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モバイル「レイヤ2」の付加価値がもたらすメリットとはものになるモノ、ならないモノ(27)

モバイルビジネスで注目すべきムーブメントが起きようとしている。MVNO相互接続の大本命、「レイヤ2」接続ができたらどうなる?

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御社も月額1500万円で全国区キャリアになれる

 今後のモバイルビジネスの動向を占ううえで注目すべきムーブメントが起きようとしている。MVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体通信事業者)だ。ただ、MVNOという言葉自体、第3世代(3G)携帯電話が登場した当時から各所でいわれているので「何をいまさら」という感が強い。MVNOとしてサービスを開始した事業者は、日本通信の「コネクトメール」、トヨタの「G-BOOK」、象印マホービンの「みまもりほっとライン」などが有名だが、その数は限られていた。

 2008年に入って、NECビッグローブ、ニフティ、IIJモバイルなどがNTTドコモやイー・モバイルの回線を利用してHSDPAのデータ通信サービスを開始したのだが、これらは一般的なデータ通信サービスの域を出ず「このサービスでなければ」という特徴は感じられない。「MVNO」関連のビジネスについては、期待感ばかりが先行する割には、その実態は、どことなく“眠い”印象がつきまとっていたのは事実であろう。

 だが、2008年6月、山は動いた。日本通信とNTTドコモが、10Mbit/sの帯域幅を月額1500万円で「相互接続」することに合意したからだ(参照リリース:ドコモと日本通信、相互接続の実現に向け合意)。実は、この合意内容こそ、モバイル関係者に衝撃を与え、各方面からのMVNOに対する期待感を一気に高め、“眠気”を吹き飛ばすに十分なものだったのだ。

「卸」と「相互接続」の違いを知ろう

 この合意内容で押さえるべきポイントは「相互接続」と「月額1500万円」の2つ。3GのMVNOで「相互接続」を実現したのは日本通信が初めてだ。これまでは、「卸」という形態での接続しかなかった。「卸」の場合、その名が示すとおり、通信事業が「卸売り」するネットワークをMVNOが「仕入れ」、その上に自社のサービスを構築する。

 ただ、どうしても料金設定、端末の種類などで制約が多かった。また、サービス内容も特色が出しにくく、NECビッグローブ、ニフティ、IIJモバイルのMVNOビジネスが、お互いに差別化できていないのはそのためだ。

 「卸」の場合、周波数とネットワークを「持てる者」である既存キャリア(MNO:Mobile Network Operator)だけに、「言い値」の高額な料金設定も可能なわけで、MVNOは、言い値をのむか、ビジネスをあきらめるかを迫られることになる。これが、これまで多様なMVNOが登場しなかった一因でもある。ある業界関係者に取材したところ、NTTドコモから3Gを「卸」で契約して2008年の初頭からサービスを開始したIIJモバイルの場合、その月額料金は「6000万円弱だった」というから、驚きだ。

 しかし、「相互接続」になると、電気通信事業法やMVNO事業化ガイドラインにおいて、ネットワークへの「原価+適正利潤」での接続がキャリア(MNO)に対し義務付けられている。その料金が、今回の10Mbit/sで月額1500万円というわけだ。この金額は、日本通信のためだけに設定されたものではなく、今後、相互接続で参入するほかのMVNOにも適用される金額だけに、第2第3の日本通信が登場することが予想される。

 ただ、この相互接続と帯域幅課金の1500万円を上記のように文章で紹介すると短く簡単に説明できてしまうが、面従腹背でのらりくらりと相互接続を拒否するNTTドコモから、大臣裁定にまで持ち込んだ日本通信が3年近い歳月を費やして勝ち得たものだということは付け加えておこう。

 ここまでの説明を読むと、今後すべてのMVNOがコスト的な面で「相互接続」を選ぶべきで、「卸」は無意味、といった印象を受けるかもしれないが、「卸」にもちゃんと存在意義はある。例えば、今後MVNOへの参入を目指す企業が、日本通信やIIJモバイルのように通信サービス運用のノウハウを持った事業者ばかりとは限らない。それこそ、トヨタや象印マホービンといった例もあるように、他業種からの参入が増えてくるだろう。逆にそのような他業種からの参入がないと、MVNOビジネス全体に多様性がはぐくまれず、興隆は期待できない。

