W3C/XML Watch - 9月版
IEの特許侵害判決でW3Cが緊急会合
2003/9/19
マイクロソフト敗訴の判決を受けてW3Cが緊急ミーティングを招集した |
過ぎてみれば8月は雨続きの冷夏でした。前回冒頭で「いよいよ夏本番」と書いた私は冷や汗で冷夏がよりいっそう涼しく感じられました。皆さんは夏を楽しめましたか。XML関係では8月後半からWebサービス関連のニュースやイベントで活気が見られました。またW3Cでは新規の技術文書が登場したり、XPathを中心に多くの更新がありました。秋から年末に向けて、各種イベントの開催も予定されており、仕事も活気づいてくる時期です。頑張って乗り切りましょう。
■8月の勧告、勧告案、勧告候補
それではW3Cの動きから見ていきましょう。8月の発表は勧告がなし、勧告案が2本、編集済み勧告案が1本、勧告候補が6本ありました。
「編集済み勧告案(Proposed Edited Recommendations)」と見慣れないステータスが出ましたが、これは変更内容のレビューがほぼ最終段階にある状態で、事実上は勧告にとても近い段階といえます。今回の編集済み勧告案に当たるMathML 2.0第2版は、すでに2001年2月に勧告として完成したMathML 2.0を改訂したものです。白紙から作成されたものではなく、改訂版なので編集済み勧告案となっているようです。MathML 2.0第2版での変更点は基盤を揺るがすようなものはなく、UnicodeやDOMといった最新の周辺技術に対応した細かい改善がほとんどです。レビューが終了すれば早い段階で勧告へと昇格することでしょう。
- Mathematical Markup Language (MathML) Version 2.0 (2nd Edition)(8月4日発表、編集済み勧告案レビュー終了9月6日)
残りの2本の勧告案はXForms 1.0とXMLイベントです。XFormsはWebページに用いるXMLベースのフォーム機能で、以前のXHTMLフォームを3つのパート(XFormsモデル、インスタンスデータ、ユーザーインターフェイス)に分け、プレゼンテーション層とコンテンツを切り離そうという試みです。去年11月に勧告候補になりました。その時点では技術的な開発はほぼ完了したので、あとは実装のための調整や承認に約半年強かかりそうだという話でした(W3C/XML Watch 2002年12月号参照)。スケジュールは予想よりやや延びましたが、予定から大きく外れることなく着実に進んでいます。
一方XMLイベントは、DOMインターフェイスによるイベントリスナやイベントハンドラをXML言語に統合させる機能についての仕様です。ただしXMLイベントは2000年11月に勧告になったDOM2イベントを想定しています。現在、DOM3イベントがドラフトで存在していることを考慮すると、ゆくゆくはDOM3対応版のXMLイベントが仕様として登場することも想像できます。
- XForms 1.0(8月1日発表、勧告案レビュー終了8月29日)
- XML Events(8月4日発表、勧告案レビュー終了9月2日)
勧告候補に昇格したOWL Web Ontology Languageの6本は全体で1つのまとまりとなっています。OWL Web Ontology Languageとは、人間のために表示されるWebページとは趣旨が異なり、Webコンテンツをアプリケーションで処理するために使われます。マシン相互の運用性では、XML、RDF、RDF Schema(RDF-S)で構成されたWebコンテンツより強力になるそうです。OWLはOWL Lite、OWL DL、OWL Fullという3つの副言語があります。6本の勧告候補はそれぞれ、概要、ガイド、リファレンス、セマンティックスと絶対構文、テストケース、利用事例と要件、というように分割されています。
- OWL Web Ontology Language Overview(8月18日発表、フィードバック期日9月20日)
- OWL Web Ontology Language Guide(8月18日発表、フィードバック期日9月20日)
- OWL Web Ontology Language Reference(8月18日発表、フィードバック期日9月20日)
- OWL Web Ontology Language Semantics and Abstract Syntax(8月18日発表、フィードバック期日9月20日)
- OWL Web Ontology Language Test Cases(8月18日発表、フィードバック期日9月20日)
- OWL Web Ontology Language Use Cases and Requirements(8月18日発表、フィードバック期日9月20日)
■8月のドラフトとノート
