業務で作成したソフトウエアの著作権は誰にあるのか?――退職社員プログラム持ち出し事件:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(20)(2/2 ページ)
東京高等裁判所 IT専門委員として数々のIT訴訟に携わってきた細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、自分が作成したソフトウエアを持ち出して起業したエンジニアが、元職場に横領罪で訴えられた裁判を解説する。
裁判所は、法人名義での公表がなかったことに関して、以下の通りに述べた。
東京高裁 昭和60年12月4日判決より抜粋して要約
「その法人などが自己の著作の名義の下に公表するもの」には、公表は予定されていないが、仮に公表されるとすれば法人などの名義で公表されるものも含まれると解するのが、少なくともコンピユータープログラムやその作成過程におけるワーキングペーパーに関する限り(中略)相当と言わなければならない。
明示的に公表しなくても、「もし、今公表するとすれば法人名義になるであろう」と思われるものは、法人の著作物となるという判断だ。
李下に冠を正すなかれ
先ほどの著作権法第15条と併せて考えると、社員が作ったプログラムや関連資料は、雇用契約での約束がなくても、法人名義の公表がなくても、ほぼ無条件で、著作権が法人に帰属するということだ。社員には何も権利が認められていない。
一つ、微妙な判断となるのが、社員が自発的に作成したツール類についてだ。例えば、開発者が大量のテストデータを生成する際に、自らの考えで生成ツールを作ったような場合、あるいは、表計算ソフトに必要事項を埋め込めば、コードを自動生成してくれるようなツールを作ったような場合だ。
自発的に作ったのだから、「法人の発意」には基づいていないとも考えられるし、「業務に必要なもの」を「就業時間内」に作ったのであれば、やはり間接的には「法人の発意」に基づいているとも考えられる。
残念ながら、これに対応する判例を私は知らない。おそらく、作成時の業務命令がどうであったか、直接の命令がなくても、それらのツール類が開発に必要なもので、その作成を前提にした作業計画となっていたか、そもそも、それらのツール類は著作物であるか、といったことを参考にしながら、ケースバイケースで判断することになるであろう。
ソフトウエアの持ち出しは、銀行員の横領と同じ
自分が一生懸命に頭をひねって作ったもの、自分だからできたものの著作権が、ほぼ無条件に法人に帰属するということに、釈然としない読者もいるかもしれない。そういう人は、社員の給料には最初からそうした権利放棄の代償も含まれていると考えた方が良い。この判決は、東京地裁の判決を高裁が支持したもので、法律自体が変わらない限り、どこへ行っても同じような判断が下されるであろう。
このようにソフトウエアの権利が法人側に認められている以上、「会社を辞める社員は、何も持ち出せない」と考えるべきだ。「前の会社から持ってきたプログラムを次の会社の作業用PCにコピーする転職者」の姿を目にしたことが私も何度かあったが、こうした行為は厳に慎まなければならない。
やっている方は「ちょっとしたズル」程度にしか思わないかもしれないし、バレることもなかろうと考えるかもしれない。しかしその結果は、判決が示す通り「業務上横領」である。会社の金を持ち逃げした経理担当者やシステムを不正操作して自分の口座に多額の現金を振り込んだ銀行員と同じ罪名が付くのである。もう一度、繰り返しておく。
手ブラで会社を出なければ、犯罪者だ。
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細川義洋
東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員
NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。
2007年、世界的にも季少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。
書籍紹介
「IT専門調停委員」が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則
細川義洋著 日本実業出版社 2160円(税込み)
提案見積り、要件定義、契約、プロジェクト体制、プロジェクト計画と管理、各種開発方式から保守に至るまで、PMが悩み、かつトラブルになりやすい77のトピックを厳選し、現実的なアドバイスを贈る。
細川義洋著 日本実業出版社 2160円(税込み)
約7割が失敗するといわれるコンピューターシステムの開発プロジェクト。その最悪の結末であるIT訴訟の事例を参考に、ベンダーvsユーザーのトラブル解決策を、IT案件専門の美人弁護士「塔子」が伝授する。
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