デザイナ川上俊氏のセッション「ウェブとタイポグラフィー、伝達と表現」から、FlashとAIRのツールとしての原点とプラットフォームとしての可能性を考える
Adobe MAXで行われるセッションは、もちろん開発者を対象としたものもあるが、全体では「デザイン」「開発」「企画・プロデュース」「インスパイア」といったカテゴリでバランスよく構成されている。従って、開発者やデザイナでなくとも得るものは多く、ネットビジネスのトレンドを知るためのイベントという側面も持っている。
開発者ではない筆者も「デザイン」や「企画・プロデュース」のカテゴリを中心に聴講した。その中で興味深かったのが、川上俊氏の「ウェブとタイポグラフィー、伝達と表現」である。
セッションでは、アートディレクタ/グラフィックデザイナである川上俊氏が、自身が手掛けたデザインの背景について語った。
川上氏はイッセイミヤケやgiuliano FujiwaraといったファッションブランドのWebサイトデザインを手掛けるが、もともとWebではなくプリントメディア(紙媒体)を中心に活動してきたグラフィックデザイナである。文字の形や構成で表現するタイポグラフィやグラフィック、アートディレクションが本業だ。
「文字詰めが思うようにできないHTMLには興味がなかった」と話す川上氏だが、Flashが登場し精細なグラフィック表現が可能になったことでWebに興味を持ち始めたという。
「1枚ものが好きで、ページを増やすのは好きではない。グリッドを活用したシステマチックで構造化されたデザインに興味がある。構造化というのはWebに適している」(川上氏)
川上氏の手掛ける作品は非常にシンプル。文字組が基本となるデザインで、画面遷移は極力行わない。代わりにFlashを使って画像、メニュー、情報といったコンテンツをレイヤとして分け、それらを重ねて階層化された1枚の絵として見せる手法。
「トレーシングペーパーを使って本を作っているような感じ。グラフィックデザインに近い」と川上氏自身は表現する。
こだわったものには「日本語と英語の併記」もある。giuliano Fujiwaraのサイトでは会社情報(Company Information)を日本語と英語を並べて掲載している。
「Webは世界に開かれている、日本人だけに対象を限ってしまうのはもったいない。海外の人に対しては英語で内容を理解してもらうが、同時に日本語の文字も載せることがメッセージになる。それによって、Webサイトや会社のバックグラウンドも伝えることができる」との考えからだ。仮名漢字の持つビジュアルから日本や東洋、アジアといったイメージを喚起できるし、何よりも外国人にとっては目を引くものとして映る。言語=テキストでメッセージを伝えるのはもちろんだが、タイプフェイス(文字造形)自体でもメッセージを伝えるという発想は、グラフィックデザイナならではの視点といえる。
また、自らのアートイベント「デザインタイド」に参加した経験を踏まえ、Webデザイナでも紙のグラフィックデザインを経験することは新たな発見などプラスになるという。同時にWebデザインには「プリント、ビデオ、音楽などこれまでのメディアがすべて含まれている。視覚と聴覚2つの要素を考えないといいサイトを作ることができない。さらにWebは動線や視線の動きなど勉強しなければならないことがたくさんある」と別の難しさもあると語った。
基調講演でコンピューティング環境としてのFlashプラットフォームやAIRについて聞き、川上氏のセッションではデザイン表現の手段としてのFlashについて聞いた。そこであらためて考えたのは、Flashというテクノロジの原点とそれによる方向性についてである。
Flashが支持されてきた理由の1つとして、アウトラインデータによる精細なグラフィック表現が可能な点が挙げられる。SVGやHTML 5といった規格も存在するし、マイクロソフトのSilverlightといった競合製品も登場しているが、制作環境、再生環境を考えると現段階ではFlashが最善の選択肢であるといえる。
現在Webデザイナとして活躍している人は、もともとMacを使ったDTPでデザインの世界に足を踏み入れたという方も少なくないだろう。そういう人々にとっては、プリントメディアでやって来たグラフィックデザインがどこまで表現できるかが、Webデザインへの興味を持つ基準であった。そして、Flashはその点を重視し、実装してきたおかげで成功した。
Flashは、いまや単なるグラフィックやアニメーション表現のためのだけのテクノロジではなく、ActionScriptやFlex、そしてAIRなどWebコンピューティングを支えるプラットフォームである。その意味では、もはやFlashはデザイナだけのものではなく多くの開発者にも使われているわけだが、それでも原点としての「デザイン指向」という要素は少なからず残り続けるだろう。
数多くのプログラミング言語や開発環境が存在するが、よくいわれるのが「Flashのデザイナが作るものはセンスがよくて美しいものが多い」ということ。この傾向がFlashプラットフォーム全体に広がるのなら、将来的にはAIRアプリケーションを搭載したケータイや家電でも「良いセンス」の恩恵をわれわれユーザーは享受できることになる。
もちろん、Visual BasicやJavaの開発者にセンスがないとはいわないが(逆にFlasherだからといってセンスがあるとも限らない)、それでもデザイン表現に対する興味や趣向においてある程度の傾向はあるだろう。つまり、デザインに興味のある若者がWebの業界に進もうとした際に、興味を持って最初に触れるツールは何かということだ。さらに、ツールそれ自体が持つ機能(どれだけこだわったビジュアルデザインが可能かなど)によっては、どうにもならないこともある。
AIRの登場とマルチデバイスへの展開は、単なる開発/実行環境が1つ増えたというだけではなく、Flashで培われてきた「デザイン指向」のカルチャーやノウハウが流れ込んでくることでもあるのだと、イベントの参加者やスピーカーの方々を見ながら感じた。
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