今回発表されたドラフトは16本でノートはありませんでした。ラストコール付きはなく、初登場が目立ちます。
まずは8月前半に発表された9本から見ていきましょう。Ink Markup LanguageはPDAのスタイラスのような電子的なペンで入力されたデータを表現するための仕様です。xml:id要件は、XML文書で要素を区別するために用いるID型属性に関する要件をまとめたものです。DTDでもXML Schemaでも、ユニークIDで要素を識別するメカニズムはありますが、それはバリデーション依存であり、すべてのプロセッサに搭載されている機能ではありません。そこであらゆるXMLプロセッサでIDを利用可能とするメカニズムの要件策定を始めることになりました。
次にWebサービスについて2本、アーキテクチャと用語集が更新されました。どちらも3回目のドラフトです。その次のEMMA(Extensible MultiModal Annotation)は初登場で、Webコンテンツに対するユーザーからの入力(声、ペンなど)を解釈するといった、マルチモーダルな相互作用を利用可能とするための仕様です。Webサービスのコレオグラフィ(振り付け)についてはインターフェイスをまとめたノートWSCI 1.0が公開されていますが、今回は相互作用に加えて使用シナリオも示してWebサービスのコレオグラフィに関する一連の要件をまとめています。
それからCSS関連が3本です。最初のCSS印刷プロファイルは7月発表になったXHTML-Printと同様にPWGで開発されて標準案となったところでW3Cでも発表になりました。残り2本はCSS3モジュールで、プレゼンテーションレベルと構文です。CSS3については多くのモジュールに分割されており、現在開発中のものが大半です。CSSのページでは30余りのモジュール群の進ちょくと今後のロードマップを見ることができます。
- New Ink Markup Language(8月6日発表)
- New xml:id Requirements(8月6日発表)
- Web Services Architecture(8月8日発表)
- Web Services Glossary(8月8日発表)
- New EMMA: Extensible MultiModal Annotation markup language(8月11日発表)
- New Web Services Choreography Requirements 1.0(8月12日発表)
- New CSS Print Profile(8月13日発表)
- New CSS3 module: Presentation Levels(8月13日発表)
- New CSS3 module: Syntax(8月13日発表)
■XPathとXQueryで5本のドラフト発表
さて後半です。こちらはXPathやXQueryが中心です。最初はWebのためのキャラクターモデル1.0です。Unicode標準やISO/IECの決定を基に文字のエンコードやURI変換などを定めるものです。これは今年4月発表のラストコール付きドラフト後の更新となり、次の勧告候補への前段階です。次に、XPath 2.0とXQueryに関連した文書が5本発表になりました。XPathは1.0が1999年という早い段階で勧告になりましたが、現在2.0を開発中です。いうまでもなくXPathはXML文書内でのパス指定、XQueryは検索を行うものですが、ほかにもリンクを指定するXLink、アドレッシングを行うXPointerも絡んできます。両者は関係が深い仕様なので相互に調整しながら開発が進められています。最後に、デバイス非依存の用語集が初登場になりました。デバイス非依存は、高機能な携帯電話が普及している日本の活躍が期待できる分野ともいえるでしょう。
- Character Model for the World Wide Web 1.0(8月22日発表)
- XML Path Language (XPath) 2.0(8月22日発表)
- XPath Requirements Version 2.0(8月22日発表)
- XQuery 1.0: An XML Query Language(8月22日発表)
- XQuery 1.0 and XPath 2.0 Formal Semantics(8月22日発表)
- XML Query Use Cases(8月22日発表)
- New Glossary of Terms for Device Independence(8月25日発表)
■OASIS日本代表にイー・ブリッジの岡部氏
日本におけるXML技術の啓もう運動で活躍している、イー・ブリッジの岡部惠造氏がOASISの日本代表になりました。日本の技術系企業とOASISの間とを取り持ち、日本での日本語による標準化活動も立ち上げます。