 しかし、他業種の場合は、通信サービス運用のノウハウは乏しい。そうなると、キャリアに管理や運営の多くの部分を委ねる「卸」での契約の方がMVNOへの参入がしやすくなる。もちろん、そのトレードオフとして「相互接続」と比較した場合、端末選択やサービス設定の自由度が失われることになるというデメリットはある。

 ただ、ここで接続コストの問題が浮上する。「卸」ともなると、IIJモバイルの6000万円弱の例のように、相互接続と比較して「言い値」の料金設定がなされ、結果的にコスト高になり、それが要因でMVNOへの参入が進まない可能性もある。そこで、総務省では、5月に改訂されたMVNO事業化ガイドラインにおいて、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル、ウィルコム、イー・モバイル、UQコミュニケーションズの6社に対して「卸」の標準的な料金プランを公表するように要請した。

 これを受けて、各キャリアは、「卸」接続の標準プランとして月額約4000万円程度の金額を公表する予定にしていたようだが、日本通信の1500万円が先に公表されてしまったものだから、「出すに出せなくなった」(総務省幹部)という事情もある。「相互接続」と「卸」の違いはあれど両者の金額があまりにかけ離れているだけに、参入を予定している事業者からすると、「この差はなんだ」ということにもなりかねない。各キャリアは、あらためて仕切り直しを行い「この秋にも標準プランを公表する予定」(総務省幹部)という。

 イー・モバイルは9月11日、他キャリアに先駆けていち早く「卸」の標準プランを公表した(参照:MVNO向けモバイルデータ通信サービス標準プラン」の策定・公表について)。それによると、10Mbit/sで月額700万円となっている。この金額だけを見るとNTTドコモの相互接続の半額以下だが、事はそう単純ではない。別途付帯費用などもあり、MVNOの事業規模などによりどちらが有利かは判断が分かれるところであろう。また、NTTドコモとイー・モバイルのカバーエリアの差も考慮する必要がある。

SIerが自社ブランドのMVNOを開始する!?

 標準プランによって接続コストが事前に分かっていれば、事業計画も立てやすくなり、MVNO参入を検討する事業者も増えると期待されている。寿司屋に入って「大トロ時価」と書かれていては怖くて頼めないが、「大トロ、本日2000円」とあれば、安心して注文するお客も出てくるだろう。

 実際、MVNO参入を検討するある大手SIer幹部は、日本通信の月額1500万円を見て「以前は夢物語だったMVNOへの参入も現実的な話として検討可能」と明かす。このSIerの場合、相互接続での参入を視野に入れているようだが、例えば「卸」での参入を予定している場合でも、近々公表されるであろう「標準プラン」が、この1500万円と比較して常識的な範囲内での価格設定がなされた場合、決して「夢物語」ではないだろう。

 大中小含めて複数の企業をクライアントに抱えているSIerはたくさんいる。そう考えると、そのようなSIerが自社クライアントのモバイラーを対象にした自社ブランドMVNOを運営することも十分視野に入るであろう。

 仮に自社クライアントのモバイラーを対象に1万人程度の小規模MVNOサービスを立ち上げることができれば、「相互接続」で1人当たりのコストは月額1500円(ほかに付帯コストも必要)となり、対既存キャリアという意味でも十分競争力のあるコストでの定額制データ通信サービスの提供が可能になる。

 エリアにしても、NTTドコモであれば、いきなり全国区キャリアに躍り出ることが可能になるわけだから、人口カバー率8割強のイー・モバイルよりも断然有利だし、MNO(移動体通信事業者)と互角に渡り合える。

日本通信 常務取締役CMO兼CFO 福田尚久氏
日本通信 常務取締役CMO兼CFO 福田尚久氏

 現に日本通信は、先ごろある企業のスマートフォンの入札においてMNOと競い、勝ちを収めたという。NTTドコモの3Gに相互接続している日本通信だけに、全国区大手MNOと比較してもネットワークの部分では遜色(そんしょく)はない。決め手は、端末選択肢の多さだったという。「既存キャリアは、HTCの端末しか用意できないが、弊社は5種類のスマートフォンを用意して端末選択肢の幅を広げた」(常務取締役CMO兼CFOの福田尚久氏)ことが勝因だった。

