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ライブドアの無線LANに疑問をぶつけてみましたものになるモノ、ならないモノ(3)

本コラムでは、ネットワークの新しいテクノロジや考え方に注目する。注目するテクノロジへの、企業の新しいスタンダードとして浸透していくことへの期待を込めてコラムタイトル「ものになるモノ、ならないモノ」にした。 「社内ブログ」「1ギガ」に続き、今回はD-Cubicやスカイプなどのライブドアのネットワーク事業にスポットを当てた。(編集部)

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連載目次

無線LANパラダイスの夢実現か!?

 「おお、これで山手線内が無線LANパラダイスになる」と、このニュースをプチ感動を伴って素直に喜んだのは筆者の私だ。このニュースとは、つまり、月額525円で利用できる公衆無線LANサービス「D-Cubic」のこと。サービスの詳細は、こちらのニュース(参照記事:ホリエモン、月額525円で公衆無線LANサービスに殴りこみ!)をご覧いただくとして、“あの”お騒がせ系IT企業、ライブドアがインフラ事業に参入するというので、世間ではその内容はもちろん、成否の可能性について賛否両論渦巻いている。

 筆者の場合は、無線LANの面的な展開という新しい動きを大いに歓迎はするものの、その一方でさまざまな疑問があることも事実だ。IT業界の風雲児が仕掛けたインフラ事業だけに勝算あってのことだと思うが、そのなぞを解くべく、ライブドア執行役員上級副社長 ネットワーク事業本部・照井和基氏に、いろいろな疑問をぶつけてみた(以後、かぎかっこ内のコメントは特記なきものはすべて照井氏のもの)。

ポータルとのシナジー効果を狙う。 敵はYahoo! BBモバイルか!?

ライブドア執行役員上級副社長 ネットワーク事業本部・照井和基氏
ライブドア執行役員上級副社長 ネットワーク事業本部・照井和基氏

 まず、誰もが思うのが、これまでの公衆無線LAN事業で、成功と呼べるものがないだけに、なぜいまさらという部分であろう。それについて「料金も高く、スポット展開していたのでは、多くの人は使う気になれないのは当然です」と切り捨てる。また、「これまでの無線LANスポットは、みんな通信事業者的な発想でアプローチするから料金が高くなるのです。われわれの場合、インフラ単体で利益を出す構図ではなく、ライブドアポータルとのシナジー効果の中で利益を出すように考えています」と付け加える。

 ただ、シナジー効果といっても、どれほどの利益が期待できるのか未知数ではある。それについて照井氏は、「ログインすると必ずライブドアのポータルを通過します。ページビューが上がるのは当然ですが、そこからあらゆるサービスへ誘導できればトランザクションで稼ぐことができます。逆にいうと、ほかの通信事業者のように、インフラ単体で利益を出そうとすると、とても525円ではサービスできません」と、D-Cubic独自の収益構造の可能性を維持することへの自信を見せる。

 そのためか、既存の無線LANスポット事業者が追従してくることへの警戒感はまったくない。それよりむしろ「Yahoo! BBモバイルの方が気になります」と明かす。確かにD-Cubicの発表に触発されたかのように2002年5月から3年以上にわたり無料試験サービスという位置付けで、煮え切らない態度を続けてきたYahoo! BBモバイルだが、10月2日で無料試験を終了し、その後、新たな商用サービスを開始すると発表している。

 では、なぜYahoo! BBモバイルが気になるのだろうか。「Yahoo! JAPANポータルとのシナジー効果を狙って無線LANを面で展開してくると、われわれとビジネスモデルが完全にバッティングするからです」とのこと。また、冗談とも本気ともうかがい知れぬ口調で「仮に、楽天がインフラ事業に参入してくるともっと大変になりますね」と笑う。確かに、ライブドア、Yahoo! JAPAN、楽天の3社は、同じようなレールを敷いてビジネスを展開しているので、ライブドアからすると、大いに気になる存在であろう。しかし、もし仮にこの3社が一斉に無線LANを面で展開するようなことになると、ユーザーとしては、早期に、そして密にエリアが広がることになるので、喜ばしいことのように思うのだが……。それに、この3社がローミングでもしてくれた日には、矢でも鉄砲でも持ってこい! どんと受けて立ちまっせ、という感じだ。

ローミングは実施されるのか? エリアはどのように展開されるのか?

