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頭の中も著作権の対象?――もう一つの「ソフトウエア パクリ」裁判解説「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(21)(3/3 ページ)

東京高等裁判所 IT専門委員として数々のIT訴訟に携わってきた細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、資料やデータを一切持ち出さなかったのに、かつての勤め先から盗用で訴えられた判例を解説する。

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部分的に前職での技術を流用することは仕方ない?

 これらを総合的に考えると、「技術者が転職先で、機能と一部の設計が似通ったソフトウエアを作ったとしても、それだけでは著作権侵害には当たらない」ということになる。

 転職先で、断片的に前職での知識や設計ノウハウを生かす程度なら、通常は著作権侵害を問われることは少ないだろう。もちろん、流用した部分がそれだけで著作物と認められるような場合(思想や独自性を表現した画像や動画など)は、著作権侵害になる。

 しかし、転職した技術者や転職先が「流用は一部分である」と言うためには、証明が必要だ。この裁判では、裁判所は以下の点に着目して、著作権侵害はないと判断した。

裁判所が「著作権侵害はない」と判断したポイント

東京地裁 平成27年6月25日判決より抜粋して要約

 原告プログラムはC++というプログラム言語だけで組まれているが、被告プログラムはC++とC#という二つのプログラム言語で組まれている。被告プログラムは原告プログラムと比較して平均3.96倍の速度でインポートとエクスポートを処理することができると認められることという相違点があり、これらの違いは、字幕制作プログラムの全体の設計が異なる可能性があることを意味する(故に、著作権の侵害とは言えない)。

 原文は非常に回りくどい言い方をしているので、要約してしまったが、裁判所は「C++とC#ではプログラミングの技法や設計が異なる」ことや、「原告のソフトウエアよりも被告のソフトウエアの方が優れた点がある」ことから、両者の設計は違うと判断した。

 つまり、「客観的に見て、両者が同じものではない」と明示的に示せたからこそ、この裁判では著作権侵害という判断が出なかったのだ。

 現実的に考えて、転職した技術者が、前職での設計やノウハウを全くなかったことにして、同種の開発を行うことはできない。ソフトウエアのさまざまな部分が、前職で作成したものと同じようなものになってしまうのは致し方のないことであり、裁判所もそれぐらいのことは分かっている。

 ただし、ほとんど同じようなものを作ってしまえば、それはやはり問題だ。

 「以前作ったものと、今回作ったものの相違点」、特に「後から作ったものの優位点」を、「第三者にも分かる」ように説明できることが、著作権侵害を疑われないようにする鍵だ。

 読者がもし転職先で、前職と同じようなソフトウエアの開発を命じられたら、この点をよくよく留意して業務にいそしんでいただきたい。

「「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説」バックナンバー

細川義洋

細川義洋

東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員

NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。

2007年、世界的にも季少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。


ITmedia オルタナティブブログ「IT紛争のあれこれ」

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