サイネージの整備は世界同時進行。ディスプレイの技術力、ポップなコンテンツの文化力も兼ね備え、日本は総合力で世界をリードする条件も満たしている
デジタルサイネージ。街に広がる電子看板。ビルの壁、駅ナカ、コンビニのレジ、屋外も屋内も、ネット化された大小のディスプレイで埋め尽くそう。ディスプレイ、ネットワーク、コンテンツの3要素からなるこの新しいメディアを1兆円産業にしよう。テレビ、パソコン、ケータイに次ぐ第4のメディアに発展させよう。
このため「デジタルサイネージコンソーシアム」を結成して4年がたった。会員社は137に上る。発足当初は、電子看板、アウトオブホームメディア、さまざまな呼び方があったが、ほぼ「デジタルサイネージ」というぼんやりした呼称に統一された。だって、看板じゃない非広告タイプが多いし、屋内のも多いし。まだ概念が固まらないぼんやりしたメディアなのよ。
ただ、動きは速い。この間まで、あそこにサイネージができた、ここにもディスプレイが置かれた、といった1つ1つがニュースとなっていたが、今や都会ではサイネージのない場所を探す方が難しい。しかもブロードバンド大国たる日本のサイネージは、高速回線で連結し、街を行く人々に一方的に情報を与えるだけでなく、インタラクティブに使われるメディアへと進化している。
サイネージの整備は世界同時進行。そして、ディスプレイを製造する「技術力」も、サイネージ向けのポップなコンテンツを生み出す「文化力」も兼ね備え、日本は総合力で世界をリードする条件も満たしている。すでにサイネージ大国なのだ。チャンスである。
ここに来てサイネージはさらに大きな変化を示している。「3P」だ。
モールや高級ブティック、金融機関などのハイエンドから、鉄道、商業施設などのミドルエンド、そして個人商店や一般オフィスなどのローエンドへと普及が進んできたサイネージ。屋外の大ディスプレイから屋内の小画面までをカバーする広がりを見せている。
それが今度は一足飛びに家庭の中にも進出し始めた。フォトフレームやタブレットPCをブロードバンドにつなぎ、茶の間に情報を届けるサイネージが商用化されている。テレビ、パソコン、ケータイとは違う、24時間スイッチオンのサイネージが家の中にも居場所を見つけたのだ。光ファイバーが浸透している日本が世界に先行する形でサービスを開発している。
サイネージは広告メディアだと目されていた。しかし企業は広告媒体として使うだけではない。電車での運行情報、銀行での金利情報、ホテル入り口での催し案内などはCMではなく来場者への情報サービスだ。一般のオフィスでも、職員の情報共有のためにサイネージが活用されつつある。
学校、病院、役所でも広がっている。授業の情報や就職案内をディスプレイ表示する大学。診察室への誘導、支払いや投薬の情報を画面で表示する病院。街路の画面で防災情報を流す自治体。みんなで見るサイネージはパブリックな利用から先行的に広がっていく可能性も十分にある。
頭打ちの広告市場6兆円よりも、企業の経営管理、教育・医療・行政の公共的な支出から市場形成を考える方が現実性は高いんじゃないか。日本の年間の教育コストは20兆円、医療は30兆円、行政は中央政府だけでも200兆円。そっちを狙ったほうが早くね?
ポップカルチャーの国、日本ならではのモデルもある。自動販売機があふれ、ガラパゴスと称されるほど特異な発展を遂げたケータイ文化を持つ日本。その自販機をサイネージに変身させていき、サイネージとケータイとを結合したアプリケーションを開発させていく。日本型のモデルを構築して、海外市場を開拓したいぞ。
ゲーム機やカラオケやパチンコと連動したサイネージ。アニメキャラを登場させた目を引くコンテンツ。海外ではあまり見られないギャグ風の仕組みを持つ遊びサイネージ。楽しく発展していこう。
いいぞ、ガンガン行こう!
ところが。3/11を機に、デジタルサイネージ業界は、あらためて自分自身を見つめ直すことになった。節電の要請。自粛ムード。灯火の消える都会。そんな中でサイネージはどう身をこなせばよいのか。業界は悩んだ。考えた。議論した。
首都圏では一斉にスイッチを落としたサイネージも、世間が平静を取り戻すにつれ、徐々に点灯していった。被災地及び全国で必要な情報をお届けできるよう努めた。平時でも災害時でも社会の役に立つメディアへ成長したい。そう考えた。
そこで、2011年、日本のサイネージには、またも新たなトレンドが重畳してきた。「べんり+つながる+みんな」の3傾向である。
この傾向は早くも6月に開催された展示会「デジタルサイネージジャパン2011」でも明確に見ることができた。
役立つ系では、大日本印刷や凸版印刷などが大学、病院、行政、オフィス向けのサイネージを提案。PDC社は災害時にも働く太陽電池のサイネージを展示。
つながる系では、家庭内を対象とするNTTの「ひかりサイネージ」や、日立の「クラウド」サイネージなど、サイネージがインターネットメディアであることが鮮明に。地デジの電波で配信するモデルも複数見られた。
みんな系では、Twitter災害情報の表示システムなどソーシャルメディアと連動したモデルやサイネージ向けコンテンツ制作ツールなどが提案されていた。
こうしたトレンドが定着するのはこれからだ。でも恐らく、来年の展示会ではまた新しい傾向が台頭しているだろう。それほどサイネージの進化は高速だ。当面、目が離せない。
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/
記事中イラスト:ピョコタン
アイコンイラスト:土井ラブ平
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