2つのタブーと3つのタブー中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(3)

今年、融合法制と地デジが達成された。が、周波数オークション、NTT完全民営化、NHK民営化のタブーは依然として残る

» 2011年11月09日 10時00分 公開
[中村伊知哉@IT]

融合は終わったが、海外と比べたらヘッピリ腰

 2011年、融合法制と地デジ、この2つが達成された。いずれも20年前はタブーだった。

 通信・放送融合の議論が政府で始まったのは20年前、1991年。私はその最初の担当になった。担当といっても、産業界に働きかけたり予算を得て推進したりするのではない。腰が定まらない役所内部の意見調整だ。

 もちろん私は推進派。技術的に必然であり、放送コンテンツと通信ネットワークという日本の強みを合体する国益を信じていた。だが当時の郵政省は融合に反対。議論はタブーだった。放送担当が反対の立場だったからだ。理由は簡単、業界が反対していたから。

 審議会の報告書に「融合」と書けるようになるまで1年かかった。それでも、1年かけて、局長同士の折衝も重ねて、ようやくタブーから「議論容認」に移った。「推進」ではない。議論は許す、というところまでだ。当時の郵政大臣は小泉純一郎さんだった。

 政府が「推進」に転じたのは2005年。地デジを全国に行き渡らせるために、ブロードバンド配信もいいよね、ってことで、放送が通信に助けを求めた。同じ年にホリエモンと三木谷さんが放送局を買いたいって言い出したんで、放送局のガードは堅かったが。小泉さんは総理になっていた。

 通信・放送の融合法制を作ろうという議論が始まったのは、そのころだ。私たちは通信・放送のタテ割り制度をコンテンツ・サービス・インフラの横割りにし、8本の法律を「情報通信法」に一本化するという抜本改革を唱えたので、風当たりも強かった。「融合」と発言すると放送業界からは「連携」と言い直すようたしなめられたり。これがもとで放送局の仕事を外されたこともある。

 でもおかしなことだ。金融にしろ自動車にしろ、ITをいかに体内に速く取り込むか、融合させるかに競争力の行方をかけていた。当然だ。ITは情報「技術」なのだから、手なずけたヤツが勝つ。融合か連携かなどという言葉遊びをしている場合ではなかった。

 融合を「黒船」になぞらえる声も多かった。黒船が来港したのは20年前のことだから、今はもう1873年に当たる計算だ。となると、廃藩置県、円の導入、郵便・電信発足と国内制度もネットワーク整備も始まり、征韓論という海外展開策も打ち出されている時期だ。そういう意味では、融合法制と地デジネットワークが整備されたのはちょうど頃合いということかもしれない。

 融合法制の論議は5年を要した。賛否両論が交錯した。いや、当初は反対意見の勢いが圧倒的に強かった。その中で議論を重ね、調整を重ね、そしてやっと「放送法等改正法案」という形にたどりつき、ねじれ国会の中で成立に至った。政府はじめ関係者の努力に頭が下がる。ダメダメな民主党政権だけど、これだけは素直に評価する。

 当初、私たちが唱えた「情報通信法」は、通信・放送のタテ割りをヨコにしたり、法律の数を減らしたりすることが主目的ではない。そうした全体見直しの際にこそ可能となる規制緩和が最重要課題だ。地デジ整備後を展望して、新しいサービス、ビジネス、文化を生む環境を整えることだ。

 このため、私は以下の項目を実施することが重要だと訴えてきた。

  • 通信放送融合型の電波免許を導入すること
  • 放送のハード・ソフト一致、分離の選択肢を地上波、衛星、有線の全てに認めること
  • 放送と通信のサービス層・コンテンツ層のスキームを一本化すること

 いずれも政治的に超難問。1つでも達成すれば及第であろうと。しかし、今回の法案はこれらをいずれもクリアした。8本の規制法のうち4法を廃止。全体的には大幅な規制緩和と簡素化を断行するものだ。私の知る限り、デジタル化・IP化を世界で最も大胆に取り入れた法スキームだと思う。

