「社内ブログ」「1ギガ」「D-Cubic」「Zigbee」「IPv6ブロードキャスト映像配信」「レイヤ2」に続き、今回は、Winny問題を取り上げる。梅田望夫氏の「ウェブ進化論」的にいう“あちら側”から迫り来るウイルスやスパイウェアという危機に迫りたい(編集部)
いま、世間はWinnyで大騒ぎだ。官房長官が政府の公式なお願いとして「使わないで」などとコメントするその姿を見ていると、ITやネットのような道具ばかりが進歩しても、それを使う人々の意識や知識が追い付かない現状を直視させられているようで、梅田望夫氏の「ウェブ進化論」(アマゾン紹介ページ)的にいうネットの“あちら側”から迫り来る国家の危機を感じずにはおられない。
さて、今回のWinny問題の主役は、なんといってもウイルスの「Antinny」だが、広義に解釈すればこれはスパイウェアの一種。スパイウェアというとネットバンキングのパスワードを盗み出す「キーロガー」のようなものを真っ先に連想する。また、最近では、ソニーBMGのコピーコントロールCDによる「Rootkit」(参照記事:Insider's Eye ソニーが音楽CDに組み込んだ“Rootkit”とは何者か?)などが記憶に新しい。
しかし、「マルウェア」と総称され同じ穴のムジナであるウイルスとスパイウェアだが、ここ日本ではなぜか「ウイルス」という言葉はしっかりと市民権を得て、老若男女がその存在と悪役ぶりを認識しているのに、「スパイウェア」に関しては、どこか意識が低い。過去大きく報じられた事件から「銀行のパスワードを盗むモノ」程度の認識で一般ユーザーには「関係ないね」感が強いのだろう。
だが、「ほとんどのパソコンにはすでにスパイウェアが入っている」とショッキングな物言いをするのは、ウェブルート・ソフトウェア代表取締役の井上基氏。例えば、ユーザーのブラウジング履歴などの情報を追跡・収集することを目的とした「トラッキングクッキー」などは、「新聞社のサイトを見ただけでも入る」(井上氏)という。
ただ、そのようなものは「ユーザーが約款などに同意したものであれば、問題視するものではない」(井上氏)性質のもの。また、「個人情報がGoogleや第三者に送信されることはありません」と明言しているGoogleデスクトップにしても、ウラを返せば、Google側が小手先1つで、HDD内の情報を送信可能な状態に“進化”させることができるソフトウェアがパソコン内に常駐しているという意味で、スパイウェアの一種でもあるともいえる。
いや、そんなことをいい出せば「Windowsの存在そのものがスパイウェアである」と、この議論の向かう矛先は、源流にまでさかのぼる恐れがあるのでこの辺でやめておこう。実際、「スパイウェアの定義はグレーな部分を残している」(井上氏)ということだが、日本と違い米国では、一般ユーザーのスパイウェアへの認識や意識は非常に高く、「巨大なマーケットが形成されている」(井上氏)そうだ。
実は「巨大なマーケット」という言葉には2つの意味がある。それを利用する側と阻止する側でしっかりとお金が回る仕組みが出来上がっているということだ。このような話がある。夫婦の離婚率の高い米国では、スパイウェアを奥さんのパソコンに忍ばせておき、将来もしかしたら敵対することになるかもしれない相手の情報を有事に備えてしっかりと摂取蓄積しておく用意周到なやからもいるという。裁判の際は、それら情報を使って有利にコトを進めるという魂胆だ。
なんとも殺伐とした話だが、そんな国民総CIA状態を奇想する国なればこそ、それでお金を稼ごうというやからもいれば、それを阻止するための「アンチスパイウェアソフトの市場も急成長中」(井上氏)ということもうなずける。そして、「この流れは日本にも必ずやって来る」と明言する井上氏だ。
それを指し示す根拠の1つに、中国の躍進がある。ウェブルート社では、Phileasと呼ばれる、「世界最高スパイウェア捜査システム」(同社資料より)を稼働させており、毎秒1000URL、1日約6000万に及ぶHTMLページを解析して日々情報を収集している。
その結果、中国も「スパイウェアの生産国として米国と同じくらいに成長」(井上氏)しつつあり、そのターゲットは、「アジア最大の市場であり、同じ2バイト言語の国である日本に向けられている」(井上氏)と警鐘を鳴らす。
ウイルスを作りばらまく行為が愉快犯的な側面が強いのに対し、スパイウェアは、それを生産することだけでなく、スパイウェアで取得した情報がブラックマーケットなどを介して確実にお金になるわけだから、作る方も熱が入るというもの。特に、中国のように生活コストの安価な国であれば、生活どころか、スパイウェア御殿なども建つわけで、ネットの暗黒社会でも「世界の工場」の面目躍如と、実に皮肉な状況になりつつある。
現実にその被害は、Winnyに対するAntinnyなどというマスコミネタ以上に、市井の一般ユーザーのパソコンで、静かではあるが確実に顕在化している。最も多いのが、アダルトサイト経由で忍び込むスパイウェアで、「アダルトの広告が止まらない」「Internet Explorerの起動ページがアダルトに設定」などという相談が、パソコン教室などに寄せられている。
いや、「起動ページがアダルトに設定」などは実害が目に見えるからまだカワイイ方だ。問題は、知らず知らずのうちに情報が摂取されることで、クレジットカードやネットバンキングの情報が抜き取られることであり、そのような事態が誰の身にも起こり得る可能性が極めて高まっているという意識が低いことであろう。
それにしても“知らない”というのは、恐ろしい。私有のパソコンに、“Antinnyが入っていることを知らないで”“家族がWinnyを使っていたことを知らないで”、数々の情報流出事件は起きた。だからスパイウェアというのであろうが、一般のユーザーにとってブラックボックスと化したパソコンやネットは、その行為に悪意がなくても組織や個人に大きなダメージを与えてしまう道具になることを、知らしめている。
アダルトやいかがわしいサイトを見るな、違法なファイル交換をするな、と声高に叫ぶことは大切だが、それだけでは青臭い書生論に終始してしまう。それでも人は、欲望を抑えきれずに過ちを犯す。だから、ブラックボックスと化した道具やサービスには、ウェブルート社が提供するようなアンチスパイウェアツールが不可欠なのであろうし、先ごろ、ぷららが発表したような「Winnyによる通信の完全規制」(リリース:ぷららバックボーンにおける「Winny」の通信規制について)も必要なのだろう。
“あちら側”から迫り来るスパイウェアという見えない亡霊に、個人もそして組織も情報漏えいに対するリスクと隣り合わせのまま、“こちら側”の営みを続けてゆく、それがIT社会なのだろうか。答えの出ない迷宮に入り込んだまま抜け出せない心境だ。
著者の山崎潤一郎氏は、テクノロジ系にとどまらず、株式、書評、エッセイなど広範囲なフィールドで活躍。独自の着眼点と取材を中心に構成された文章には定評がある。
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