平成の大不況の下、IT業界の転職市場は冷え込んでいる。だが、すべての企業が採用をやめたわけではなく、いつまでも採用が止まり続けるわけでもない。転職市場の動向を追い、来るべきときに備えよう。
求人市場における復調の兆しは、本連載でお伝えしてきたとおりである。10月は、その傾向が明確に数値として現れ始めた。
ワークポートの人材紹介サービスでは、10月末の取り扱い求人数が月初の数値を超えた。月末の求人数が月初を超えたのは、2008年9月以来、1年1カ月ぶりとなる。
求人数の増加だけではない。各企業の採用意欲は以前よりも高まっているようだ。これまでは人材の募集を行っていても、実は「良い人がいれば採用したい」という消極的な採用活動で、書類選考が著しく厳しい——という企業が少なくなかった。しかし、10月に入って必須要件を引き下げる企業が見られるようになり、書類選考の通過率が上昇した。
こうした数値的な変化が一時的な回復によるものなのか、それとも継続した上昇が期待できるのかは、11月の数値での検証が必要だろう。
「Web/モバイル業界」は依然として高い採用ニーズを維持している。
ただし、モバイル業界はこれまでの勢いが陰りを見せ始め、やや失速した感がある。技術の目覚しい発達と比べ、サービス自体の新たな展開が乏しいことが要因と思われる。
一方、Web業界の採用ニーズは引き続き上向き傾向にある。自社サービスで業績好調な企業からの継続的な求人に加え、採用を見合わせていた企業からも、募集を再開する動きが目立った。新サービスの立ち上げや新事業を任せられる人材の確保が目的のようだ。職種では、Web系エンジニアを筆頭に、Web/モバイルディレクター、プロデューサーのほか、営業職でも新たな募集を始める企業が多かった。
また、10月のキーワードとして「ソーシャルアプリ開発」が挙げられる。SNSの新たなサービスとして注目されるソーシャルアプリ分野で採用ニーズが急増している。今後の転職市場に新しい展開をもたらすか、注目したい。
ゲーム業界では、パブリッシャー、デベロッパーともに求人数が増加傾向にある。ゲームディレクター、プロデューサー、プランナー、プログラマなどの募集が目立ち、若年層よりも20代後半から30代半ばの中堅層が求められている。
しかし、ゲーム業界においても各社の業績に大きな格差が表れている。業績好調な企業が人員の拡大を図る一方で、業績の振るわない企業からは多くの転職希望者が流出している。こうした傾向は受託開発を行うデベロッパー企業に多いが、有名タイトルを創出する大手パブリッシャーからも人員整理による人材の流出があったため、ゲーム業界における転職市場では選考水準の上昇が見られた。
一方、Web/モバイル環境でゲームを提供する企業からの採用ニーズは増しており、積極的に募集を掛ける企業が多い。
回復の遅れが懸念されるSI/NI(システムインテグレータ/ネットワークインテグレータ)業界でも、求人数が増加した。積極的な採用は控えているものの、「優秀な人材を早めに確保したい」と考える企業の採用姿勢が顕著に表れた格好だ。
SI業界は、求人枠の増加と採用意欲の上昇を実感できるまでに回復している。しかし、求めるスキルのピンポイント化をはじめ、厳しい条件での募集が続いている。採用に至るケースが最も多いのは業務系システムエンジニアである。特定分野に特化した業務知識を有している人材のニーズが高い。
NI業界ではクラウドコンピューティングへの期待感から、国内データセンター業務での新たな事業企画やサービス企画、ファシリティの選定・運用など、幅広い層での求人ニーズが発生した。しかし、設計・構築などの経験業務だけでなく、使用していた製品まで細かく指定する求人が増えている。
こうしたSI/NI業界の動きは、「すでに受注済みの案件や、受注を目指す案件にアテンドできる人材をピンポイントで採用したい」という各企業の考えが採用活動に表れた結果といえる。昨年以前のように、数カ月先を見据えた採用には消極的であり、「アテンドできる案件の有無」が採用の決め手になっているようだ。実際に、最終選考の段になって「案件の受注待ち」が発生するケースも増え始めている。
なお、システムコンサルティング業界においては、求人件数に大きな増減が見られなかった。各産業別の業務再構築や、これまでSIerに外注していた案件に、自社内の人材リソースをアテンドする動きが活発化しているようだ。
10月は多くの企業が半期決算を終えたタイミングであり、上半期の業績結果や下半期の業績予測に応じて採用活動を再開する企業が多く、営業職やバックオフィス系職種においても新たな求人が発生した。
営業職では、特にSI系企業からの新規求人が目立った。最も多いのは「リーダー職」の採用であり、担当する業界での経験、知識、マネジメント経験が必須とされている。このため、営業として豊富な経験があっても、IT業界外からの転職や、異分野からの転職は難しい状況といえるだろう。
バックオフィス系職種で活気を帯びているのが経理職である。経理職に限れば、10月中に発生した新規求人案件数が今年(2009年)最多となった。これは採用ニーズの高いWeb/モバイル系企業やゲーム関連企業に偏った現象ではなく、SI/NI企業からも「若手からミドルクラスまで」の幅広い層で求人が発生した。ただし、求められる要件は厳しく、「連結決算」「開示報告書」「上場企業での実務経験」などを必須要件に挙げる企業が増えている。また、経理職をはじめとするバックオフィス系職種での転職では、「前職の業績悪化のため」といったネガティブな転職理由が多く、選考の障害となるケースが散見される。
7月から9月にかけて求人広告出稿単価は下落の一途をたどったが、10月の出稿単価は対前月比で約150%と価格が反発した。これまでのような「価格を抑えて様子を見たい」という消極的な採用から、「ある程度の費用を掛けてでも確実に採用したい」という傾向に移行しつつあるようだ。
凍結していた採用を再開する企業も多い。採用担当者からは「採用マーケットはいまが底。過当競争になる前に人員を確保したい」という意見が聞かれるようになり、業績の回復には至っていないまでも、来期(2010年4月以降)を見据えた採用活動が活性化している。特にITアウトソーサーでは、長期にわたって求人広告を継続掲載する傾向が強まっている。
ただし、「できるだけコストを抑えたい」という意向は根強い。これまでの採用方法を見直し、新たな求人媒体の選定に取り組む企業が増えている。こうした企業では、価格帯の安い媒体を同時に複数利用しているのが特徴である。慎重に費用対効果を計っているようだ。
各業界で採用ニーズが回復に向かう一方、再就職支援サービスが活況を帯びている。大規模な人員整理が行われたメーカーや工場、日本撤退を決定した外資系企業などがその要因となっている。
景気低迷の影響を強く受けていたエンジニア特定派遣事業者は、SI/NIと同様に底を脱したようだ。しかし、鳩山内閣の発足によって人材関連法規(派遣法)の見直しがうわさされる中、有料職業紹介事業の免許取得を急ぐ動きが活発になっている。
また、多くの企業が人材紹介サービスから撤退する一方で、異業種から新たに人材サービス事業へ参入する企業が増えている。特定の業界・業種において培ってきた取引実績を生かし、人材サービスを新たなビジネス基盤としたい考えのようだ。
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