下請けが現場をトンズラ。取り残された元請けの運命は?「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(16)(2/2 ページ)

» 2015年06月09日 05時00分 公開
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裁判に勝って元請けが得たものは?

【事件の概要】(東京地裁 平成22年7月13日判決)より抜粋して要約<続き>

 (下請けは、請負契約上の債務を履行できなくなったが)その原因は、下請けの追加費用などの交渉対応、ならびにこれに伴う現場からの作業員の引き揚げに問題があったことに帰するというべきであり、これをもって元請けの責めに帰すべき事由による履行不能とは認められない。

(中略)

 下請けは、本件請負契約上(中略)下請けがどのような作業をどのように実施するかの判断、決定などを内容とするプロジェクトマネジメント義務を(元請けが)負っていたとするが、(中略)契約書などにはそのような記載はなく、合意も存在しない。

 下請けは、専門業者として納期までに作業を終えて納品する目的を達成するため、自己の作業の進行方法、管理、スケジュールの調整を含めた裁量権を有していた。

※( )内は、筆者の加筆

 プロジェクトが混乱したのは下請けが作業員を引き揚げたからで、元請けに責任はない。下請けも専門家である以上、自らの作業を管理して、納品する裁量権があった。それにもかかわらずこれを行わなかったのは下請け自身に問題があるとして、裁判所は下請けの請求を全て却下した。至極、常識的な判断と思える。

 ただ、今回私がこの判例を取り上げたのは、下請け側の責任について述べたかったからではない。もちろんこの判例からは、それらを再認識することもできるが、私が問題としたいのは、外注発注する際に元請け側が注意すべき点だ。

 この裁判では、確かに下請けの請求は全て棄却された。しかし勝訴した元請けが得たものは、何ひとつなかった。詳細は不明だが、下請けが実施しなかった作業を肩代わりして余計な費用を費やしたかもしれないし、エンドユーザーからの信頼も揺らいだかもしれない。判決文を見る限りは、元請けには大きな過失も無責任な行動もなかったにもかかわらずだ。

ステアリングコミッティによる紛争解決

 ではこうした事態を避けるために、下請けに作業を委託するときに、元請けはどのような手を打っておくべきだろうか。

 IT紛争に関わらず、請負契約書は最後に紛争時の解決手段を記す場合が多い。「もし受注者と発注者の間に重大な問題が発生し、当事者間では解決できない紛争に発展した場合には、管轄の裁判所で解決する」といったことが記される。

 確かに、紛争解決手段として「最後の最後は裁判所」という考えに間違いはない。しかし、裁判であれ、和解調停であれ、裁判所に来て主張を戦わせるようになったら手遅れだ。プロジェクトはすでに壊れている。

 紛争を解決する手段としてもっと早い段階でどのようなことができるだろうか。私の知る好例では、「ステアリングコミッティによる解決」というのがある。

 ステアリングコミッティとは、双方のプロジェクト責任者(通常は、プロジェクトには参加しないが、金額や納期の変更やプロジェクトの中断、再開を最終的に判断できる人間。多くは上級管理層か経営層)が集まる会議体のことだ。必要に応じて、双方から信頼される中立的な仲裁者が入ることもある。

 元請けと下請けのプロマネは、費用や作業範囲、納期などでもめたときは、自分たちでこれらを解決しようとせず、この組織に話し合いを任せてしまう。いわゆるエスカレーションだ。そして自分たちは、紛争の解決策がステアリングコミッティで決定するまで、粛々と作業を続ける。もちろん、解決策提示後は、また粛々とそれに従う。

 問題点が費用であれば、作業に支障は出ない。作業範囲や納期に関わることでも、取りあえず合意できている部分については作業を継続できるので、傷口は最小限で済むはずだ。

 今回の裁判例は、作業範囲や費用の問題を元請けと下請けの現場担当者同士「だけ」で話し合い、決裂して作業が中断したために起こった。「現場」と「重要判断を行う組織」は分離すべきで、少なくとも「納期」「コスト」「重要な要件」など、プロジェクト自体の骨子を変更するような問題は、現場ではなくステアリングコミッティに任せるべきだ。

 ステアリングコミッティは、前述した通り納期や金額の変更を自身の判断で決定できる人の集まりだ。「このプロジェクトは赤字になっても仕方ない」「納期を考えて、別の人間をアサインしよう」といった判断を、比較的簡単にできる。与えられた予算と要員、期間で作業を完遂することを義務付けられているプロマネや現場担当者とは、できることの範囲が異なるのだから、解決策もおのずと大胆、かつ妥当なものになる。

 プロジェクト発足時にステアリングコミッティを組織し、契約書に「問題発生時には、ステアリングコミッティを速やかに開催し、その決定には、双方とも異論を唱えない」ことを明確に記す。こうしたことが、紛争の影響を最小限に抑え、元請けと下請けがWin-Winの中でプロジェクトを完遂するために有効であると、私は考える。

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細川義洋

細川義洋

東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員

NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。

2007年、世界的にも季少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。


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