本コラムでは、ネットワークの新しいテクノロジや考え方に注目する。注目するテクノロジへの、企業の新しいスタンダードとして浸透していくことへの期待を込めてコラムタイトル「ものになるモノ、ならないモノ」にした。 「社内ブログ」「1ギガ」「D-Cubic」に続き、今回はZigbeeにスポットを当てた。(編集部)
「近距離無線」「省電力」「低コスト」「パーソナルエリアネットワーク」といった文言を聞いて何を思い浮かべるだろうか。IT分野やデジタル系の情報にちょっと詳しい人なら、技術者でなくとも「Bluetooth※1」という言葉が頭の片隅に浮かんでくるだろう。筆者も今回取り上げる技術「ZigBee」(普及団体URL:Zigbee Alliance)の冒頭のような概要に初めて接した際、まず頭に浮かんだのがBluetoothだった。
※1参考記事:
@IT System Insider キーワード Bluetooth <2000/06/03>
@IT mobile Bluetoothで広がるPalmの世界 <2002/3/29>
思えば90年代の後半から2000年にかけて、Bluetoothという言葉がユビキタスネットワークを実現する魔法の杖のようないわれ方をされた時期があった。いまから思うと、米国のドットコムバブルが日本にも飛び火して、多くの人々がIT熱にうなされたときであり、Bluetoothに対する過大ともいえる期待は、当時の状況をいまに伝える貴重な教訓といえなくもない。
何を隠そう、筆者は自戒を込めてここに告白する。その当時、Bluetoothのことを「インターネットの下、日常生活に最も近いレイヤで形成されるサブインフラになる」とまで持ち上げて、いろいろなメディアや講演で“夢”をあおったのはこの私です。
その後のBluetoothはというと、それ本来の原点に立ち戻って、シリアルケーブルやUSBケーブルの無線版置き換え技術という安住の地を得て、多少地味ではあるが、その端末を確実に増やしているのはご存じのとおり。実力以上の過大な期待を掛けられたBluetooth自身も迷惑な話だと思うが、結局は収まるところに収まったわけだ。あおってスミマセンでした。
筆者の中ではそんなBluetoothとイメージがダブるZigBeeだけに、この新しい無線技術に対し、一歩引いてクールな目で見ていた。筆者に限らず、あの虚構ともいえる夢物語から学習した人も多くいるようで、IEEEによって規定され(※2)、2004年の12月にZigBee Allianceによって仕様が認証された後も、あのときのような浮ついた話が一般的に語られることはない。
※2 IEEE802.15.4……IEEEで規定する短距離無線通信規格。Bluetoothよりも低速で、伝送距離も短いが、省電力で低コスト。物理層のインタフェースにはIEEE 802.15.4を使い、アプリケーション層をZigBee Allianceが担当。
ただ、ZigBeeを「ああBluetoothと同じようなもんでしょ」の一言で片付けて良いのかという疑問は常にあった。そんな疑問をクリアにすべく、OTSL 代表取締役社長 波多野祥二氏にこの無線技術の可能性についてお話を伺った。ZigBeeの技術的な詳細に関しては、ITmedia寄稿記事『近距離無線の新規格「ZigBee」の可能性』に詳しいのでそちらをご覧いただくとして、ZigBeeで最も興味深いと感じたのは、プロファイルの縛りが緩い、という部分だ。
Bluetoothにもプロファイルという考え方が取り入れられていた。プロファイルは、用途や伝送する情報の種類などを共通化するために規定された設計上のルールのようなもので、このルールにのっとって作られた同じプロファイルを搭載するBluetooth端末であれば、基本的に接続して使える(だろう)というものだ。つまり互換性を高めるための方策というわけだ。
ZigBeeの場合も、同じ考え方でプロファイルが規定されている。ただし、Bluetoothの場合、プロファイルに対する縛りがきつくこのルールから逸脱するとBluetoothのロゴ認証を受けることができなかったのに比べ、ZigBeeは、「Bluetoothと異なり独自のプロファイルを作って実装しても機器の認証を受けることができる」(波多野氏)点が大きな特徴だという。つまり、端末を作る者のアイデア次第で、ほかにはないユニークなZigBeeのロゴの入った端末やシステムを作ることができるという点だ。
思えば、Bluetoothの場合、IrDA(= Infrared Data Association 参照記事:@IT Insidrs Computer Dictionary)の轍は踏むまいとして、プロファイル順守の思想にこだわった経緯がある。IrDAの登場当時、そのようなルール作りがされていなかったため、せっかくパソコンなどに搭載されていても、実装されたソフトウェアなどの問題で他の機器と接続できないという事例が相次いだからだ。Bluetoothのプロファイルはそれを反面教師として定められたものだったのだが、「プロファイルにがんじがらめだったので、機器を作る側で柔軟な対応ができなかった。そのため、ユニークなアイデアを盛り込んだ端末やシステムを作ろうにも作れなかった」(波多野氏)という。
ZigBeeは、IrDAを反面教師にしたBluetoothを、またまた反面教師にした、ということであろう。しかし、そうなると反面教師の2乗ということになり、身の回りにZigBee端末が増加した場合、IrDAの混乱が再び起こるようにも思うのだが、波多野氏は「そもそも役割が異なるもの同士を接続することはないわけだし、役割が同じものは、原則的に同じプロファイルを搭載しているのだから大きな問題にはならない」と自信ありげにいう。それよりも、「自由闊達な風土の中で皆が優れたプロファイルを考え、それを広めたいパブリックに提案し、それがデファクトスタンダードに育ってゆく状況をイメージしている」(波多野氏)そうだ。「将来どんなアイデアが出てくるか分からない」から楽しみとも付け加える。
