平成の大不況の下、IT業界の転職市場は冷え込んでいる。だが、すべての企業が採用をやめたわけではなく、いつまでも採用が止まり続けるわけでもない。転職市場の動向を追い、来るべきときに備えよう。
昨年から続く景気の低迷は下げ止まりの様相を呈しながらも、いまだ回復には至っていない。しかし、7月に入ると、企業の採用活動がにわかに活気を帯びてきた。これまで採用活動を凍結していた企業の活動再開が見られ、大手SIer(システムインテグレータ)だけでなく、中小規模のSIerでも新規求人のニーズが発生した。とはいえ、依然として選考ハードルは高く、転職活動の長期化に苦しむ求職者が後を絶たない。
これまでに核となるスキルを磨き、順調にキャリアを積んできた人にとって、現在の転職市場は悲観するほど厳しいものではない。業界・業種による採用意欲の違いはあるものの、いかに自身のキャリア形成を考え、スキルを身に付けてきたかが問われる時期に入ったといえる。
「景気は底を打った」と政府はいうものの、6月の有効求人倍率は0.43倍、正社員の有効求人倍率は0.24倍と低迷が続いている。しかし、IT・インターネット関連企業・職種における求人案件数は緩やかな増加傾向にある。不況下でも堅調な採用を維持してきた企業がさらなる人材獲得に積極的なだけでなく、これまで採用を凍結していた企業による採用再開の動きが活性化している。
職種別では「エンジニア上流層(プロジェクトマネージャ、スペシャリストなど)」「ゲーム関連職」「自社開発Web系エンジニア」が三本柱だ。年齢別に見ると、20代後半から30代前半の人材を求める企業が多い。
また、7月は以前にも増してPerl、PHPエンジニアの需要が高まった。その背景として、「外注から内製への転換」があるようだ。インフラや開発に掛かるコストが大幅に削減されたことにより、これまで外注していた部分を内製化しようとする動きが多くの企業で見られた。こうした内製化の動きが今後も継続すれば、受託を中心とする企業にとっては大きな痛手であり、「いかに大きな(官公庁や巨大企業の)案件を獲得できるか」が重要度を増してくるだろう。
業種・業態による採用意欲の違いも先月に引き続き顕著に表れている。採用意欲が高く、求人件数が多いのは「金融系エンジニア」「ゲーム業界」「Web・モバイルの自社サイト開発・運営企業」だ。以下に、それぞれの特徴を簡単にまとめる。
大手SIerをはじめ、中小規模のSIerからも金融系システムエンジニアの新規求人案件が続出した。その一方で、金融系システム開発に従事している求職者は、すでに新しいプロジェクトが稼働、または決まっている状態であり、転職活動の鈍化が見られる。過去に金融系システムの開発経験や業務知識を持つ技術者が、再び金融系システムエンジニアとして活躍の場を探すには良い時期だろう。
不況に強いといわれるゲーム業界は相変わらず求人が活発だ。エンジニアとディレクターの求人が多く、特に3D系プログラマの求人が増加している。ゲームプログラマでは主にC、C++のスキルが求められるが、「3D空間の座標計算」といったスキルも重要な要素である。コーディング能力だけでなく、業界経験の豊富な人材が求められている。次世代機の登場により、3D系ゲームプログラミングのスキルは引く手あまたといえる。
Webサイトやモバイルコンテンツを自社で開発・運営する企業の中には、引き続き業績好調な企業が多く見られ、積極的な採用活動を続けている。特にベンチャー系上場企業においてこの傾向が強い。これらの企業が求めるエンジニアのスキルとして、これまでは「Javaによる開発経験」が中心であったが、7月からは「LAMP(PはPHP、Perlのどちらでも可)環境による開発経験」が目立つようになった。Web系エンジニアは「若年層であれば経験1年程度でも選考の対象」とする企業が増えてきており、その人材ニーズの高さがうかがえる。
Web・モバイル系開発エンジニアの需要が増す一方で、オープン系システムを開発してきたエンジニアの就業先が減少している。中でもVB、VBAといったMS系言語スキルを求める企業は非常に少ない。「リーダー経験必須」という前月までの傾向は継続しており、マネジメントや顧客折衝を伴うエンジニアの求人数と比較すると、実装を中心とする下流工程のエンジニアに対するニーズはいまだ回復に至っていない。
また、スキル・経験ともに十分でありながら、面接を苦手とするエンジニアが転職に苦戦している。そのほか、優秀であっても「転職回数が多く、キャリア形成を考えてこなかった人」や「転職活動に対する考えが甘い人」は、書類選考さえ通過しないような情勢だ。売り手市場が続いていた昨年に語学留学などで日本を離れ、帰国後の市場変化に戸惑う人も多い。
