検索
連載

固定回線とのセット割引、NTTドコモを縛るのは……ものになるモノ、ならないモノ(55)

NTTドコモは、なぜ他社とは異なり、スマートフォンと固定回線の“セット割引”を提供していないのだろうか、という疑問が以前よりあった。中には、法律で禁じられているから、という報道もあったが、よくよく調べてみると事情はちょっと異なるようだ。

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena

 NTTドコモは、なぜauの「auスマートバリュー」やソフトバンクモバイル(SBM)の「スマホBB割り」のようなスマートフォンと固定回線の“セット割引”を提供していないのだろうか、という疑問が以前よりあった。筆者の場合、家族全員がauのiPhone利用者であり、自宅の固定回線は「auひかり」なので、当然のようにスマートバリューを契約し、月額1410円×家族人数分の割引を受けている。

 高止まりしたままいっこうに下がる気配のない携帯電話料金だけに、家計にとって掛け値なしで嬉しいわけだ。その一方で、このような恩恵を享受できないNTTドコモのユーザーは「ちょっとお気の毒」と思う。ただ、セット割引があるがゆえに家族全員でKDDIに縛られる要因にもなっている点は悔しいのだが……。

 そんなNTTドコモも、第3四半期をめどにNTT東西の光回線を他社にも「卸す」という発表を受け、「セット割引き」の開始をにおわせ始めた。結構なことだと思う。


図1 NTTは、これまでNTT東西が「フレッツ光」として提供してきた光回線のサービス卸事業を開始することを発表した。その発表資料では、「幅広い分野の多様なプレイヤーに公平に提供」すると説明されている

 ただ、ドコモ自身も「驚異」と認める(出所は後述)「auスマートバリュー」が始まったのが約2年前。なぜ、この2年間セット割り引きに関して無策だったのだろうか。これまで、日経新聞をはじめ各メディアでは、「NTTはセット割引が認められない」「NTTはセット割引が禁止されている」といった文言が踊っていた。そのため電気通信事業法なり、NTT法で禁止されているものと思っていた。「だったらしょうがないね」と……。

 しかし、ちゃんと調べてみると、どうも様子がおかしい。決して「禁止」されていたり「認められない」というわけではないようなのだ。

現在の法制下でもセット割引の提供は可能

 結論から言うと、現在の法制下においてNTTドコモも「セット割引」の提供は可能だ。ただ現状では、NTTドコモを含むNTTグループ側に「その気」がないため提供されていないのだ。

 「禁止」されているという話は、おそらく電気通信事業法の30条第3項のことを指していると思われるのだが、この条文のどこにもセット割引のようなサービスを禁ずる文言やそれに類する表現は見当たらない。

 「30条第3項」は、別途定められた一定の市場占有率を超える通信事業者(現時点では、NTT東日本、NTT西日本、NTTドコモの3社)が行ってはならない行為を定めたものだ。「禁止行為規制」と呼ばれている。平易にかいつまんで言えば以下の3つを規定している。

  1. ネットワークを接続したことで知り得た他社の利用者情報などを、目的外に利用したり社内他部門に提供するなどしてはいけない
  2. 特定の事業者にのみ優先的なサービスを提供してはいけない。特定の事業者を不利に扱ってはいけない
  3. 他の通信事業者や製造業者に「○○とは取引するな」など口出しするなどしてはいけない

 禁止行為を定めたこの法律が、セット割引やそれに類するサービスの提供を禁じているわけではないことが分かる。

 ただし、2番目の項目に「特定の事業者にのみ優先的なサービスを提供してはいけない」とある。NTT側はこの項目を問題視し、セット割引きの提供を「できるのに」しないというのが本当のところなのだ。

 では、なぜ「できるのに」しないのだろうか。NTTドコモ自身も『KDDI殿の「auスマートバリュー」の契約者数は、わずか1年半で6〜8倍に急増している」』と『「電気通信事業分野における競争状況の評価に関する実施細目2013」の公表』のパブリックコメントで、その威力について認識し、脅威であることを認めている。


図2 KDDIのWebサイトに掲載されている「auスマートバリュー」の説明

 ならば、NTTドコモの高いシェアと7割を超えるといわれるNTT東西の光回線のシェアを武器に、「ドコモのスマートフォン+NTTコミュニケーションズのOCN+NTT東西のフレッツ」を組み合わせたセット割引を実施すれば、向かうところ敵なしのような気がするのだ。割引を受けられるユーザーもさぞ幸せだろう。だが、今の時点では提供する気はないのだ。

