平成の大不況の下、IT業界の転職市場は冷え込んでいる。だが、すべての企業が採用をやめたわけではなく、いつまでも採用が止まり続けるわけでもない。転職市場の動向を追い、来るべきときに備えよう。
IT業界の転職市場は、業種・業態による違いはあるものの、確実に回復に向かっている。
昨年の同時期とは比較するまでもないが、LAMPエンジニア、Webエンジニア、Webディレクター/プロデューサーなどを中心に求人案件が増加している。
しかし、採用企業のニーズはピンポイント化し、求職者にとって厳しい状況が続いていることに変わりはない。優秀なエンジニアが多く流入している現在の転職市場では、スキル・経験の豊富な人材であっても、思わぬところで足をすくわれる状況が相次いでいる。
また、8月の特徴として、政権交代を見据え、業務形態や雇用計画を見直す企業が現れた。新たな求人ニーズの発生とともに、人材系企業の新たな動向にも注目したい。
ワークポートの人材紹介サービスおよびIT転職ナビ(求人媒体)の求人数を見ると、7月末から8月末にかけて求人総数が約15%増加した。7月からニーズが高まっているLAMPエンジニア、Webエンジニア、Webディレクター(プロデューサー)職の求人数増加が、全体数を押し上げた格好だ。
このほか、医療・製薬系エンジニアの求人が急増している。医療・製薬系エンジニアは以前からニーズの高い分野ではあるが、8月はその傾向が顕著に現れた。しかし、医療・製薬分野の業務知識や実務経験が求められるため、応募・内定に至る求職者は非常に少なく、人材不足が続いている。
一方、求人ニーズの回復が遅れているのはSI業界である。8月以降、大手SIer(システムインテグレータ)からの求人は増えつつあるが、昨年と比較すると、いまだ低迷が続いている状態だ。中小規模のSIerでは、景気回復への期待を膨らませながらも「プロジェクトが下りてくるのは半年後」との見方が強く、新たな採用には慎重な姿勢を見せている。大手から2次請け、3次請けへと仕事が下りてくる業界の構図から考えると、特に中小SI業界からの求人回復にはまだ時間がかかりそうだ。
金融系システムエンジニアとWeb(ユーザー向け自社サービス)エンジニアの求人件数は依然、堅調に推移している。ただし、8月に入って両者の選考スタイルの違いが浮き彫りになってきた。金融系システムエンジニアではPL(プロジェクトリーダー)・PM(プロジェクトマネージャ)職のニーズが高く、求人数も多いが、書類選考の段階で大きくふるいに掛ける選考スタイルが主流となった。一方、Webエンジニアにおいては、一定以上のスキルを持つ人材であれば「直接会って話をしてみる」というスタンスで選考を進める企業が目立った。
表1のように、業種・業態によって採用意欲に温度差があるものの、総じて特徴的といえるのが、以前にも増して求める人物像のピンポイント化が進んでいるという点だ。出身(前職)企業や年齢の制限をはじめ、「元Web系システムの上流担当SE」「外部ベンダと一緒に大規模サイトの開発をした経験」といった具体的な経験を指定する企業が増加している。また、開発経験や開発言語などのスキルに加えて「専門性の高い業務知識」「大型プロジェクトの経験」「折衝能力」を併せ持つ、オールマイティーな能力を求める傾向も強まった。
8月は大手SIerからの離職者が目立った。前回お伝えしたとおり、各社のシステム内製化によって案件が激減しているものと見られ、人員整理に踏み切る企業が少なくなかったようだ。このため、大手SIerで長年経験を積んできたベテラン層が転職市場に流出している。彼らは非常に優秀ながらも、若手から中堅層を求める企業が大半を占める転職市場では苦戦を強いられていたようだ。
また、求職者の多いオープン系・Web系エンジニアを中心に、1つの求人案件に応募が殺到する「高倍率」状態が続いている。オープン系エンジニアを例に挙げると、ひと月に100人以上の応募がありながら、面接に進むのは1〜2人というケースが珍しくない。
内定獲得までの難度が上昇する中で選考を突破している求職者は、
など、徹底した対策を行っているという共通点がある。優秀な人材の中からさらに厳選しているため、豊富なスキル・経験があったとしても、甘い考えで臨むと痛い目に遭いそうだ。
技術職以外では、営業職や経理・財務職の転職希望者が増加傾向にあった。こうした人材の流出により、同職種を求める企業も7月中旬から8月にかけて増加した。
去る8月30日に第45回衆議院議員総選挙が行われた。政権交代を見据え、採用方針の転換を図る企業が現れたことは、8月の大きな特徴といえるだろう。