ただし、今年3月ごろから急増した「会社都合の退職を理由とする求職者」は減少傾向にあり、前月までと比べて「いますぐにも次の仕事を見つけたい」といった切羽詰まった様子はあまり見られなくなった。
有効求人倍率の下落によって、中途採用マーケットが一層の買い手市場となっていることは周知の事実だが、前述のとおりIT業界ではエンジニアの採用を再開する動きが活発化している。今後のエンジニア需要の回復が期待される中、採用競合が少ない現在の市場を「優秀なエンジニアを獲得するチャンス」ととらえる企業が増えた結果、これまで採用を控えてきた中小SIer・NIer(ネットワークインテグレータ)からも、求人広告媒体への積極的な出稿が見られるようになった。
しかし、求人広告は以前にも増して低価格化が進んでおり、求人媒体各社の厳しい状況に変わりはない。「良い品をより安く」「アレもコレもつけて」「最初に最安値を提示した会社に誠意を感じる」という、家電量販店なみの価格競争が依然として続いている。
こうした背景を受け、求人媒体各社が生き残りをかけたさまざまなプランを打ち出す中で、安価な求人プラン、ローリスク・ローリターンの採用活動を展開する企業が目立ち始めている。「いますぐに必ず人材を採用したい」というニーズありきの採用活動ではなく、「良い人材が見つかれば採用したい」という方針の下、不採用のリスク(出費)を極力抑える代わりにリターン(採用)を求めない企業が増えているのだ。
また、前月まで減少傾向が続いていたレクタングル広告などの露出系オプションが人気を取り戻しつつある。特徴的なのは、オプションの使用によって「PV数を増加させて母集団形成につなげる」ことだけを目的とするのではなく、媒体上での露出を増やすことで自社採用説明会への動員を図るなど、「独自の採用活動実施につなげたい」とする企業が多いことだ。これまでのような画一的な媒体利用から脱却した、採用各社による独自の媒体活用方法は、今後さらに多様化しそうだ。
景気の影響を受けやすい人材紹介会社では、一部の企業を除いて一様に売上高が前年の50%にも満たない状態が続いている。採用ニーズの高い業界として、医療業界、飲食業界が挙げられるが、どちらの業界も人材紹介手数料の相場が低く、これらの業界に強みを持つ紹介会社でも、収益に結び付けるのは簡単ではないようだ。このため、広告費の削減や人員縮小に踏み切る紹介会社が多く、人材紹介事業から撤退する企業も少なくない。
しかし、ハイレイヤ層、エグゼクティブ人材の紹介を中心に扱う人材紹介会社の中には、好調を維持し、人材ターゲットの設定や紹介手法を改変することで業績を伸ばしている企業もある。
こうした状況を俯瞰(ふかん)的にとらえると、人材紹介会社の市場は適正な規模へと淘汰(とうた)、サイズシュリンクが進んでいるといえるだろう。
採用各社からは「低コストかつローリスクでの採用を実現したい」という声が高まっている。求人媒体と人材紹介サービスの連携や、アウトソーシング、低コストな人材紹介サービスの開発など、新しい人材サービスの在り方が求められている。
7月時点での2010年度新卒者内々定保有率は76.0%(毎日コミュニケーションズ調べ)。ワークポートが企業の人事担当者から得た情報によると、学校によっては50%を下回るところもあり、学生たちの多くが危機感を募らせている。こうした市況は2011年度新卒層にも強い危機感を与えているようだ。新卒学生向け大手就職情報サイトの登録者数を見ると、前年同月と比べて平均120%と、学生の早い動き出しが目立つ。とりわけ、理系学生の積極的な活動が特徴的だ。理系学生は教授推薦で就職先を得る人が多く、文系学生よりも順調な就職活動が可能だといわれている。だが、売り手市場から一転しての買い手市場に、大学・教授に頼らない転職活動に乗り出す学生が多いようだ。
一方の企業側は、新卒向け採用媒体への出稿と併せて、学内セミナーへの参加や、ターゲットを絞ったアプローチができるサイトを利用するなど、複数の新卒商材を併用する傾向が強まっている。
買い手市場となった現在では、コスト削減や母集団形成が容易になった一方で、いかに「エントリ人材の質」を確保するかが課題となっている。そのための施策として、採用ターゲットの明確化や、ターゲットごとに異なる採用手法を取り入れる企業が多く見られた。なお、景気に対する不安からか、2011年度の採用予算や採用の方向性が定まっていない企業が多い。
就職に対する危機感から、学生の就職活動は早期化・活発化しているものの、企業研究意欲や就労意識の低い学生が多く、企業の求める人物像との不一致が見られる。「ゆとり世代」の採用は難航しそうだ。
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