YouTubeなどネットの攻勢に対し、何もしないと「テレビは死ぬ」。それは明らかだ。テレビ局がよいサービスを開発できるかどうかが要となる。
先ごろ、日本民間放送連盟(民放連)のシンポジウムで、スマートテレビに関する議論を行った。米国は、GoogleやAppleなどのIT企業、ComcastやDirecTVなどケーブルや衛星、AT&TやVerizonなどの通信といったセクターが組んず解れつだが、日本の動きは放送局が主導している。
日本放送協会(NHK)のハイブリッドキャストや関西の放送局が始めたマルチスクリーン型放送研究会、さらには日本テレビ(NTV)やフジテレビの独自サービスなど、日本型のアプローチが目立っている。2年ほど前には、電子書籍と同じく、米国からスマートテレビという「黒船」が来航したとのビビリ感が強かったが、この所、日本としてのサービス像が見えてきたせいか、「怖ろしや黒船論」はあまり聞かなくなった。シンポジウムでも、「スマートはピンチか? チャンスか?」と問うた所、業界の人は皆、「チャンス!」と答えていた。
すると、「YouTubeがテレビ局化している」という声も聞こえてきた。YouTubeが「チャンネル編成化」「動画の増加」「広告の強化」という3つの策を進めているというのだ。2005年のサービス開始から8年。PCベースのメディアが総合編成のテレビ型ビジネスに本腰を入れてきた。テレビ業界との競合が激しくなると同時に、連携も強まるだろう。
この数年、世界のメディアは構造変化の波に飲まれている。1つはソーシャルサービス。みんなが参加して作るメディアが普及したこと。そして、クラウドネットワーク。ブロードバンドと地上デジタルテレビ(地デジ)で、通信も放送もデジタルネットワークになったこと。もう1つが、スマホに代表されるマルチスクリーン。1人が数台のPCを使う。ケータイはスマホというPCになり、テレビはスマートテレビというPCになる。テレビ局の動きも、YouTubeの動きも、この流れに対応する戦略。通信と放送の融合というより、通信と放送が別ステージに向かって接近しているということだろう。
YouTubeにとっては、競争の激化が対応を加速している面もある。米国のテレビ局が作った映像配信サービスのhuluや映画配信のNetflix、さらにAppleも力を入れてくる。日本でもテレビ局がサービスに本腰を入れてきた。サービスを束ねるプラットフォームの座が争われている。いち早くそれを確立させたいという意欲は、テレビ局以上のものがあるのではないか。
そのYouTubeで、TBSやテレビ朝日、フジテレビなどが動画配信を始めた。日本はテレビとネットの連携の動きが米国に比べ3年ほど遅かった。でも、ここに来てテレビ局は踏み込んでいる。そこには、「地デジが完成した」という事情がある。大騒ぎして消費者にテレビを買い換えさせた。でも、正直どうなのか? 映像はキレイにはなったけど、すごくよくなったのか? デジタルならではの、便利で面白いサービスが求められているのだ。ネットもスマホも使おう、という方向だ。
事態も切迫している。かつてテレビは黄金のビジネスだったので、ネットに手を出すのは戦略から外れていたが、テレビ広告市場は縮小し、ビジネスをネットやソーシャルメディアに持って行かれる。守りから攻めに転ずる段階になった。
広告主も賢くなっている。もう視聴率だけでは簡単に広告を出さない。どういう人が見ているか、“視聴質”も問われる。テレビCMを引き上げてネットだけでCMを打つ、別手段のプロモーションを行う、という企業も増えている。特に国際的な企業にはそうした傾向が強い。
YouTubeなどネットの攻勢に対し、何もしないと「テレビは死ぬ」、ということは明らか。テレビ局がよいサービスを開発できるかどうか。今後もテレビ画面は見られ続けるだろう。でも、テレビ番組をリアルタイムで見ることは減り、マルチスクリーンを同時に使うことは増える。
録画した番組、ネットのコンテンツ、ソーシャルサービスなど、多様化が進む中で、テレビ局のコンテンツがどれだけの位置を占めるか。映像メディアに占めるテレビ局の比重が高い日本の場合、その位置付けが情報社会のモデルを左右する。
同時に、テレビは番組だけでなく、電波もある。デジタル化したものの、以前と同じように番組を送っているだけで、まだうまく使えていない。新聞、雑誌、ソーシャルメディアなど、デジタル回線としてもっと色んなことに使えるのだが。ビジネスを広げるチャンスはある。そちらにも力を入れてもらいたい。
中村伊知哉(なかむら・いちや)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
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