企業参入が加熱するセカンドライフ。仮想社会の経済は、リアルなお金に換算すると100分の1だという。これは過小評価か過大評価か?
昨年来、3D仮想社会のSecond Lifeが話題になっている。Second Lifeがどんなものであるかは、「話題の3D仮想世界『Second Life』とは」などのオンラインメディアのみならず、地上波テレビや新聞でも報じられているのでご存じの方も多いだろう。
そこで今回は、サービス紹介レベルの話は卒業して、さらに一歩突っ込んだSecond Life内でのビジネス展開や技術的な部分に迫ってみたいと思う。まず、注目すべきは、企業や教育機関の中には、この仮想世界に早速着目し、新しいビジネスフィールドとして進出を果たしているところがすでにあるという点だ。
最近ではほぼ毎日のように大手企業参入のニュースが米国より伝えられ、その過熱ぶりをあぜんとして眺めていたのだが、なかなかどうして、ここ日本でも正式な発表はまだないものの、商社や広告代理店が、せっせと仕込みを開始しているそうだ。
ちなみに、メタバーズ、メルティングドッツ、DACといった企業は、Second Life内でのビジネスをコンサルする事業をすでに開始している。当面はこのように、リアル世界と仮想世界とを橋渡しするようなビジネスが盛り上がるのだろう。
近ごろのSecond Lifeをめぐる喧騒を見ていると、90年代半ばのインターネット創世記のころをほうふつとさせる。実際、デジタルハリウッド大学院大学の三淵啓自教授は、「まさにインターネットの初期のころに似ている。多くの人や企業がこの仮想世界を、新しい活動の場としてとらえている」と語る。
デジタルハリウッドは、Second Lifeを運営するLinden Lab社と共同で日本でのプロモーションを行っている。実は、Linden Lab社の元には、日本での展開に関して、大手プロバイダをはじめ、あらゆる企業から熱烈なラブコールがあったそうだが、「Linden Lab社は、Second Lifeが1つの企業の色に染まることを嫌って、教育機関であるデジタルハリウッドとコラボすることになった」(三淵教授)そうだ。
企業が、Second Lifeに期待を寄せる理由はいろいろであろう。しかし、中でも魅力的なのは、この仮想世界の中ではすでに巨額のお金が日々動いているという点だ。Second Life内では、リンデンドル(L$)という通貨が流通しており、それでアイテムなどを売買したり、労働の対価を得たりすることができる。1米ドルは、変動相場で決まるレートにより約270L$と交換できる。
実際、ドイツ在住の中国系女性のアバターである「Anshe Chung」さんは、仮想不動産業などを営み、かなりの富を築いたと米誌ビジネスウィークが報じている(参照:Virtusl World Real Money:2006年5月1日号のカバーストーリー)。また、Anshe Chungさん以外にもリアルなお金にして何十万ドルも稼ぐ人がぞろぞろと出てきている。そして、日々、数万人単位で登録ユーザーが増えているとなれば、企業でなくても、そこにお金もうけのニオイを感じずにはいられない。
ただ、ちょっと慎重になりたいことがある。Second Lifeを利用したビジネスは大きく2つに分けて考える必要があるという点だ。1つは、リアル世界とのつながりの中で行われるビジネスだ。そして、2つ目は、Second Life内だけで完結する真の意味でのバーチャルビジネスだ。
まず1つ目。実は、Second Life長者たちは、決して仮想世界の中だけで完結する形でもうけているのではない。彼(彼女)らは、仮想世界内での不動産業が主たる収入源なのだが、それは、Linden Lab社が提供する初期費用1675USドル≒約20万円、月額費用295USドル≒約3万5000円(1区画)の「アイランド」を購入しそこに付加価値を付けることでビジネスとして成り立たせている。
で、仮想世界の土地を原資にしたビジネスなので一見、バーチャル完結型のようにも見えるが、実は、「アイランド」というのは、Linden Lab社がSecond Life内でビジネスしたい顧客用に用意するサーバのこと。1区画のアイランドというのは、1台のサーバで運用されるSecond Life内の空間(256×256メートル、約6万5000平米)をコロケーションサービスで借りているということになる。
