アップルのサービス「MobileMe」と、iPhone 3Gの通信を黒子となって支えるソフトバンクモバイル(SBM)のインフラの現状をお伝えする。
iPhone 3Gの素晴らしさは、方々で多々語られているので、読者の皆さんも少々食傷気味なのではあるまいか(一部掲示板ではクソケータイ呼ばわりもされてはいるが……)。ただ、分かってはいるが、それでも語らずにおられないのは、この製品が右脳直撃の魅力を発し続けるからなのだろう。実際、iPhone 3Gを入手してからというもの、外出時はもちろん、自宅内でも肌身離さず持ち歩き、用もないのに触ってみたり、なでてみたりと、はたから見ている家族が「気持ち悪い」とあきれかえる一幕も。
というわけで、ここでは、ネットワークフォーラムらしく、iPhone 3G本体ではなく、発売と同時に始まったアップルのクラウド系サービス「MobileMe」と、iPhone 3Gの通信を黒子となって支えるソフトバンクモバイル(SBM)のインフラについてその状況をお伝えしたい。SBMのインフラに関しては、少々辛口の批評になってしまっているが、自らの使用感と各方面への取材を重ねた結果の正直な気持ちだ。
Webサービスとか、ASPとか、SaaSとか、多少のニュアンスの違いはあれど、ネットの「あちら側」にあって、さまざまなアプリケーションやサービスをサーバから提供してくれる仕組みを最近は総称して「クラウド」とか「クラウドコンピューティング」という。そういえばMobileMeのアイコンにも「雲」が描かれている。
筆者の場合、自宅、オフィス、出先の複数拠点で5台のマックを使っており、メール、予定、連絡先といった各種情報は、どうしても分散して書き込まれたり保存されてしまう。これまでは「.Mac」を使うことでそれらを共有していた。MacOSの延長線上にあり特に意識しなくても、シームレスに使えるこの「.Mac」というサービスは十分に便利だった。
しかし、MobileMeは、もっとすごい。「.Mac」より1万倍も強力だ。アカウントに登録されひも付けられたマシンのどれかで情報を更新したら、プッシュ配信で各マシンに自動反映されるなどという、驚愕の異次元体験を目の当たりにして最初は戸惑い立ちすくんでしまったほどだ。
その1万倍の便利さをさらに後押ししているのが、iPhone 3Gの可搬性とリアルタイム性。出先であろうが、室内であろうが、ポケットからヒョイと取り出して、常に最新のものに更新された予定や連絡先をさっと確認することができる。iPhone 3Gで情報を書き込めば、程なく各マシンの予定や連絡先も同期・更新されている。愛用のMacBookではとてもじゃないがこんなに気軽に情報にアクセスすることは無理。リアルタイム性を追求するならノートPCではなく、はやりケータイ端末に限る。
複数拠点のどこに立ち回っても、そこのマックは常に最新の情報に更新されているわけなので、ネットの“あちら側”に忠実な執事がいて、先回りして更新してくれているような感覚を味わうことができる。アップルにこのような先進のサービスが提供できるのは、マシン、基本OS、サービスを垂直統合型で1社で提供しているからだろうか。
ただ、MobileMeとは関係ないが、ネット利用において、iPhone 3Gがマルチタスクでないが故に不便な点がある。記述されたURLやリンクをタップすると、Safariが起動してネットの情報に誘導するようなアプリケーションがあるのだが、再度、アプリに戻ろうとしたら、Safariが起動した時点でアプリは終了しているので、また振り出し(ホーム画面からアプリ起動)から始めなくてはならない。これは不便だ。
その点Androidは、マルチタスクなので複数のウィジェットを走らせるなどして、便利に使うことができそうだ。触ったことがないのであくまでも想像だが……。iPhone 3G向けにネット連携ソフトを開発する人は、ネットアクセスを安易にSafariに振らないでアプリ内で表示するなどの処理を考えてほしい。
iPhone 3Gを使い始めて約1週間。SBMのネットワークインフラに全幅の信頼を置く気持ちになれない自分がいる。まず、エリアカバーの問題。筆者がこれまでiPhone 3Gとともに歩んだ生活動線は、横浜市北部、川崎市北部、東急東横線、霞が関近辺、渋谷近辺に限られているという前提で以下の話を聞いてほしい。
まず、iPhone 3Gを犬の散歩に連れ出して、住居周辺(横浜市北部の住宅街)を歩いてみたり、クルマに乗って(助手席)走り回ってみたりした。まあ、おおむね圏内なのだが、時々圏外になることもあった。また、走行中の東横線においても、たまに圏外を経験している。ドコモやauを利用していて上記のエリアにおいて、圏外を経験することはないので、ちょっと心配だ。
