Ajaxという言葉を発明したadaptive pathが、ユーザーエクスペリエンスの最前線をどのように走り続けているかを聞いてきました。気になるブレスト方法は?
adaptive pathという会社をご存じでしょうか? 日本でもユーザビリティの先駆者としてセミナー活動を行ったり、“Ajax”という言葉で古いJavaScriptの技術を真新しく表現することに成功したりしています。
3月中旬に、JTPA(Japanese Technology Professionals Association)のカンファレンスに出席するためにシリコンバレーに行く機会があったので、気になる現地企業をいくつか訪問することになりました。その際、多くの人に「ぜひ見ておいた方がいい」と勧められたのが、ユーザーエクスペリエンスをテーマにコンサルティング活動を行うadaptive pathでした。
adaptive pathといえば「Ajax」というキーワードを発明したJesse James Garrett氏がいたり(参照記事:古くて新しいAjaxの真実を見極める)、Mozillaと共同で次世代Webブラウザのコンセプトモデル「Aurora」を開発したという活動が日本でもよく知られています。また、
といったadaptive pathのメンバーにより書かれた書籍を読まれている方も多いかと思います。
さて、日本からの突然の来訪者を受け入れ、今回adaptive pathの活動を快く紹介してくれたのは日本人メンバーでVisual Practice Leadの秋吉さんとExperience Design DirectorのBrandonさんです。
adaptive pathはサンフランシスコ市内(シリコンバレーはそこから車で1時間ほどに位置します)にある社員30名ほどの小さな会社なのですが、その人数からは想像できないくらい多くの活動を行っています。
今回の訪問を通してアメリカ西海岸流儀の「IT業界ならではのクライアントと一緒にサービスを構築していく方法」を知ることができました。この記事ではそこで得たことをお伝えしたいと思います。
まず、大きく3つに分けられるadaptive pathのソリューションを紹介していただきました。
1)コンサルティング
コンサルティングは主に「エクスペリエンス戦略(Experience Strategy)」と「エクスペリエンス設計(Experience Design)」の2段階に分けられています。
エクスペリエンス戦略では、フィールド調査やエスノグラフィ、競合する企業やサービスの調査などを行い、ユーザー像やサービスに求められているものを洗い出すことで「どのようなユーザー体験を提供するか」という戦略を構築していきます。ただユーザーアンケートを採り「どのような人が使っているか」という情報を集めるだけでなく、「どのように使うか?」「なぜ使うか?」と多面的に掘り下げていくことで、顧客像をより立体的につかむことを大切にしているとのことです。
エクスペリエンス設計では、ユーザー体験戦略の構築で得た情報を基にユーザー体験をデザインしていきます。6、7人ほどのペルソナ(想定される顧客像の具体的なイメージ)を作り、そこから行動を想定してみたり必要な機能のブレインストーミングを行いながらデザインへと落とし込みます。
2)教育(Training & Event)
adaptive pathは、イベントやインハウストレーニング、ワークショップを通してユーザーエクスペリエンス設計のための教育事業にも大きく力を入れています。20カ国、アメリカ国内では40の州でイベントを行い多くの人を集めています。
3)業界のリードのためのブランディング(Thought leadership)
業界をリードするために本を多数出版したり(現在7冊の書籍が発刊され、うち3冊が翻訳されています)、R&Dへの取り組み、実験的なプロダクト開発や、多くのブログや記事の執筆も併せて行っています。YouTubeでこのような動画(Sketchboards:A Technique for Better + Faster UX Solutions)を見ることもできます。
実際には、これらの3つの要素が絡み合いながらクライアントにサービスとして提供されることが多いようです。
クライアントはアメリカを中心として世界各国に存在し、私たちが知っているようなWebサービスに始まり、次世代型の携帯情報端末、情報家電にまで広がっています。
次に、実際にどのようにプロジェクトが行われているか、コンサルティング事例のなかから、日本人にもなじみのあるMySpaceの例を紹介してもらいました。
MySpaceがある日を境に、見やすいナビゲーションを含め急に使いやすくなったのに気付かれた方も多くいると思います。adaptive pathがMySpaceのユーザー体験をリデザインしていたのです。
競合サイトが増えてきたMySpaceからは、MySpaceの強みを生かし、よりユーザーが使いやすいインターフェイスの提案を求められました。
MySpaceはページをユーザーが自由にカスタマイズして表現できるため、アーティストに人気がありそれに合わせて進化してきました。しかし自由度が高過ぎるために、時として煩雑で見づらいところがありました。
より見やすく、MySpaceの価値をしっかりと感じさせるデザインを行うために無駄な部分をそぎ落とし整理することにしたのですが、自由度とのバランスをどのように取るかが懸念点となっていました。そのため、この件では「ユーザーリサーチ」をしっかりと行うことでバランスを見極めたそうです。
