではないのです。
まずYさんに、先輩の発言をじっくり観察したうえで、見習いたい点を書き出してもらいました。そしてその1つ1つを目標に定めてチャレンジしていってはどうかと提案しました。
また発想にはパターンがあるので、どのように考えを導いているのかという視点で先輩を観察してみることも勧めました。
その結果、Yさんは会議を、(いまの自分を評価する場ではなく)先輩のいいところを盗む場、それを自分でも試してみる場ととらえ直すことができました。この行動をしばらく続けるうちに、Yさんはやっと「これならやれそうです」と笑顔を見せてくれました。
「こうありたいという自分を描く」ことは、成長の道筋を作ります。しかしYさんのように、理想の姿になれていない自分にがっかりしてしまうと、先に進むことができなくなります。
逆説的なようですが、まず自分のいる位置をしっかり確認し、それを受け入れることが大切です。「いまの自分はOK」なのです。
こういうと、たいてい「それだと向上心がないようで良くない」という言葉が返ってきます。しかし、「いまの自分を受け入れる」ことは、「ずっといまのままでいい」ということとは違います。いまの足場を確かにするからこそ、次のステージを設定して上がる意欲もわくのです。
誰もが、「自分という階段」を1段1段上がっている途中なのだとイメージしてみましょう。「上がっている途中の者同士」を、いまという瞬間において比較することに意味はないのです。
ただ、ほかの人の姿は、参考にも励みにもなります。途中同士、励まし合うことも大切です。
ピースマインド 石川賀奈美
臨床心理士、産業カウンセラー。米国フォーカシング・インスティチュート認定フォーカシング・トレーナー。現在、ピースマインドで成人を対象に幅広い相談に応じるとともに、定期的に企業に赴き、社員のカウンセリングを行う。高齢者虐待防止に関連し、在宅介護者のカウンセリングにもかかわっている。著書に『SEのためのうつ回避マニュアル 壊れていくSE』(翔泳社刊、分担執筆)がある。
「出口のないトンネルはない。しばし、一緒に光を目指して歩いていきましょう」
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