いや、普通の使い方をしており、たまに圏外になるくらいなら、特に不便は感じない。だが、iPhone 3Gは、いったん圏外になって図のようなアラートが出ると、次に圏内になっても、iPhone 3G自体をリスタートしないと、このアラートが出続ける場合がある。これは、図のようなGPSマップだけでなく、メールやSafariの利用でも同様で、不便でしょうがない。これはiPhone 3Gの仕様や電波の感度にも問題があるのだろうが、それにしても首都圏都市部主要エリアのアウトドアで「圏外」を経験するのは久しぶりだ。SBMは、電波の回り込みの少ない2GHz帯の周波数を使ってサービスを行っているので、800MHz帯を使うauと比較して不利なのは分かるのだが……。同社は、決算発表の資料で「3Gの基地局は5万1320局」と公表しているが、その数字自体「リピーター(屋内中継器)を含んだ数字」と複数の業界関係者が口をそろえていうだけに、「圏外」表示に妙に納得したりもする。
それと、iPhone 3Gのデータ通信の醍醐味(だいごみ)をフルに満喫するには、HSDPAの利用が前提となるが、SBMが詳細なエリア情報を明かしていない点にも不満がくすぶる。同社広報によると「詳細な情報は非公開。全国に拡充中で、現状は、全国県庁所在地および主要都市、首都圏/16号線内、東海/名古屋市および周辺の主要都市、静岡市、関西/京阪神エリア。それ以外では3Gに接続」としか教えてくれないのだが、5月のアナリスト向けの説明会で藤原和彦CFOが「HSDPAは、カバー率で7割程度」と発言している。
「カバー率で7割」は、人口カバー率のことであろうが、例えば、エリアカバー的に「まだまだだね」という印象の強いイー・モバイルの場合で人口カバー率にすると8割を超えているので、「7割」は、寂しい数字だ。いや、「拡充中」というのであれば、それでよい。だが、孫正義社長自身もiPhone 3Gのことを「最適なインターネットマシン」と発言しているだけに、その“ヘソの緒”ともいうべきHSDPAのエリアについては「拡充」の進ちょく状況も含めて詳細に示してほしいものだ。
「iPhone 3Gユーザーは、従来より10〜20倍のパケット通信を行うと予想している」
孫社長は、6月の株主総会でこう発言した。実際、筆者の場合も、メール、Webブラウズ、GPSマップと、かなりの頻度でデータ通信を使いまくっている。その通信量たるや、これまで使っていたケータイの比ではないことを自覚する。おそらく、多くのiPhone 3Gユーザーが同じではないだろうか。これまで、モバイル端末で「the internet」を使いまくるというのは、一部のマニアックなユーザーやビジネスユーザーに限られていた行為だが、iPhone 3Gはそれを、在野の一般ユーザーにまで広げる役割を果たしている。
そこで心配なのが、SBMのネットワークの混雑だ。孫正義氏自身、iPhone 3G発売イベントの場で、混雑を懸念するメディアの質問に「頑張る」といった抽象的な答え方をしている。SBM自身もiPhone 3Gについてはトラフィックを「制御する」方針のようだが、iPhone 3G総ヘビーユーザー化が予測されるだけに、「制御」の仕方次第ではユーザーの不満にもつながりかねない。
筆者がこのようにインフラ面の心配をするのには理由がある。「ボーダフォン時代からの老朽化した設備を抱えてネットワークの容量はいっぱいいっぱい、それでも設備投資をケチっている」(総務省幹部)といった声を複数のソースから聞くからだ。
実際、ソフトバンクの決算発表でも、モバイル事業への設備投資額は、06年度の3084億円から07年度は2353億円に減少している。孫社長は、必要な投資のピークは過ぎ、2008年度はさらに少ない投資で済む、といった趣旨の発言をしているのだが、もし「ケチっている」のであれば、憂慮すべきことだ。
アップルとSBMは、iPhone 3Gの正確なユーザー数や出荷台数を公表していないが、この人気が持続するようであれば、当然ながらネットワークの増強を強いられることになる。ケチらないで、iPhone 3Gユーザーを安心させてほしいものだ。
SBMのインフラ面への不安に夜も眠れない状態でいたら(冗談です)、iPhone 3Gの画面で面白いものを見つけた。図のように、iPhone 3G本体は、NTTドコモの3Gネットワークの電波もしっかりと認識している。もちろん、「JP DoCoMo(3G)」をタップして選択しても、接続することは不可能なのだが、初代iPhoneでは、1国1キャリアの原則を崩している国もあるので、「もしかしたらドコモの可能性もまだあるのか」などとワクワクしてしまう。そこで妄想してみた。もし、NTTドコモもiPhone 3Gの取り扱いを開始したら……、と。
以前、iモード端末の開発を現場で支えた担当者たちに長時間にわたる取材を実施し、艱難(かんなん)辛苦を乗り越えてこのビジネスを成功に導いた物語を1冊の本にまとめたことがある。多くの担当者や幹部たちに話を聞く中で毎回のように感じたのは、「NTTドコモという企業は、基本的にまじめな企業だな」ということ。電電公社時代から脈々と続く、ライフラインとしての通信インフラに対する社会的な使命感のようなものが常に頭のどこかにあり、それが話の端々ににじみ出てくる。