実際のところ「ZigBeeの仕様1.0は、まだまだバグが多い。それをみんなの手でちゃんとしたものに作り上げていこう、というのがZigBee Allianceの考え方」(波多野氏)とオープンな思想であることを強調する。いうなれば、インターネット的オープン思想とアライアンス的しばり系路線のはざまを突く、中道路線を突き進むことで、共鳴者を増やしながら普及に努めようということなのであろう。
プロファイル以外にもZigBeeの可能性を感じた部分がある。それは、この技術なら、端末同士が互いに無線でつながり、大きなメッシュネットワークを構成する、いわゆるアドホックネットワークを実現することができるのでは、という可能性だ。実は、Bluetoothのときも、スキャターネットという方法で同様のネットワーク構築が試みられた。これが、「日常生活に最も近いレイヤで形成されるサブインフラになる」という“夢”のよりどころの1つでもあったのだが、「当時のBluetoothの場合、端末間をホッピングした途端データの伝送容量が3分の1に減ってしまい、まともに使えるものではなかった。実際に実現している例はないのでは?」(波多野氏)とのこと。
しかし、ZigBeeは違う。「理論や研究実験のレベルから一歩現実世界に踏み出して、メッシュネットワークを実証する環境が整っている」(波多野氏)そうだ。これは、「ハードウェアが進歩してくれた」(波多野氏)ことも大きな要因として挙げられる。
これにより、最大約6万5000台のZigBee端末が相互に接続したメッシュネットワークを構築することも可能なのだが、ここでは、そのような“理屈”を大上段に振りかざすのはやめよう。なんだか、また話がBluetoothチックな方向に行ってしまいそうなので……。
しかし、Bluetoothのときと違い、実際にメッシュネットワークというモノができるのであれば、実証実験を通して使い道を考えることができるわけだし、それにより新しいビジネスモデルを描く人が出てくる可能性もある。過去の例を紐解くと、インフラが先行して初めて、その上のアプリケーションが考えられ誕生するというパターンは枚挙にいとまがないわけで、目の前で動くメッシュネットワークがなければ、何も始まらないということだ。
じゃあ、そんなZigBeeで何ができるのか、という話になるだろう。一般論としての部分を述べると、工場やビルのオートメーション系に始まり、ホームオートメーションなどでの利用が想定されている。うーん、ちょっとシブめだ……。それはそれで原点的な使い方として、異論を唱えるものではないのだが、どこか面白みに欠ける。これはライターとしての悪い癖と承知しつつあえていわせてもらうと、この手の話には、やはり“夢”が欲しい。「先ほど自戒したばかりなのに何てヤツだ」と思ってくれても結構だが「“夢”なくして前進なし」なんじゃなかろうか。
ただ、今回のZigBeeの“夢”は、自分たちで作り上げる“夢”にできないかと思うのだ。思えばBluetoothのとき、開発者たちがしばしば口にする言葉に「携帯電話が採用してくれれば」というのがあった。多くの台数が出荷される携帯電話に採用されることで、Bluetoothを普及させ、そこに“夢”の下地を作ろうとしたのだろうが、自由競争下にある欧米のケータイ端末ならいざ知らず、携帯電話キャリアが、端末の仕様をすべてコントロールする社会主義制度下にある日本でそれをいっても何も始まらない。いまから思うと他力本願な考え方だが、とどのつまり、携帯電話に期待してもダメだ。
いまは、漠然としたイメージしか思い浮かばず、具現化した使い方を提示できないもどかしさがあるのだが、波多野氏の「メーカーからのお仕着せでなく、ユーザー自身がレゴブロックでも組むように自由に組み上げて多目的に利用できるZigBeeモジュールを提供したい」という言葉を借りると、家庭内の電気製品などに、ZigBeeモジュールを簡単に取り付けられて、ユーザーの思いのままのホームオートメーションを実現するといったイメージであろうか。もちろんホームオートメーションだけでなく、エンターテインメント的な使い方や、そのほか思いも寄らぬ使い方もあり得るだろう。
ただ、そこには、無線電波を発信する機器なので型式認定といったルール面の問題をクリアする必要があるだろうが、2.4GHzという、いわば無線電波の“解放区”を使う端末だけに、届け出るだけでOKなどの、制度面の規制緩和も実現されると、実に面白いことになるだろう。
2006 | 2007 | 2008 | ||
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conservative(控えめな予測) | 2250万 | 5100万 | 8800万 | |
Aggressive(強引な予測) | 5400万 | 1億800万 | 1億5200万 | |
前年比成長率 | 300‐400% | 100‐125% | 40%‐70% | |
IEEE802.15.4を使ったメッシュネットワーキングソリューションの世界市場予測 出所:In-Stat MDR 2004年8月(単位:個数) |
「近距離無線」「省電力」「低コスト」「パーソナルエリアネットワーク」という魅力的なキーワードに「実証可能なメッシュネットワーク」という言葉を加えることができるZigBeeだけに、Bluetoothでは実現し得なかった魔法のつえを、大いに期待してしまうのだ。
著者の山崎潤一郎氏は、テクノロジ系にとどまらず、株式、書評、エッセイなど広範囲なフィールドで活躍。独自の着眼点と取材を中心に構成された文章には定評がある。
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