最後に再び壇上に登ったスティーブ・ジョブズ氏が発表したのは、Mac OS X、iOSなど異なるOSを搭載する複数のデバイスでコンテンツの共有を行う「iCloud」でした。
「10年前にPCがデジタルハブになるという考えを提案したが、ここ数年でデバイスの状況が変わった」として、異なるOSを搭載した複数のデバイス(Mac/iPhone/iPad)をユーザーが同時に使うようになり、1台のPCを中心としたコンテンツ管理の仕組みから、全てのデバイスが同じコンテンツを共有するモデルへ転換が必要だと訴えました。
ジョブズ氏は、“iCloud stores your content, and wirelessly pushes it to all your devices(iCloudはあなたのコンテンツを保存し、ワイヤレスにあなたの全てのデバイスに送信する)”。“iCloud is integrated with your apps, so everything happens automatically(iCloudは、アプリケーションと統合されていて、保存と送信は全自動で行われる)”とiCloudを説明しました。
現在MobileMeで提供されているウェブベースのアプリケーションは廃止され、全てデバイス上のアプリケーションに吸収されるようになります。
例えばiPhone/iPad/Mac Bookを所有するユーザーの場合、アドレス帳の中身やカレンダーに登録されたイベントは、iCloudを通じて全自動で全ての端末に転送されます。
App Storeで購入したアプリケーション、iBook Storeで購入した電子書籍は自動的に全てのデバイスで共有されます。
デバイスのデータバックアップが、iCloudを通じて毎日自動的に行われるようになります。対応するデータは下記の通りです。
デベロッパに向けて「iCloud Storage API」が提供され、Pagesなどのアプリケーションが作成したデータを、iCloudを通じて全てのデバイスで共有できます。
ジョブズ氏は、Documents in the Cloudを「Completes iOS document storage story」として、従来のファイルシステムをベースとしたドキュメント管理から、アプリケーションを中心としたiOSのようなシステムへの移行であると説明しました。
iCloud Storage APIは、Mac OS XとiOSだけでなく、PC(著者注: Windowsと思われます)にも対応します。
Photo Streamは、例えばiPhoneで撮影した写真を、iPadやMacBookなどの異なるデバイスに配信する機能です。デバイスによっては、ローカルなストレージに保管できる容量を超えてしまうかもしれません。このため、Photo StreamはiOSデバイスでは最新1000件、Mac OS Xデバイスでは全てのデータを保存します。iCloud上のPhoto Streamは、30日分が保管されます。
iTunes Storeで一度購入した音楽は購入履歴から参照でき、異なるデバイスの全てで追加の課金なしにダウンロードが可能です。また、将来はユーザー操作を行うことなく全自動で音楽データをダウンロードできるようになります。
iCloudは、この秋のiOS 5のリリースと同時に利用可能になる他、アプリケーションのダウンロードなど一部機能は、すでに提供が始まっています。また、デベロッパ向けのベータ版の提供も開始されました。
容量はフリーでは5Gbytesまでですが、iTunes Storeで購入した音楽、アプリケーション、書籍、Photo Streamのデータは制限の対象に含まれません。
iCloudの発表の後ジョブズ氏が「There is one more thing」と告げると、会場からは待っていましたとばかりの大きな歓声と拍手が起こります。デベロッパに「いや、ちょっとした発表だよ」と告げて発表したのは、iCloudにユーザーが自分自身でCDなどから取り込んだ音源をアップロードする「iTunes Music Match」でした。
iCloudの扱う音楽データは、iTunes Storeから購入したものに限られ、ユーザーがCDなどから取り込んだデータには対応していません。しかし、iTunes Music Matchを使うと、デバイス上のライブラリデータをスキャンし、iTunes Store上にマッチする楽曲がある場合その楽曲をiCloudのライブラリに追加できます。
この機能は、ユーザーが持っている実データを直接アップロードするものではないため、iCloudへデータを移すのに時間が一切かかりません。また、オリジナルデータの音質が高くない場合も、一律256kbpsのAACになるため音質の向上も期待できます。この機能は、年間24.99ドルで利用できます(当初日本はサービス対象外です)。
ジョブズ氏が「ちょっとした発表」と呼んだiTunes Music Matchですが、内容はかなり先進的と言えるでしょう。PC上のデータが必ずしも自分のものではない(例えばレンタルCDからリッピングしたもの、あるいは違法サイトからダウンロードしたものなど)としても、年間24.99ドルでそれを正規に所有している状態にできるとも言えるため、「よく音楽業界の了解を取り付けたなあ」というのが筆者の印象です。
WWDCは、Apple Developer Connectionに登録したデベロッパのみが参加でき、また10万円ほどするチケットを購入する必要があるなど、ある意味特殊なイベントでもあります。ただ、キーノートはPR的な色合いも強く、コアなデベロッパ向けというよりは広く多くの人に新しいOSとサービスを紹介しているという印象でした。
「Mac App Store」への「In-App-Purchase」の導入、「Game Center」によるゲームへの導線の強化など、アプリ/サービス開発でビジネスを行うデベロッパへのアピールをする一方で、これまでサードパーティがアプリケーションとして提供してきた機能がOSの機能として実装されるなど、デベロッパとしては「怖い」側面も見られました。
アップルが提示した未来は、Mac OS XデバイスとiPad/iPhoneのようなiOSデバイスが、iCloudを通じてコンテンツを共有し、いつどんな状況でも同じ体験を提供するという、いわゆる「ユビキタス」な世界でした。
考え方としては新しいわけではなく、そうした世界を目指してデスクトップとモバイルをつなぐことを提案したアプリケーション/サービスはすでに数多くあります。今回は、OS標準の機能として提供されるので、その方向性に向かって全てが加速することは間違いありません。
個人的には、MobileMeからiCloudへの移行でWebベースのアプリケーションが全てなくなったことに注目しています。これについてスティーブ・ジョブズ氏は、“We've re-architected and rewritten them from the ground up to be iCloud apps and we put them on all of our devices.(われわれは、全てを再構築してiCloudアプリケーションとして書き直し、そしてそれをわれわれのデバイスの中に埋め込んだ)”と説明しています。
Googleが提示した、ブラウザを通じてインターネットの「あちら側」をのぞき込む世界観に対して、アプリケーションを通じて個々のデバイスにコンテンツが自動的に同期される「こちら側」を中心とした世界観。ソフトウェアとハードウェアを同時に扱ってきたアップルならではの「クラウド」は、さすがと思わせるものであり、同時にデベロッパとして自分がそこに何を構築していけるのかを考えながら、興奮気味に会場を後にしました。
@IT関連コーナー
立薗理彦(たちぞの まさひこ)
1972年東京生まれ。1996年、慶應大学 環境情報学部卒。シャープで組み込み系のソフトウェアエンジニアとして働いた後、携帯電話メーカーのノキアで日本向け端末のリリースに携わる。
この頃、週末プロジェクトとしてiTunesでの再生履歴をネットで公開するサービス「音ログ」を開発。これをきっかけに、ウェブ業界への転身を決意してフリーに。
その後、音楽ニュースサイト「ナタリー」の立ち上げに関わり、2007年10月から技術担当取締役としてナターシャに参加。2010年6月よりディー・エヌ・エーに入社。
去年の年末から米国のサンフランシスコに移り、関連子会社ngmocoのスタッフとともにスマートフォン向けモバイルゲームプラットフォーム「mobage」のゲームエンジンの開発などに関わる。
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