ドコモがiPhone 3Gの取り扱いを開始した場合、彼らであれば、ネットワークの混雑やHSDPAのエリアにもまじめに対応し、ストレスフリーなiPhone 3G生活を提供してくれるのでは、と想像してしまうのだ。実際、HSDPA(FOMAハイスピード)のエリアについても、「2008年3月には全国人口カバー率90%以上を予定しています」(ホームページの記述より)としており、詳細できめ細やかなエリアの情報をホームページで提供している。SBMもこのくらいのことはしてほしいものだ。6月、SBMがiPhone 3Gの発売を発表した後も、ドコモの中村社長(当時)は、「(1国1キャリアの)排他的契約ではないと聞いている」と、iPhone 3G獲得の努力を今後も続けることを示唆している。であれば、ぜひともNTTドコモにも早期に参入してほしい。
じゃあ、仮にドコモがiPhone 3Gの取り扱いを開始した場合、「まじめ」なドコモに乗り換えたい!ということで、いま使っているiPhone 3Gをそのまま「持ち出す」ことが可能なのだろうか。SBMの回線を解約し割賦残金を精算後、ドコモとUSIM契約を行えば理屈の上では「持ち出し」が可能なはず。しかし、SBMの広報から「SIMロックが掛かっているので他のキャリアで使うことはできない」とあっさりと否定されてしまった。
う〜ん。もしかしたら、これって大問題になるのではないだろうか。これまでのケータイ端末は、本体にキャリアのロゴが大きく印されているためか、ユーザーにおけるキャリアへの帰属意識が強かった。「それどこの端末?」「auだよ」といった会話が普通に交わされていたと思う。「それどこの端末?」「シャープだよ」と答える人は、多くはないだろう。
だが、iPhone 3Gについては、「SBMのユーザーである」以前に、皆「iPhone 3Gのユーザーである」という思いが強い。だから、割賦残金を払い終わって、債権の縛りから解放され、晴れて「自分のもの」になったiPhone 3Gをほかのキャリアに「持ち出せない」ことが分かると、それを問題視する人も出てくると思う。少なくとも筆者はそうする。
あくまでも「将来ドコモが2番目のキャリアとしてiPhone 3Gを獲得したら」という「たられば」の話なので、いまここで騒いでも仕方がないが、これがSIMロック問題への関心を高め、SIMロックがユーザーの権利を大きく奪っていることを知る契機になるかもしれない。SIMロック問題は昨年、総務省の「モバイルビジネス研究会」で取り上げられ話題になった。そして、総務省は、この問題を2010年をめどに再び議論の俎上(そじょう)に載せるとしている。
ドコモがiPhone 3Gの取り扱いを開始したら、2010年を待たずして、ユーザーの間からSIMロック問題に対する不満の声が上がるかもしれない。iPhone 3Gを日本の特殊なケータイビジネスに開国を迫る「黒船」に例える向きもあるが、これこそまさに黒船。総務省がお上主導で動くまでもなく、iPhone 3Gがありの一穴となりユーザー主導でSIMロック問題に終止符が打たれる可能性もある。
それにしても皮肉なものだ。販売奨励金やSIMロックといった日本型の垂直統合モデルに近い形をビジネスに取り入れて登場したiPhone 3Gだが、それが垂直統合モデルを切り崩す萌芽(ほうが)を宿しているとは。いずれにしても、ドコモがiPhone 3Gの取り扱いを開始するということは、iPhone 3G新規ユーザーの選択肢も増えることになるので、ドコモには大いに頑張ってもらいたいものだ。その暁には、アップルとSBMは、iPhone 3GのSIMロックを解除し「持ち出し」を可能にすべきだ。
話がヘビーな方向に進んでしまった。このままこのコラムを締めたのでは、あまりも重く暗いので、最後にiPhone 3Gの魅力を一つ。「着信音」だ。現在、日本版iTunes Storeでは、着信音が買えないようだが、筆者は、米国のiTunes Storeから好きな曲を購入し、着信音を作ってみた。「着うた」との最大の違いは、15秒という制約はあるにせよ、曲の任意のパートを着信音に指定できるという点だ。「着信音」購入の際には、iTunesに波形が表示されるので、選択部分をドラッグしてパートを指定する。これはうれしい。音楽好きにはたまらない。
楽曲が着信音対応であれば、過去に購入した曲でも、99セント払えば、着信音として再購入(15秒だけ)することができる。それにしても、フルサイズの曲を販売しておき、それとは別に後から「着信音」を作る権利を99セントで売るとは、アップルも商売がうまい。「一粒で2度おいしい」とはこのことだ。早速、購入した着信音をiPhone 3Gに転送して試してみた。音が悪い……。まあ、あの小さなスピーカーではしょうがないかなあ。
山崎潤一郎
音楽制作業に従事する傍ら、IT系のライターもこなす蟹座のO型。自身が主宰する音楽レーベルのサイト「インサイドアウト」もよろしくお願いします。最新刊『ケータイ料金は半額になる!』も好評発売中。著者ブログ 「家を建てよう」
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