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個性的ならOK?――著作権法で守られるソフトウエアの条件「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(18)(2/2 ページ)

東京高等裁判所 IT専門委員として数々のIT訴訟に携わってきた細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回から数回にわたって、ソフトウエアの著作権について解説する。

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著作権が認められるには「創作性」と「表現上の工夫」が必要

 裁判所は、二つが似ているかどうかについては判断しなかった。以下が判決の骨子になる。

【事件の概要】東京地裁 平成16年6月30日判決より抜粋して要約(続き)

(ア) (データベースツリー表示部について)Microsoft Windowsなどのコンピューターの画面において、デバイス、フォルダー、ファイルなどをその名称によってツリー状に表示することは標準的に行われている表示方法であるから、(中略)表現の創作性は認められない

(イ) (ボタンについて)頻繁に用いられる機能に独立のボタンを割り当てることは通常行われることであり、アイコンの形状および配列についても特徴はなく、表現の創作性は認められない

(ウ) (クエリ設定部、データ定義部について)複数の項目からなるデータを表形式で表示することは普通に行われることであって、表現上の工夫は認められない

※( )内は、筆者の加筆
※太字は、編集部

 原告がこの画面を作る際には、ユーザーとの打ち合わせの下、それなりに工夫をし、苦労もしたかもしれない。しかし、裁判所はこのような一般的なコンピューターに機能を実現する必要上作成した画面については、そもそも著作権を認めなかった

 著作権が認められないのだから、「似ている、まねをされた」という主張自体、理由がないとしたのだ。一生懸命に頭をひねり、見やすい画面、使いやすい画面を考えた開発者からすれば、「自分の苦労は何だったのか」とも言いたくなる判決だが、これが著作権法の現実であり、ある意味限界でもある。

 今回問題となった画面デザインであれ、プログラムであれ、あるいは設計書であれ、著作物として認められるためには「創作性」や「表現状の工夫」が必要ということだ。

 この判決の別の箇所で、「創作的に表現されたというためには、厳密な意味で、独創性を発揮されたものであることが求められるものではなく、制作者の何らかの個性が表現されたものであれば足りるというべきである」とも述べているが、残念ながら、この画面には、開発者の「個性」も認められなかったということであろう。

著作権法の条文

 ここで少し、著作権法で「著作物」をどのように定義しているのか、条文を見てみよう。今回以降の連載を読んでいただく上でも、頭に入れておいていただきたい。

 著作権保護の対象となる著作物とは、どのようなものなのかを定めているのは、「著作権法の第2条の1」だ。

著作権法第2条の1より

一 著作物 思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するものをいう

 この条文が今の形になったのは、1970年のことだ。正直、この時点ではソフトウエアについては想定していなかった。そこで、コンピューターが普及した近年、以上の「一」の条文に加え、以下の条文も付け加えられた。

著作権法第2条の1より

十の二 プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう

十の三 データベース 論文、数値、図形その他の情報の集合物であって、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう

 これらをまとめると、プログラムやデータベースも著作権保護の対象とはなるが、それは「思想または感情を創作的に表現したもの」である必要があるということになる。

 しかし正直なところ、これではビジネスユースで製作されたソフトウエアに著作権が認められる余地は、非常に少ないと言わざるを得ない。私もかつて、ソフトウエアを製作する仕事をしていたが、正直、己の思想を表現したソフトウエアや全く創作的なモノを作った経験など皆無である。

 確かに、今回のように「創作的ではなくても、開発者の個性が認められれば」という判決もあるが、それでも正直、ソフトウエアが著作物と認められるのは、かなり狭き門と言わざるを得ない。先ほど「著作権法の限界」と書いたのは、こうしたことから得た実感だ。

契約で権利を認めてもらう

 とはいえ、ソフトウエアの開発者に作成者としての権利が認められないことは大きな問題だ。

 今回の判例のように不特定多数の人が見られる画面をまねされたというなら、まだ致し方ない。しかし、ITベンダーが作成したプログラムを、ユーザーや元請会社が無断で改造し、再販するようなことがあれば、場合によっては、作成したベンダーの権利が不当に侵されることになる。

 こうした事例については、次回また解説するが、ソフトウエア開発を受託したり、委託したりする場合には、その権利の保護を著作権法だけに頼るのではなく、別途、契約書に盛り込んで合意することが効果的であり大切だ。

 例えば、著作権法で認められる権利に「複製権」というものがある。作成したモノをPCのハードディスクやサーバーへ蓄積する権利のことで、小規模な改造をしたものも、この対象となる。この「複製権を認めるか否か」「その際の条件はどのようなものか」「範囲はどうか」を契約書に書いてしまうのだ。受託者と委託者の双方が合意した契約であれば、作成したソフトウエアが「著作物」であるかを検討するまでもなく、双方がその権利を行使できる。

 著作物に関する権利は、作成したモノを公に展示する「展示件」、複製物を頒布する「頒布権」、複製物の譲渡により公衆に提供する「譲渡件」、公衆に貸与する「貸与権」などさまざまある。著作権以外でも、ソフトウエアの販売に関する権利や、再利用する権利などいろいろなものがある。

 契約書を作成する際には、この辺りについて受託者と委託者がよく相談して、権利関係を決めておくことが大切だ。もちろん、著作権法に記載されている権利以外でも、「成果物を再販する権利」や、「一部を利用する権利」なども併せて議論しておくべきであろう。これらを事前に行っていれば、いざ問題が起こった際に、それが「著作物かどうか」で、悩み争うこともない。著作権法自体は適用範囲が限られているが、法が持つ「心」については参考になる部分も多い。



 ソフトウエアの権利は、裁判でもよく争われる事柄だ。次回は別の判例を取り上げながら、もう少し掘り下げていこう。

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細川義洋

細川義洋

東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員

NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。

2007年、世界的にも季少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。


ITmedia オルタナティブブログ「IT紛争のあれこれ」

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