「ユーザーリサーチは大切ではない」という認識がMySpaceには強かったのですが、しっかりとリサーチの価値をクライアントに認識させ、プロジェクトを始めたことが成功につながったとのことです。
また、実際にadaptive pathが運営するサービスについても、次の2つのプロジェクトを紹介してくれました。
2005年に公開されたブログに特化したアクセス解析ツールです。ブログの登場によりユーザーは簡単に記事を投稿できるようになったのですが、どのような反響がユーザーからあったかをよりダイレクトに知ることで、ブログを書くことで得られる体験を拡張したサービスです(現在はグーグルに売却されています)。
「charmr」
糖尿病患者のために、新しい血糖値測定機のプロトタイプを開発しています。まだ市販化はされていないのですが、BusinessWeek'sの最優秀アイデア賞を受賞し、BusinessWeekやThe New York Timesに掲載されたようです。糖尿病患者の方にとって日常行う血糖値を測る作業はなかなか面倒なものです。その作業をより糖尿病患者の日常に溶け込むようなツールと血糖値のデータを解析するツールを提案しています。
さて、アイデアポータル「アイデアの泉」をはじめ発想法やブレインストーミングに力を入れている面白法人カヤックとしましては、adaptive pathでどのようにブレインストーミングが行われているか気になります。会社を案内していただく中で、気になるブレインストーミングへの取り組みも紹介してくれました。
通された会議室には壁一面にポストイットや、アイデアを書いた模造紙が張られ、机の上にはカラフルなペン、アイデアやストーリーボードを書くための専用の紙と、実際にアイデアを書かれた紙が山のように積まれていました。まさに先ほどまで行われていたブレインストーミングの結果が並べてありました。
adaptive pathの提供する面白いサービスの1つとしてオープンデザインセッション(Open Design Session)というのがあります。1週間に2回、社員の誰もが参加ができるブレインストーミングが開催されるようです。面白いのはクライアントを呼んでクライアントと一緒に行われるということ。
アイデアを出すプロセスをクライアントと共有し、一緒に戦略を練っていくことからお互いのコンセンサスを取った良いものが生まれてくるとのことです。このような取り組み方を秋吉さんは、
「まるでオープンソースのように、いろいろな人がアイデアを加えてより良いものに育てていく」
と表現されていました。Webのカルチャーより生まれた仕組みを実際のアイデアの現場にも援用している、というところがさすが「Ajax」「Blog」といったキーワードを生み出した企業!という印象を持ちました。
またクライアントとしても、一緒にアイデア出しを行うことで、今後どのように発想していくかという知識を持ち帰ることができそうです。
クライアントやユーザーとの対話を続け、ユーザー体験をアジャイルアプローチで構築していくという手法はsubject to changeという本によく書かれています。
最後に心に残ったadaptive pathの経営理念を紹介したいと思います。
Adaptive Path helps teams and organizations create products and services that deliver great experiences to improve people's lives.
「Adaptive Pathは、素晴らしいユーザー体験を提供する製品やサービスを作る組織や企業の手助けをすることで、人々の生活を豊かにします」
2008年の実績として、クライアントの手助けをすることで1億5000万人の人々の日常をより豊かにしたとのことです。
adaptive pathや私たちが主に活動するITの分野はまだまだ人々の生活を豊かにできます。そのことをしっかりと意識しながら働けるということは素晴らしいことです。
ちなみに手前みそですが、カヤックの経営理念は「つくる人を増やす」。カヤックもまた、絵の測り売りサイト「アートメーター」や建築家と家を建てたい人をつなぐコミュニティサイト「ハウスコ」など、クリエイターを支援するITサービスで「つくる人」を増やすことにどれだけ貢献できたか調べてみたくなりました。
一通り説明をしていただいた後、ちょうど金曜日の夕方はクライアントの方と一緒にお酒やお菓子を片手にちょっとしたパーティーが催されるとのこと、「ぜひ一緒に!」と快く招待していただいたので、adaptive pathやほかのクライアントの方たちとお話をさせていただきました。
シリコンバレーに来た日本人の多くはよく「青い空にすっかりやられてしまいまして……」と渡航の理由を語ります。この日も天気が良く、気候も涼しく良い気持ちです。このような人とのオープンな関係がなじむのはカリフォルニアの土地柄や気候によるものなのでしょうか?
このような取り組みを日本に持ち帰り実践したいと思います。
瀬尾浩二郎
2006年に大手SI業者より面白法人カヤックに入社。
2007年より面白法人カヤックのラボ、BM11(ブッコミイレブン)に所属。アイデアの出る会議室「閃考会議室」や世界初ブログを書く植物「今日の緑さん」などデバイスを使用したプロダクトを主に担当。「ブラウザの一歩外の発明」をテーマとしたブログ「kiteretsu.kayac」を運営中。4/24に毎日コミュニケーションズよりAdobe AIRの解説書「Flashで作るAIRアプリケーションレシピブック」を刊行予定。
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