 まあ、夢のような話はさておいて、面で展開するD-Cubicと、すでに空港、地下鉄、ホテルなどで展開している、既存事業者(ホットスポット無線LAN倶楽部Mzoneなど)とのローミングが実現するだけでもユーザーからするとかなりうれしいのだが、「われわれと組みたいという要望があれば喜んで検討します」と、決して排他的な姿勢は示さない。ただ、どうだろうか。相互乗り入れの際、技術的な部分は何とでも解決の方法はあるだろうが、こうまでビジネスモデルが異なると、条件面での折り合いが付くようにはとうてい思えない。例えば、ホットスポットの料金は月額税込1680円(参照:ホットスポット料金メニュー)だ。これと525円という3倍からして料金が異なるD-Cubicの両者が、ソフトランディングできるポイントを見つけることなど常識で考えたら不可能であろう。NTTコミュニケーションズ側が料金面で妥協すれば話は違ってくるだろうが、彼らとて、先駆者としてのメンツがあるだろう。ただ「ユーザーに対し、本当に使いやすい無線LANを提供するという気概があれば、全事業者を挙げてローミングを真剣に検討する必要があります」と力説する照井氏だ。しかし、その一方で「Yahoo! BBモバイルとは、ビジネスモデルがぶつかるからやりにくいですね」と本音もチラリ。

 提供エリアについては、記者発表の際にライブドアの堀江社長自身が、「2200台のアクセスポイントで山手線内の80%をカバーし、その後、2006年末までに関東1都8県、2007年末までに全国主要都市に広げる」と明言していたので、大いに頑張っていただきたいものだが、本当に面でベッタリとカバーしてくれるのかという疑問は残る。これについて照井氏は、「面で展開といっても、無線の宿命なので、接続できないポイントはどうしても出てきます。ユーザーの意見を取り入れながら、プライオリティを考慮して、どこでも接続できるように努力します。こればかりはやってみないことには分かりません」という。

 第1世代、第2世代、第3世代の携帯電話、PHSなど無線関連サービスの開始当初は、都会のド真ん中であっても、圏外の所がざらにあったことを思うと、それも致し方ないのだろう。そのようなデッドスポットを徐々に埋めてゆくことで完成形に近づけていく作業になるようだ。

 上記のような考え方だけに、エリアをカバーするためなら、無線の方式は決して「Wi-Fi」にこだわる必要はないという考え方だ。取材の翌日、7月15日には、照井氏自身が「ワイヤレスジャパン2005」の基調講演で、京セラの新しい無線接続技術である「iBurst」を採用すると発表している。iBurstは、下り約1Mbps/上り約350kbpsで、おおむね10キロメートルといった長い距離でも通信が可能なことから、地方都市でのエリア展開に利用するものと思われる。ただし、iBurstで使う周波数2GHz帯は総務省の事業認可が必要で、なおかつアイピー・モバイルやウィルコムといった事業者もこの帯域への参入を計画していることから、必ず実現できるものとは限らない。

アフィリエイト方式も検討

 さて、皆さんは、昔、といっても約3年前だが、米国にJoltage Networksという無線LANのサービスがあったのをご存じだろうか。これは、一種のアフィリエイト型無線LANスポット事業で、市井の市民が自宅に設置したアクセスポイントをJoltage Networksの接続ユーザーに開放することで、被利用頻度に準じてインセンティブが得られるという仕組みのものだった。「だった」というのは、いまではこのサービスのサイトにアクセスできないことから、すでにフェードアウトしてしまったものと思われるからだ。D-Cubicももしかしたらこのようなアフィリエイト形式での運用は、考えなかったのだろうか。

 「当初はライブドアのポータルサイトで、アクセスポイントの提供者を募集する方法も考えました。しかし、展開に時間がかかり、アクセスポイントの設置場所が偏るであろうことが容易に想像できるので、断念しました。また、アクセスポイント設置者へのインセンティブなどを考えると意外にコストがかかることも分かりましたから」と、当初は、アフィリエイト型も検討していたことを明かしてくれた。

9月中にはセキュリティについての指針を示す

 無線LAN接続で気になるのは、セキュリティの問題だ。ただ、無線LANセキュリティというと、通信の不正傍受やネットワークやパソコンへの不正アクセスが、まず頭に思い浮かぶのだが、照井氏によると、それよりも「なりすましアクセスポイントによるフィッシングの方が恐ろしいです」といい切る。ニセのD-Cubicアクセスポイントを設置して、クレジットカードなどの個人情報を不正に取得するやからが出てくるというのだ。しかし、このような不正行為に関しては「考え得るあらゆる対策を、各方面の有識者を集めた研究会を開き検討中です。セキュリティ対策上具体的な方法はいえませんが、9月初めまでに検討を終わらせ、10月1日のサービス開始までに、セキュリティについての何らかの指針を明確に示します」と、どんとこいの自信を見せてくれた。

 ただ、個々のパソコンへの不正侵入などの対策は「原則として、自己責任の範囲内でお願いします」とのこと。まあ、最近のパソコンには購入時からパーソナル・ファイアウォールがプリインストールされているので大丈夫であろうが、「D-Cubicの方でも、ユーザーへの啓蒙活動は積極的に実施します」というスタンスだ。