民主・社民・国民新党が提案する「労働者派遣法改正案」が可決された場合、派遣型就労が難しくなることから、技術系の一般派遣会社には特定派遣や請負契約への移行を急ぐ動きが目立った。
他職種にも目を向けると、これまでは派遣、アルバイトでの雇用が大半を占めていた工場作業員や運転手などの職種において、正社員採用を始める企業が増えている。これらの職種では、1人当たりの成約手数料が20万〜30万円と、一般的な人材紹介手数料と比較して低価格ではあるものの、一度に10人以上の大量募集を行うケースが多い。今後の戦略として参入を図る人材企業が増えそうだ。
各企業の求人媒体への広告出稿状況を見てみると、お盆明け以降に新規募集を再開する企業が多かった。
前回、「レクタングル広告などの露出系オプションが人気を取り戻しつつある」とお伝えしたが、8月はさらに「露出を高めることで応募につなげたい」とする企業が増えた。求人媒体上での掲載順位が落ちた求人広告を再度上位表示させる「上位表示オプション」の需要が伸び、レクタングル広告も引き続き好調であった。
また、中途採用を再開する企業の中には、「昨年以前と比較し、現在の(買い手)市場における反響を試したい」といった、採用マーケットの調査媒体として求人広告を活用する企業も現れた。
各社の採用活動再開によって、求人媒体はにわかに活気づいている。しかし、求人広告出稿の最終決裁に至るまで、従来以上の時間がかかるケースが増加している。その主な理由は以下のとおりだ。
また、掲載料の掛かる求人広告の出稿には消極的ながらも、露出を増やすことで求職者を自社Webサイトへ誘導し、応募につなげようとする動きがある。「コストを掛けてまで採用したくない」「採用リスクは負いたくない」という一方で、「良い人材がいれば採用したい」という潜在的な採用ニーズが見て取れる。
リーマンショック以降、「大規模な紹介会社ほど打撃を受けやすく、個人〜数名程度の小規模な紹介会社は影響が小さい」という傾向があった。しかし、有効求人倍率や失業率の悪化に比例して、小規模な人材会社を中心に、紹介事業から撤退する企業が続出している。
大きな要因は「取り扱い求人数の減少」にある。7月ごろから求人総数は増加の傾向にあるものの、求人再開に伴って人材紹介会社を精査し、厳選する企業が増えている。「過去の実績」「営業担当とのリレーション」「採用決定時の成果報酬額(料率)」などを基準とする場合が多く、実績数では大手人材会社に及ばない中小人材紹介会社が窮地に追い込まれている状況だ。こうした背景を受け、人材紹介会社を対象とした求人開拓(営業)の代行サービスが広がりを見せている。
また、これまで得意としてきた業界(自動車・半導体・電機メーカー・金融など)の求人が激減したため、人手不足といわれる介護・看護業界への転換を試みる紹介会社が見られるようになった。
2011年度新卒向けの大手媒体が10月にグランドオープンとなる。8月は、このグランドオープンに掲載を間に合わせようという企業の動きが活性化した。
新卒採用向け商材では、媒体掲載と複数のサービスとを複合的に使用したプランに人気が集まった。媒体価格の下落によって削減できた予算を、アウトソーシングやセミナー参加に割り振った格好だ。複数社でのコンペティションを経て受注(発注)に至ることが一般的な新卒市場だが、発注の決め手として採用企業が重視するポイントは「担当営業との相性」「価格」「企画内容」の順であった。また、景気の不透明感から、媒体への掲載開始を見合わせる企業が多く、2011年度新卒向け媒体への需要は長期化する見通しだ。
8月は学生側でも求人媒体への登録、セミナーへの参加申し込みなど、積極的な取り組みが見られた。就職に対する危機感からか、例年の学生よりも企業研究に熱心な学生が多い印象を受ける。
なお、現在も2010年度新卒採用を継続している企業では、学生からのエントリー数は確保しながらも、ターゲットとする学生との出会いに難航しているケースが見受けられる。こうした現状の打開策として、新卒紹介サービスを利用する企業が増加している。また、自社の新卒向け採用ページを強化したり、セミナーに出向いて学生を直接スカウトするなど、新たな動きが見られるようになった。
2010年度は就職寒冷期とも呼ばれ、学生にとっては厳しい状況が続いているが、あきらめずに積極的な活動を続けてほしい。
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