正解は「続けるべき」だ。
合計5000億円掛けて、3000億円のメリットしかないのだから、プロジェクトは、全期間を通じて評価すると「失敗」と言わざるを得ない。しかし、すでに使った3000億円は取り戻せない「サンクコスト」なので、これを意思決定から除外して、「2000億円の追加支出で、3000億円のメリットが得られるから、工事は続けるべきだ」と判断する。
ここで、「完成後のメリットを見積もり直したら1500億円だった」という事実があるなら、「2000億円追加で掛かって、1500億円しかメリットがないのだから、工事は中止すべきだ」が正解だ。この際、「3000億円も掛けたものを完成させないのは、もったいない」と思う心を意思決定に混ぜてはいけない。
先ほどの読書の例を再登場させよう。「3000円で買った本を2時間読んだが、残りの部分を読んでも役に立たないことが分かった」とする。この後どうすべきか。
本代の3000円とここまでに使った時間の費用1万円は確かにもったいないが、これらはすでに生じてしまい、これから変化させられないサンクコストだから、意思決定から除外しなければならない。追加で「2時間=1万円」分のコストを使っても、せいぜい「読んだ」という満足感しか手に入らないのだから、この本を読むのは止めるのが正解だ。
「この本は3000円もしたのだから、読み切らないともったいない」と思う人が多そうだが、追加の時間の方がもっともったいない場合が多いのだ。
サンクコストにとらわれるなんて愚かなことを自分はしない、と読者は思われるだろうか。
それでは、あなたは1000円で買った株式を800円の株価で平静な心持ちで売れるだろうか。筆者は投資が専門だが、個人投資家の大半が自分の「買値」にこだわって、買値よりも安く売ることに抵抗感を持つ。時にはプロでも、自分の買値に影響された行動を取る。
しかし、1000円から800円に下落した200円分の株価に相当する損(1000株買っていれば20万円)は「すでに生じてしまった損失」すなわちサンクコストであって、今の問題はこれからの株価の動き「だけ」のはずだ。
サンクコストに無用なこだわりを持つ人は少なくない。だが、サンクコストを意図的に除外して物事を考えられるようになると、意思決定は驚くほどクリアになる。
潜在的なコストまで考えて選択肢を評価し(機会コストの評価)、過去に生じた損得を意識から切り離して(サンクコストの分離)、「これから変えられることについてのみ努力を集中する」ことこそ、意思決定のコツであり、人生のコツでもある。
山崎 元
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
58年北海道生まれ。81年東京大学経済学部卒。三菱商事、野村投信、住友信託銀行、メリルリンチ証券、山一證券、UFJ総研など12社を経て、現在、楽天証券経済研究所客員研究員、マイベンチマーク代表取締役、獨協大学経済学部特任教授。
2014年4月より、株式会社VSNのエンジニア採用Webサイトで『経済評論家・山崎元の「エンジニアの生きる道」』を連載中。
※この連載はWebサイト『経済評論家・山崎元の「エンジニアの生きる道」』を、筆者、およびサイト運営会社の許可の下、転載するものです。
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