さて最近のOASISの動きですが、8月上旬には新しい技術委員会の編成が2つありました。SOAPの単純な拡張によって非同期なWebサービスを実現するための非同期サービス・アクセス・プロトコル(ASAP)技術委員会と、技術資産と製品のライフサイクルを通じてサポートする構造化データ交換と共有機能のための製品ライフサイクル・サポート(PLCS)技術委員会です。ここで使われるデータ形式はDEXs(Data Exchange Sets)で、ISO 10303 (STEP)アプリケーション・プロトコル 239を基盤としています。
最近は人間の身体的または行動的特徴から認証を行う生体認証(バイオメトリクス)をよく耳にします。例えば富士通の携帯電話(ムーバF505i)に実装された指紋センサー、日立では静脈を使った指静脈入退管理システムが開発されています。その生体認証ですが、OASISで関連仕様がまた1つ承認に向かうようです。OASISのXML共通バイオメトリック・フォーマット技術委員会ではXML共通バイオメトリック・フォーマット(XCBF)仕様 第1.1版をOASIS標準へ向けて提出しました。
また、イベントの開催もあります。10月1日から“OASIS Open Standards 2003”がオーストラリアのシドニーで開催されます。OASIS標準技術から管理的な側面までを解説します。
■W3CからWebサービスの進ちょく報告
8月はWebサービスが熱い月でした。月末に渋谷で開催されたWebサービス・カンファレンスはどのセッションも満員状態でした。特別講演としてW3CのWebサービスアクティビティリードであるHugo Haas氏は、Webサービス技術の3要素である(1)コレオグラフィ言語、(2)WSDL、(3)SOAPを中心にそれぞれの概略から最新情報を簡潔に説明しました。
SOAPは@IT読者ならご存じのとおり、1.2がW3C勧告になっています(参考:SOAP 1.1から1.2への9の変更点)。WSDLは1.2が開発中で、今年10月にはラストコール付きドラフトが発表になる見込みです。また、コレオグラフィ言語は今年初頭にワーキンググループが結成されたばかりで最も新しく、かつ複雑で難しい分野です。多くの案が議題に上っていますが、依然として調整中の段階です。一部はOASISのWS-BPEL技術委員会と協調している案件もあるとのことです。
これから年末にかけてWebサービスアクティビティの目標と予定としては、WSDL 1.2を完成させ、コレオグラフィ言語は開発を継続することになります。加えて、SOAPメッセージのアタッチメントといった拡張機能やメッセージレベルのセキュリティを構築し、Webサービスで何が可能になるかという点を明確にしていくことになります。
■Webサービス相互運用性ガイドライン、UDDI V3 ベータ版公開
Webサービスの相互運用性を推進する団体であるWS-I(Web Services Interoperability Organization)は8月12日、相互運用性ガイドラインとなるBasic Profile 1.0を一般公開しました。このガイドラインでは、SOAP 1.1、WSDL 1.1、UDDI 2.0、XML 1.0、XML SchemaといったWebサービスの中心になる仕様群を用いて相互運用可能なWebサービスを開発するにはどのように実装するべきなのか指針を示しています。
同時に、WS-Iの日本SIG(Special Interest Group)ではこのBasic Profile 1.0の日本語化作業を進めています。WS-Iで承認され次第、WS-Iのサイトで公表になる見込みです。
Webサービスに関連して、UDDIでも動きがありました。Webサービスの検索と照会システムとなるUDDIは、8月21日にUDDIバージョン3のベータ版を公開しました。
■特許問題判決を受けてW3Cが理事会を開催
8月11日、米国イリノイ州シカゴで1つの判決が下されました。これはEolasがMicrosoftを相手取り争った裁判で、Eolasが勝訴しました。12人の連邦陪審員はMicrosoftがEolas(およびカリフォルニア大学)が持つ特許(米国特許番号5,838,906)を侵害していると判断したのです。この判決の後に、MacromediaがW3Cも含めて関係する企業や団体を招集してミーティングを開催しました。W3Cはさらに理事会を開催し、調査および対策を検討し始めています。
裁判で争点となった特許は、ハイパーメディア文書に埋め込まれたオブジェクトのメカニズムについてで、文書の外部にオブジェクトのデータの一部が存在し、コントロールパスを介してローカルあるいはネットワークからデータを操作する技術に関係するようです。今回の判決を受けて、近いうちにMicrosoftがIEに変更を加えることが予想されます。その変更点は多くのWebページに影響を与えるのは必至と見られています。そのためにW3Cとしても対応と調整を図る必要があると判断し、特別理事会の開催に至りました。8月末時点でのW3Cからのアナウンスによると、W3Cでは問題となる特許そのものの調査も情報収集も進行中であり、今後この問題について継続して取り組むとのことでした。問題の影響範囲や今後の関係各社の動きが気になるところです。
