心理療法の1つに、うつ病の治療として有名な認知療法があります。認知療法の観点では、「不安」を下記のようにとらえることができます。
つまり、「大変なことになりそうだ」と事態についての危険度の評価が過大になり、「私にはどうすることもできない」と自己の対処能力を過小評価した場合、不安は大きくなります。逆に危険の評価を小さくし、対処能力を大きくすることができれば、不安は小さくなると考えられます。
そこで、C美さんには、
(1)どんな大変なことが起こりそうな気がするか
(2)その大変なことが起こる可能性はどのくらいか
について考えてもらいました。さらに、
(3)どんな対応策があるか
(4)対応策を取った場合の結果はどのようになるか
について話し合いました。
(1)どんな大変なことが起こりそうな気がするか
C美さんは、「ミスをしたら、担当営業を困らせてしまい、後で自分が責められることになる。最悪の場合、いまの職場にいられなくなるかもしれない」と考えていました。
(2)その大変なことが起こる可能性はどのくらいか
担当営業が苦労しつつも、お客さまと対話できる関係を築いていることが分かりました。そのためC美さんは、考えているような事態が起きる可能性は低いと気付きました。
(3)どんな対応策があるか
担当営業からこのお客さまの状況について頻繁に情報をもらうことで、状況の予測をしやすくなりそうだと分かりました。
(4)対応策を取った場合の結果はどのようになるか
(3)の対応策を取れば、心の準備ができ、営業との連帯感も生まれて安心感が持てそうだということが分かりました。
上述のような対策によって、C美さんは落ち着きを取り戻し、電話もなんとか取れるようになってきました。そこで次の段階として、C美さんの心に今回のようなことが起きた要因について確認してみることにしました。
カウンセリングの中で出てきた、怖かったときの思いを見直してみると、C美さんは「自分のせいで他者に迷惑を掛けるのが怖い」というように、自己責任を過大にとらえていることがうかがえました。
自己責任を過大評価してしまう人は、物事を2つの極に分けて考えがちです。白か黒か、100%か0%かというように中間地帯が存在しない考え方は、感情の反応を極端なものにする傾向があります。こうした場合、中間のグレーゾーンが存在することを理解してもらうことが大切です。
具体的な方法の1つとして、「パイチャート」で考えてみるというものがあります。
パイチャートのパイは、お菓子のパイ。大きな丸いパイを切り分ける要領で、物事の構成要素を分けてみるという方法です。円グラフを使うと考えてもいいでしょう。
今回のケースでは、C美さんが考える最悪の事態「営業所とお客さまとの関係が悪くなる」の要因を挙げてみます。C美さんの電話応対だけでなく、さまざまな要因があることが分かります。
1つの出来事は、いろいろな要因が重なって起きることが多いものです。
自分以外の要因を考えてもらうことが、このチャートの目的です。責任がないことを示すというわけではありません。責任を分散して考えてみることが大切なのです。
このような考え方を試みることにより、グレーゾーンに慣れていき、「あれもあり、これもありなのかな……」と思えるようになればいいのです。そうすれば自分を責めすぎることはなくなり、起きてくる事象から少し距離を取ることができるようになるでしょう。
ピースマインド 石川賀奈美
臨床心理士、産業カウンセラー。米国フォーカシング・インスティチュート認定フォーカシング・トレーナー。現在、ピースマインドで成人を対象に幅広い相談に応じるとともに、定期的に企業に赴き、社員のカウンセリングを行う。高齢者虐待防止に関連し、在宅介護者のカウンセリングにもかかわっている。著書に『SEのためのうつ回避マニュアル 壊れていくSE』(翔泳社刊、分担執筆)がある。
「出口のないトンネルはない。しばし、一緒に光を目指して歩いていきましょう」
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