ユーザーが資料をくれないのは、ベンダーの責任です「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(11)(2/2 ページ)

» 2015年01月07日 18時00分 公開
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 判決の趣旨は以下の通りである。

【裁判所の判断】(東京地裁 平成19年12月4日判決より、抜粋して要約)

 ユーザーによる契約の解除は有効であり、既払い金の1800万円は全額返金とする。

 ご覧の通り、判決はベンダーの完敗であった。そして、問題の「ユーザーによる情報提供」について裁判所は「(システムの)具体的な仕様の確定は、発注者の要望をまとめた要求仕様と受注者の提案の基本設計をもとに双方が協議して確定されるものであり、その意味で発注者側の協力は欠かせないものである」と述べながら、以下のように結論付けている。

【裁判所の判断】(東京地裁 平成19年12月4日判決より、抜粋して要約)

 (ベンダーが自身の望む情報提供を受けるためには)ベンダーが資料に関する作業量を見積もるべきであったし、作業を見積もっていないのであれば資料がそろわないことの負担は、ベンダーが負うべきであった。

 少し補足をすると、ここでいう「仕様確定に必要な情報」とは既存システムのデータなどで、取り出すのに技術的な作業が必要なものである。だからユーザーは、「ベンダーから依頼された情報を取り出そうにも、作業内容と作業量が分からず作業ができなかった」とのことだ。

 裁判所はこうした状況を踏まえて、ベンダーには少なくとも作業量の見積もりを行って、結果をユーザーに通知する義務があったと判断したのだ。

机上の責任分担より現実的に誰ができるのかが問題

 ユーザーが行うべき作業の見積もりまで行わなければいけないとは、ベンダーにとって酷な判決に思われる読者もいるかもしれない。私も最初に判決文を読んだときには、自分が過去に行ってきたシステム開発プロジェクトの経験に照らして、ユーザーの作業をベンダーが見積もるという考え方には、正直違和感を覚えた。裁判所はどのような考え方に基づいてこうした判決を出したのであろうか。

 同様の問題を取り扱った他の判決なども参照して考えると、裁判所の根底にある考えは、どうやら「餅は餅屋」といったもののようだ。つまり「できる人がやるべきことをやる」ということであり、専門家が「やると約束したことをやりましたでは事足りない」ということだ。

 IT導入のあるべき姿は、「導入したシステムやソフトウェアがつつがなく動作して、ユーザーが業務的な目的を達成する」ことだ。そして、その達成のためにはユーザーとベンダーがおのおの、自分たちができることをしっかりとやる。それが双方の責任となるというのが裁判所の考え方のようだ。

 本件で言えば、既存システムの調査をどのように行い、どれだけの作業量が掛かるのかを見積もるのはITの専門家にしかできないことであり、ベンダーが見積もってくれないことには素人のユーザーが作業計画を立てられず調査を行えなかったとしても、その責はベンダーに求められる。

 随分とユーザーに都合の良い判決に見えるかもしれない。しかし逆に、ユーザーの業務に関する調査をベンダーが行うのであれば、ユーザーが段取りや作業見積もりを行わなければベンダーが作業を完遂できなくてもその責は問われないという考え方になるのであり、どちらに有利という考え方ではない。

 無論これらの考え方は、こうした場合の双方の責任分担・役割分担を契約書などに明記していない場合の話だ。もしもユーザーの調査に関わる作業についてこれらが具体的に定められていたならば、裁判所はそれを元に責任の所在を判断するはずで「餅は餅屋」という考え方を持ち出す必要はない。

 しかし通常は、IT導入に関わる契約書でそこまで詳細な責任分担の定義をすることの方が少ないのが現実であろう。システム開発プロジェクト、特に要件定義や受入テストなど、ユーザーとベンダーの責任分担が曖昧になりやすい工程ではユーザーとベンダーが共に、自分たちでなければできないことは何なのかをよく考えて、都度責任分担を再考する姿勢が求められる。

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細川義洋

細川義洋

東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員

NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。

2007年、世界的にも季少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。


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