当初はビジネスユーザー獲得に注力する。 音声通話事業には興味なし

 サービス開始当初は、山手線内での展開となるため「法人営業に力を入れてビジネスユーザーの掘り起こしに注力することになるでしょう。また、IEEE 802.1x認証やVPNといったサービスも10月1日から利用できるようにします」としている。ただ、ビジネスユーザーへの取り組みは、ライブドア自身で行うというよりも「SIerなどのパートナーにユーザーIDを卸して、彼らがそこにVPNなどの付加価値を付けて販売することになると思います」と説明する。

 また、ライブドア自身も販売代理店となっているスカイプのようなインターネット電話に関しては、「パートナーが付加価値として販売することはあるかと思いますが、われわれが音声通話事業を積極的に展開するつもりはありません」とのことだ。「無線IP電話のデバイスメーカーが、D-CubicのユーザーIDをセットにして販売してくれるとうれしいですね」とも。

 ただ、一部には、“D-Cubicを使って、ライブドア携帯電話事業への参入か!?”といった意見もあるようだが、「われわれはあくまでもIPパケットを流すためのインフラを提供するのであり、結果的にスカイプのようなアプリケーションで音声通話が行われることは否定しませんが、050番を取得して電話事業をやろうなどという気は毛頭ありません」とキッパリと否定されてしまった。

インフラ事業者としての責任を全うしてほしい

 記者発表の席で堀江氏が「D-Cubicはインターネットの使い方を変える」と高らかに宣言していたのが印象的だったが、具体的にどのようなことを目指しているのだろうか。

 「例えば、携帯音楽プレーヤにしても、いまは音楽をストレージで持ち出していますが、無線LAN経由でその場でダウンロードしたり、ストリーミングで聴いたりすることができるようになります。また、デジタルカメラで撮影した画像もその場でサーバにアップロードすることも可能です」と大きな夢を語る。ただ、それには無線LAN搭載のノンPCデバイスが普及するという前提があっての話だ。しかし、照井氏は「D-Cubicの発表を聞いた、ノンPC系のデバイスメーカーからコラボレーションの話がたくさん持ち込まれており、インフラの普及に伴いそのようなデバイスが、続々と登場すると思ってください」と胸を張っていう。近い将来は、D-CubicユーザーID付きの無線LAN内蔵型携帯音楽プレーヤやデジカメが多数登場するのであろうか。

 また、カーナビへの情報配信や地上デジタル放送の再送信といったことも視野に入れて動いているという。「いまのインターネットは、さあ、ネットに接続するぞ、といった使い方が中心でリテラシーの高い人には便利だが、それ以外の弱者にとってはまだまだ使いにくいものです。無線LANに対応したノンPCデバイスが多数登場することで、使う側は意識しなくても実はインターネットで動いている、といった世界の構築を目指しています」と高い志を語るのだった。

 D-Cubicは、照井氏と堀江社長との会話の中から生まれたサービスだという。堀江社長は運転手付きのクルマで移動することが多いそうだが、車中でブロードバンド接続したいという強い希望と、照井氏自身がかねてより抱いていた無線LANの持つ可能性、といった部分で意見が一致して今回のサービス開始にこぎ着けたという。ただ、照井氏は次のように付け加える。「ライブドアというと、大阪近鉄バファローズやフジテレビの一件で、根回しをしないで突飛な行動に出る会社と思われていますが、D-Cubicの場合は、関係省庁、パートナー企業、研究機関などと事前の折衝や話し合いを十分に行ったうえでの発表です。勝算がなければやりません」と、かなりの自信を見せている。また、「各種無線機器にしても、カーナビにしても、無線IP上で提供されるサービスやデバイスを研究している人が大勢いて、その一方でわれわれのように無線LANのインフラを真剣にやろうとしている人間がいる。この両者がどこかで必ずマッチングする時期が来るはずです」と、無線LANの面展開という可能性を最後まで熱く語る照井氏だった。

 無線LANというわれわれ一般ユーザーに身近な技術で面的なブロードバンドインフラが構築されるという今回の発表は、たとえ筆者のように、年に数回しかノートPCを持ち出さない人間でも、そこにネットの入り口があるというだけで、そこはかとない安心感を得るものだ。照井氏がいうようにインターネットの使い方が変わるかどうかは別にして、インフラ事業に参入し構築を宣言した以上は、それ相応の責任が生ずる。堀江氏には、初志貫徹で、しっかりとしたインフラを構築してもらいたいものだ。

著者紹介

山崎潤一郎氏

著者の山崎潤一郎氏は、テクノロジ系にとどまらず、株式、書評、エッセイなど広範囲なフィールドで活躍。独自の着眼点と取材を中心に構成された文章には定評がある。


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