ではまた来月、お会いしましょう。
■バックナンバー
2001年
・ 7月版 「XMLBase、XML Linkが勧告に」
・ 8月版 「リファレンスブラウザAmaya 5.1が登場したけれど」
・ 9月版 「MITが停電! そしてマルチメディア言語SMIL」
・ 10月版 「XMLの改定仕様はブルーベリー」
・ 11月版 「W3C Dayが待ち遠しい」
・ 12月版 「慶應大学で次世代Webに触れる」
2002年
・ 1月版 「XML 1.1、XSLT 2.0のドラフトついに登場!」
・ 2月版 「Webサービスアクティビティが発足」
・ 3月版 「XMLが4歳の誕生日を迎えました」
・ 4月版 「XMLを作った人たちが殿堂入りの栄誉!」
・ 5月版 「P3Pが勧告、そして怒とうの文書公開」
・ 6月版 「XML文書の正規化新仕様と、W3Cインタロップツアー」
・ 7月版 「SOAP 1.2のドラフトが発表」
・ 8月版 「4つのXPointerのドラフト、WSDL 1.2も登場」
・ 9月版 「ロゼッタネットとUCCが合併、XMLマスターに上級資格」
・ 10月版 「具体的な技術論へ移るセマンティックWeb」
・ 11月版 「XML 1.1が勧告候補、特許問題はついに決着か」
・ 12月版 「DOM2関連がもうすぐ完結、Webアーキテクチャも登場」
2003年
・ 1月版 「この1年でW3C勧告になったのは7つの仕様」
・ 2月版 「Webサービスの『振り付けグループ』が発足」
・ 3月版 「旅行業界がXML化へ、MSからは『InfoPath』が登場」
・ 4月版 「混迷の続くXPointerはついに落着?」
・ 5月版 「Webサービスの実験成功。WS-Iからは互換性ツール」
・ 6月版 「あいまいな部分を排除したSOAP 1.2、PNGはISO標準へ」
・ 7月版 「MITのW3Cオフィスはもうすぐ引っ越し、国連がebXMLを承認」
・ 8月版 「Webサービスが日本のAmazonからも利用可能に」
・ 9月版 「IEの特許侵害判決でW3Cが緊急会合」
・ 10月版 「IEの特許侵害判決がWebに与える影響は?」
・ 11月版 「IE特許問題で、W3Cが米国特許庁へ再審査を請求」
・ 12月版 「OfficeのXMLスキーマ公開、XML 1.1は勧告間近」
2004年
・ 1月版 「セマンティックWebに向けた動きが活発に」
・ 2月版 「日本人による標準技術発信が進むOASIS」
・ 3月版 「ついにXML 1.1が勧告へ、影響を受けるのは?」
・ 4月版 「XML Schema、3年ぶりの改訂が迫る」
・ 5月版 「Webサービス・セキュリティ v1.0、待望のOASIS標準に」
・ 6月版 「TravelXMLのWebサービス実証実験デモが成功」
・ 8月版 「SOAPメッセージ最適化をめぐる仕様が活発化」
・ 10月版 「W3Cの設立10周年を祝う記念祝賀イベント開催」
・ 12月版 「年の瀬に、WebとW3Cの功績に思いを馳せる」
2005年
・ 2月版 「XMLマスター資格試験が6月にリニューアル」
・ 4月版 「WS-Security 2004の日本語訳をXMLコンソーシアムが公開」
・ 6月版 「“愛・地球博”でビュンビュンWebサービス」
・ 8月版 「XMLキー管理仕様(XKMS 2.0)が勧告に昇格」
・ 10月版 「QAフレームワーク:仕様ガイドラインが勧告に昇格」
- QAフレームワーク:仕様ガイドラインが勧告に昇格 (2005/10/21)
データベースの急速なXML対応に後押しされてか、9月に入って「XQuery」や「XPath」に関係したドラフトが一気に11本も更新された - XML勧告を記述するXMLspecとは何か (2005/10/12)
「XML 1.0勧告」はXMLspec DTDで記述され、XSLTによって生成されている。これはXMLが本当に役立っている具体的な証である - 文字符号化方式にまつわるジレンマ (2005/9/13)
文字符号化方式(UTF-8、シフトJISなど)を自動検出するには、ニワトリと卵の関係にあるジレンマを解消する仕組みが必要となる - XMLキー管理仕様(XKMS 2.0)が勧告に昇格 (2005/8/16)
セキュリティ関連のXML仕様に進展あり。また、日本発の新しいXMLソフトウェアアーキテクチャ「xfy technology」の詳細も紹介する
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