 このように BtoBマーケットに打って出るMVNOにとって、端末選択肢の多さも大きな武器となるだろう。MVNO事業化ガイドラインでは、「MVNOは、自ら端末を調達し、MNOのネットワークにおける当該端末の適切な運用を求めることができる」とあり、その端末に関しては、電気通信事業法の技術基準を満たしていれば、MNOは、その導入の請求を拒むことができない。

 この場合の「事業法の技術基準」というのは、JATE(電気通信端末機器審査協会)とTELEC(テレコムエンジニアリングセンター)の承認のことをいうのだが、通信機器の承認に関しては海外(欧州、シンガポール、米国)の技術基準との間で相互承認協定が運用されており、該当する基準を満たしていれば、海外の端末を導入しても、日本であらためて承認を得る必要はなく、適合性評価証明書といった書類の提出だけで、MVNO端末として導入することが可能となる。

 つまり、「世界標準と比較して度を超して厳しいドコモのIOT(接続試験)を受ける必要はない」(ベンチャー系端末ベンダ幹部)のだ。これにより、海外で販売されているスマートフォンとNTTドコモの3Gネットワークを使ったMVNOによるシステム構築のハードルを一気に下げることができる。

 これは、まもなく登場がうわさされている、GoogleのAndroid端末にもいえる。あまた登場するであろうバラエティーに富んだAndroid端末が該当する基準を満たしていれば、日本であらためて承認を得る必要はなく、MVNOとしても特徴のあるシステムやサービスを構築できるかもしれない。

 10Mbit/sで1500万円という接続料金がいかにインパクトの強いものかご理解いただけただろう。さらに、うれしいことに、この接続料金は、2009年以降下がる可能性が高い。というのは、総務省は、今年度から携帯電話各社に新たな会計規則の導入を求めた。

 それにより、携帯電話端末の値引き原資として代理店に支払われている「端末販売奨励金」が通信の原価から除かれる。つまり、これまで奨励金という、通信コストとは関係のないものまで原価として計上されていた部分にメスが入ったわけだ。そうなると「原価+適正利潤」で算出される接続料金も自動的に下がることになる。MVNOにとってさらに参入しやすい環境が整うだろう。

相互接続の本命はレイヤ2にあり

 日本通信がMVNOとしてNTTドコモに接続したネットワークで提供している現状のサービスは、「レイヤ3」接続によるものだ。だが、これはあくまでも経過的なものであり、本命ではない。現在、NTTドコモとの間で技術的な調整や開発を実施している来春開始予定の「レイヤ2」による接続が実現してこそ、MVNOとして競争力のあるサービスを構築することが可能となる(図1)。

図1 iPhone 3Gのように、3Gと無線LANをシームレスに切り替えながら通信できる可能性を持つレイヤ2接続
図1 iPhone 3Gのように、3Gと無線LANをシームレスに切り替えながら通信できる可能性を持つレイヤ2接続

 例えば、レイヤ2であれば、iPhone 3Gのように、3Gと無線LANをシームレスに切り替えながら通信するといったサービスを構築できるだけでなく「IPv6を使うことで登録済みの特定機器向けの、通信コストを抑えた高セキュリティなサービスも可能」(福田氏)となる。システム設計の自由度が格段に増し、MNOとはひと味もふた味も違うサービスを実現することが可能となる。

 海外での成功例が少ないMVNOだけに、日本でのMVNOビジネスについても懐疑的な意見が多かったのは事実だ。しかし、機は熟した。これまでは、周波数とネットワークを独占するMNOの独断場だったモバイル系のBtoBマーケットにおいて、まずMVNOビジネスが離陸するだろう。その後は、カーナビや情報家電といったユビキタス系端末の分野でコンシュマー向けのMVNOサービスが登場することになり、多種多様なモバイルサービスの華が開くであろう。

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著者紹介

ケータイ料金は半額になる

山崎潤一郎

音楽制作業に従事する傍ら、IT系のライターもこなす蟹座のO型。自身が主宰する音楽レーベルのサイト「インサイドアウト」もよろしくお願いします。最新刊『ケータイ料金は半額になる!』も好評発売中。著者ブログ 「家を建てよう」


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