NTTドコモにセット割引を提供しない理由を聞いてみた

 こういうことは、当事者に直接聞いてみるのが一番手っ取り早い。ということで、NTTドコモに質問状を出してみた。質問のポイントは次の2点だ。

質問状の趣旨

Q1:NTTドコモは以前、総務省が募集したパブリックコメントにおいて、KDDIがセット割引を提供しているのに、自分たちが同様のサービスを提供すると禁止行為規制に抵触し、ドコモの利用者はサービスを受けられず利用者間で不公平が生じると訴えているが、「割引サービス」の提供そのものは「禁止行為に抵触」しないのではないのか

Q2:「利用者間で不公平が生じる」ことを知りながら「割引サービス」の提供が可能なのにしないのは、自社の利用者に対して不誠実な対応にも思えるが、なぜ提供しないのか


 質問状の全文はここで閲覧可能だ。

「単なる値下げになりかねない」というNTTドコモ

 この質問に対し、NTTドコモ広報部は次のような回答をくれた。長くはないので全文を掲載しよう。

NTTドコモからの回答

A1:ご理解の通り、「割引サービス」の提供自体は禁止行為に抵触するものではなく、「合理的な理由なく特定の事業者とのみ排他的に連携した割引サービス」の提供が禁止行為に抵触する恐れがあるものです。

A2:「割引サービスが可能である」としても、全てもしくは多くの固定事業者に同等の条件を出された場合、当社としては、特定の事業者に合理的な理由なくサービス提供を断ることができないため、結果として、全てもしくは多くの固定通信事業者と等しく同等の条件で「割引サービス」を提供するとなれば、結果的には単なる値下げになりかねないため、現在のところ提供をしておりません。そうせざるを得ない点をもって「規制格差の存在により」と述べているものです。


 この回答の趣旨を箇条書きにすると次のようになる。

  • 割引サービス自体は禁止されているものではなく、特定の事業者だけと組んで割引サービスを提供することが法律に抵触する
  • 言い換えると、セット割引について提携の申し込みがあった全ての事業者に対し同じ条件で割引サービスを提供することが求められる
  • 全ての事業者に同じ条件で割引サービスを提供したら、サービス内容が横並びになり、単なる値下げになるので、提供をしていない

 まず、明確になったのは、「割引サービス」自体は、電気通信事業法に抵触しないということ。これが冒頭でNTTドコモも「その気」になれば割引サービスを提供できるとした理由だ。しかし、NTTドコモとしては、NTTグループ内の固定系事業者と「だけ」組んで提供したいのに、それを行うと30条3項の2番目の規定に抵触するというジレンマがある。

 あえて稚拙な表現に置き換えると「au君やSBM君は、えこひいきしても怒られないのに、僕だけは、全方位でみんなと仲良くしなければならないなんて変だ!」といったところだ。これは、NTTグループ全体にとっても面白くないことのようで、質問状でも触れた前出の平成24年4月27日に公開されたパブリックコメントでは、NTTドコモだけでなく、NTT持株会社も同様の意見を展開し、規制の撤廃を求めている。

 それにしても、意図しているのかどうかは分からないが、NTT側もメディア戦略が上手だ。これまでの報道では「セット割引そのものが禁止されている」という空気感が先行し、NTT側もそれを訂正しようとするそぶりは見せていない。「禁止されている」と思われている方がNTTにとっても都合がよいのかもしれない。ちゃんと読めば「排他的な連携」が禁止されているのであって、「セット割引」は禁じていないということを伝えている記事もあるのだが、入り組んだ話だけに真意は伝わりにくい。

 最後に、NTTドコモのユーザーにぜひうかがいたい。「単なる値下げになりかねない」とする事業者側の都合だけで、他社ユーザーと比較して「不公平な状況」を受け入れなければならない心境はどのようなものだろうか。auスマートバリューやスマホBB割りのような割引き恩恵を受けたくはありませんか?

「ものになるモノ、ならないモノ」バックナンバー

著者プロフィール

山崎潤一郎

音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライターもこなす。大手出版社とのコラボ作品で街歩き用iPhoneアプリ「東京今昔散歩」「スカイツリー今昔散歩」のプロデューサー。また、ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。音楽趣味はプログレ。OneTopi「ヴィンテージ鍵盤楽器」担当。近著に、『AmazonのKindleで自分の本を出す方法』(ソフトバンククリエイティブ刊)がある。TwitterID: yamasaki9999


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る