成功者たちは、そこに3Dオブジェクトの家を建てるなどして付加価値を付けて、ほかのユーザー(アバター)に転売したり、レンタルしたりすることで利益を得ているわけだ。いうなれば、コロケーションサービスで設置したサーバを利用して、複数の一般ユーザーを相手にレンタルサーバ事業を行っているようなものだ。
それはつまり、リアル世界でもってサーバに投資できる人だけが、Second Life内で土地を持てるわけで、そのような土地という原資があってこそ、バーチャルビジネスで収益を上げ、それをリアルなお金に再換金することができるわけだ。一部例外として、有料アカウントに移行した際、Linden Lab社から小さな土地を購入できる権利が与えられるが、その程度の土地では不動産業は無理。
また、人によっては、Second Lifeに参入した企業や団体からSecond Life内の建造物や備品などの制作を請け負うことで利益を上げている例もある。もちろん、請負契約はリアルな世界で取り交わされるわけだから、3Dオブジェクトの制作費用としてそれ相応の収入を得ることができる。
そして、2つ目の形態がSecond Life内だけで完結する真の意味でのバーチャルビジネスだ。これは、例えばSecond Life内で、アイテムを作って売ったり、労働(ダンサー、バーテンなど)をして対価を得たりすることだが、これは、前述の不動産業のようなリアル世界での投資が不要なので、能力さえあれば誰でも参入することができる。
では、真の意味でのバーチャルビジネスで実際にもうけている人がいるのかというと、一部のアパレル(服)系のアイテムを作って売っている人を除けば、まだまだお小遣い稼ぎの域を脱していないのが現状だ。
というのは、現時点では、リアル世界との経済格差が大き過ぎるため、仮想世界内でいくら経済活動を行っても、リアルなお金に換算すると100分の1といった対価しか得られないからだ。
例えば、リアル世界で時給10ドルをもらえるようなケースでも、「Second Life内での労働賃金は100〜200L$と時給1ドルにも満たない」(三淵教授)そうだ。これでは、アバターがSecond Life内でせっせと働いてもちょっと虚しい気持ちになってくる。
というわけで、現時点でSecond Life周辺で利益を上げることのできるビジネスは、リアル世界とのつながりや連携の中で生まれるものが主になることを覚えておきたい。
ただ、このような状況は「ユーザーが増えてくるにつれ解消される」(三淵教授)と分析する。人が増えて経済活動が活発になれば物価も上昇し為替相場もL$高になり、経済格差が縮まるというのだ。
とはいえ、仮想世界で売買されるアイテムはすべて3Dのデータなので、簡単にコピーできるわけだから、供給過多になりデフレ状態になりはしないかと心配にもなる。アバターによる労働にしてもそうだ。アバターをたくさん作り、それなりのスクリプトを記述してやれば、労働の売り手市場になり時給が上がるとは思えない。
だが、「ビジネスする方も考えるだろうから、数量を限定したりコピープロテクトを掛けたりして需給のバランスは保たれる」(三淵教授)と、その心配を否定する。まさにアダム・スミスの有名な言葉「神の見えざる手」(利己的に行動する各人が市場において自由競争を行えば、自然と需要と供給は収束に向かい、経済的均衡が実現され、社会的安定がもたらされる/Wikipedia「アダム・スミス」より)が働くというわけだ。
Second Lifeのインフラは、いわゆるオンラインゲーム(MMO:Massively Multiuser Online)とは異なった構成になっている。MMOの場合「負荷を分散するため同じ仮想空間であっても、複数台のサーバに分けてユーザーを収容」(三淵教授)している。
しかし、この方法だと、見掛け上は、前回ログインしたときと同じ仮想空間にいると思っていても、異なるサーバに入っている可能性がある。そうなると「いつも同じアバターと会えるとは限らない。サーバが異なれば、実質的には別の次元にいるようなもの」(三淵教授)とMMO型インフラの欠点を指摘する。
しかし、Second Lifeの場合、その仮想空間は、1つのサーバで運用されているため、例えばそこを拠点としているアバター同士は常に会うことができるというわけだ。
このようなインフラ構成は、多人数が同じサーバにログインした場合、負荷が高まるという欠点がある。しかし、それこそがSecond Lifeの目指すところであり、大切なポイントなのだという。