 特に驚いたのは、融合型電波免許。正直なところ私は、これが実現するとしても、新規に割り当てられる周波数、例えばホワイトスペースなどで一部導入される程度だろうと踏んでいた。しかし法改正で、放送局がその電波で通信サービスを提供したり、通信会社が放送局を兼業したりすることができるよう、制度の道を開くことになった。

 これは、放送・通信会社の双方に大きなビジネスチャンスを与えることになる。特に放送局は、太束の電波を使いながら、通信技術の進化やネットビジネスの拡大に対応できないでいた。その状況が変わる。

 いま私たちのグループは、放送波を使って新聞や雑誌を配信したり、デジタルサイネージ向けに情報提供したりする実験プロジェクトをユビキタス特区やホワイトスペース特区で進めているが、それらが本格サービス化することはもちろん、より大胆なサービス開発が多面的に進んでいくことが期待できる。

 つまり、タブー視し、反対してきた融合法制なるものが、実は通信より放送側に大きなメリットがある、というか通信にはほとんどメリットはないが放送にとっては相当な優遇策であることがやっと認識されたことと、海外からのITの大波が新しい展開を迫ったことという2点の変化があったということだ。

 その同じタイミングで地デジが整備されたのは偶然ではない。放送を取り巻く20年間の課題が同時にクリアされ、次のステージに進むということだ。放送のデジタル化も20年前は議論許すまじという風情だった。

 今でこそ地デジの意味は、第1に周波数資源の再調整(跡地利用)であり、第2にコンピュータとの結合(融合)であり、第3に高精細化だと認識されている(と思う)が、当時はキレイに映るメリットばかりが強調され、必要性も共有されていなかった。

 融合論は何とか議論が解禁されたが、放送デジタルはなかなかきっかけがつかめず、93年ごろには、若手官僚は爆弾三勇士的に政権トップに直訴に行こうなどと地下で密談したりしていた。それが94年、当時の江川放送行政局長の突発発言をきっかけに議論が始まり、そうなれば技術と世界的なビジネスの動きからは孤立できず、どんどん前のめりになっていった。

 もちろんその後も一筋縄というわけではない。詳しくは書けないが、当初、推進者は身の危険を感じるようなこともあったという。それも昔話になった。大活躍した地デジカくんも、そろそろ居場所を失って、すぐに懐かしキャラになるだろう。

 2つのタブーが失せ、何だか気が晴れた気もする。だが、まだタブーは残る。3つばかり。

 1つは、「周波数オークション」。これもずっと民間では論議されてきたが、政府は取り上げてこなかった。ただ、ここに来て総務省も研究会を設置、真剣に取り組んでいる。近い将来、2つのタブーのように、反対から推進に転じるようになると期待する。

 もう1つは、「NTT完全民営化」。政府が株を保有する特殊法人であるNTT。日本電信電話株式会社法という法律に基づいて設立されている。人事面や事業面での規制が残っているのだ。これを完全民営化するタイミングが近づいていると思うのだが、なかなか議論として立ち上ってこない。

 昨年、盛り上がった「光の道」の過程で、NTTが組織再々編してこれに乗るなら、完全民営化の規制緩和も、という議論が水面下で行われたが、結局その機会を逸したので、次のチャンスが見えない。というか、そもそもNTTが国という株主を頂いているメリットを感じている限り、外圧でもなければ動かないかもしれない。

 最後は、「NHK民営化」。これも放送法で規定された特殊法人。国との近さから、報道内容の独立性が問題になったりする。NHKは放送のネット配信に意欲を見せ、民放の反発を買ったりしているが、であれば民放化して堂々とビジネスを展開するのも選択肢かもしれない。

 デジタルの波が2つのタブーを消失させた。3つのタブーに挑む原動力は何か。ソーシャルの波か、国際化か、少子化か、エネルギー問題か。それともTPP()か! あるいはそれら全てだろうか。

TPP……環太平洋戦略的経済連携協定。貿易自由化を目指す枠組み

Profile

中村伊知哉

中村伊知哉
(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


イラスト:土井ラブ平


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