「Second Lifeは、ゲームではなく、コミュニケーションの道具であり、仮想社会なので、その仮想空間を共有する全員がコミュニケーションを取れるようなインフラでないと意味がない」(三淵教授)というわけだ。ちなみに、サーバのデフォルト設定では、「最大40人までが同じ空間に入れる」(三淵教授)そうだ。
実は筆者は、Second Lifeを体験した当初、いくらなんでも仮想世界にいる自分のアバターに入れ込むなんてことはしないだろうと、クールに接していたのだが、日々、「第2の人生」を楽しむうちになんだか様子が違ってきた。
バザー会場でデイパックをゲットしたのを皮切りに、カッコイTシャツが欲しくなりふらっと入ったお店で購入した。ギブソンのフライングV(ギター)を抱えているアバターに出会ったら「それどこで買った」と聞いて、そのお店に行ってシャーベルのバン・ヘイレンモデルを購入する始末。
しまいには、大枚はたいて6000L$の59年型ギブソン・レスポールを購入しそうになり、さすがにそこでわれに返って冷静になりレスポールは買ってないが、のどから手が出るほど欲しい。いや、別に59年型でなくても、普通のレスポールなら10分の1の価格で売っているのにだ。
普通に考えれば、バーチャルなギターに59年型もへったくれもないはず。しかし、59年型の方が欲しくなるその感覚はなんであろうか。これも「見えざる手」の力学にどっぷりとハマリかけている自分なのだろうか。
欲しいのはそれだけではない。次は自分(アバター)の家が欲しくなるから不思議だ。ゲームからログアウトする際、それまで遊んでいたその場所から適宜消えていたのだが、そういった行為をして、街角、道ばた、見知らぬ島にアバターを放置したままログアウトすることへの罪悪感に駆られ、「アバターに安住の地を与えてやりたい」と思うようになってくるのだ。
なるほどAnshe Chungさんが不動産業で成功する理由がよく分かる。ちなみに、Anshe Chungさんが販売している「Dreamland Japan」の「Makuhari」という土地は、約1250坪で2万8000L$(約100米ドル)なり。
このような心理的変遷を三淵教授は、図のようなヒエラルキー構造に分類して説明する。ゲーマー心理の初期段階は、その分身は「キャラクター」であり「アバター」ではない。「キャラクター」の段階では、自分を良く見せたいという自己主張は強くない。
しかし、コミュニティが形成され、分身への感情移入から(代理)自我が芽生え始めると、容姿やアイテムなどで強く自己を主張するようになる、というのだ。そうなって初めて「アバター」になる。日本のユーザーの多くはいまだ「キャラクター」段階であり、日本でSecond Lifeが大きな市場になるのは、この図でいう「アバター」に成長したユーザーが増える必要がある。
確かに、このように分析されると、バーチャル完結型ビジネスで収益を上げているのが、アパレル系であるというのもうなずける話だ。Second Life内で、まずは何にお金を使うかというと、多くの人は、初期設定で得た容姿を変更して他人との差をつけることから始めるであろう。いまでは、アバターのファッション雑誌「Second Style」なるものまで発行されている。
日本のユーザーが今後このSecond Lifeをどのような形で受け入れるのかは想像もつかない。もしかしたら、3Dのオンラインゲームのレベルのまま成長なしに接し続けるのかもそれない。だが、インターネットの初期段階においても、ネットという新しくもたらされた世界が、ビジネスフィールドとして成長するのかどうか計りかねていた人は大勢いた。
Second Lifeだってどう化けるか分からない。まあ、Second Lifeに参入することが大きなビジネスになるかどうかは別にして、久しぶりにワクワクさせてくれるサービスに出合えたことは確かだ。
著者の山崎潤一郎氏は、テクノロジ系にとどまらず、株式、書評、エッセイなど広範囲なフィールドで活躍。独自の着眼点と取材を中心に構成された文章には定評がある。
近著に「株は、この格言で買え!-株のプロが必ず使う成功への格言50」(中経出版刊)がある。
著者ブログ
「家を建てよう」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.