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モバイルビジネスのオープン化はこれからが本番ものになるモノ、ならないモノ(22)

国内の携帯電話ビジネスが大きく変わる可能性がでてきた。総務省が立ち上げた「通信プラットフォーム研究会」の目論見とは何か。

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 2008年2月14日、日本通信はNTTドコモとの間でMVNOサービスのための相互接続で基本合意を締結したと発表した。ついに、3Gケータイ網を使った“ホンモノ”のMVNOが誕生する。

 各ニュース系メディアはこの発表を淡々と伝えているようだが、この出来事は日本の携帯電話史に刻まれるべき大事件なのだ。日本通信がドコモから借り受けた設備を使って今回の合意事案に該当するサービスを開始した場合、ドコモと同等のエリアを持つモバイル事業者が一夜にして誕生することになる。このニュースに株式市場は敏感に反応し、日本通信の株価は連日のストップ高状態を記録した。

 誤解のないように付け加えるが、今回の合意事案における相互接続は、以前もこのコラムで紹介した「ケータイメールポータビリティは開国を迫る黒船となるか?」のTANGOメールや、今年になって日本通信が開始した、iモード端末で.MacメールやGmailを利用できる「コネクトメール」での接続とは性格が異なるものだ。

 端的にいうと、コネクトメールはレイヤー3での接続にとどまり、今回の合意事案ではレイヤー2での接続が実現することになる。レイヤー2で接続したらどうなるのか。日本通信は、ドコモの基地局やネットワークを使いはするもののユーザーの端末から日本通信のサーバーまでL2TPによる専用の土管が敷かれることになる。つまり、レイヤー3接続とは異なり、日本通信に極めて高いサービス裁量権(サービス設定の自由度)が与えられることになる。

 ドコモとの間で接続協議難航の主な原因とされていた「エンドtoエンドの料金設定」と「帯域幅課金」が、2007年11月末の大臣裁定で認められたわけだから、今回事案で登場するサービスでは、その上のレイヤーで日本通信として自由な内容と料金設定で独自のサービスを構築することができる。

 ユーザー視点で見ても、ドコモと同等のエリアを持つ即戦力の使えるキャリアがポンッと誕生するわけだから、そのインパクトの大きさが分かっていただけるかと思う。加えて、契約面でもユーザーは日本通信とだけ契約すれば良いわけだから、「コネクトメール」のように、携帯電話の通信料はドコモに、コネクトメールの利用料は日本通信に、といった煩わしさもない。

 ちなみに、現状のコネクトメールで.MacメールやGmailを利用すると、その通信料はパケホーダイの適用外になる。たくさんのメールを受け取る人は「パケ死」の可能性もあるわけだ。そういった意味でも、レイヤー2接続では、総務大臣裁定で「エンドtoエンドの料金設定」と「帯域幅課金」が認められてよかったね、ということになる。

携帯電話の課金機能が外部事業者でも利用可能になる!?

 このように今回の合意により“ホンモノ”の携帯電話MVNO登場の礎が築かれたわけだが、携帯電話ビジネスのオープン化はこれからが本番だ。2007年、総務省は「モバイルビジネス研究会」を開催し、現状の携帯電話ビジネスにおけるSIMロックや販売奨励金といった諸問題の在り方に一定の道筋を示した。そして、今年は「通信プラットフォーム機能の連携」が大きな論点になる。

 総務省は、第1回「通信プラットフォーム研究会」を2008年2月27日に開催し、11月をめどに報告書を取りまとめると発表した。「通信プラットフォーム機能の連携」とは何か。ここでいう通信プラットフォームというのは、キャリアがサービスを提供するために設置している「課金機能」「認証機能」「位置情報機能」「プッシュ配信機能」「QoS制御機能」「DRM機能」といった、通信レイヤーとコンテンツ(アプリケーション)レイヤーとの間に位置してサービス全体を管理する諸機能だと思えばいい。

イメージ図

 では、これらを「連携」するというのはどういうことなのだろうか。筆者的には、「連携」よりも「開放」の方がイメージしやすく分かりやすいと思っている。つまり、現在キャリアが独占的に抱え込んでいるそれらの機能をMVNOやMVNEにも開放することで、外部からでもビジネス利用できるようにしようというものだ。

 最も分かりやすい例は、「ユーザーIDポータビリティ」であろう。現在各キャリアの中で閉ざされている「認証機能」がオープンになることで、コンテンツ利用の際に設定したユーザーIDとパスワードがキャリアを乗り換えてもそのまま利用できるというものだ。

 現状では、例えばドコモからauに乗り換えたらドコモで利用している公式コンテンツのユーザーIDは、ドコモを解約した時点で無効になる。たとえau側で、同一コンテンツプロバイダが同様のサービスを行っていたとしても、再度契約し直す必要がある。

 最近、PCインターネットの世界でも「OpenID」なるものが話題になっているが、同じようなイメージであろうか。いや、それよりも分かりやすいのは、ISPとラストワンマイル回線事業者の関係であろう。筆者は、自宅のFTTHサービスを、これまでNTT東日本→TEPCOひかり→ひかりONEと、2回3事業者乗り換えているが、上位のISPは、@niftyのまま。ユーザーIDもパスワードも以前のままのものを使い続けている。回線キャリアを変えるごとに上位ISPを変えなければならないなんて面倒で仕方がない。

プラットフォーム機能の開放は宝の山となるか?

 別の例として「位置情報」なども理解しやすいだろう。現在、キャリアがHLR(Home Location Register)やGPS機能で管理するユーザー端末の位置情報は、外部事業者が利用することはできない。もし仮に位置情報のAPIが、外部からでも利用できるようになるとしたらどうだろうか。

 例えば、大手CDショップに会員登録しているユーザーがショップの近くを通り掛かったタイミングで、「イーグルスの新譜が入荷しました」などというメールが端末にプッシュ配信されてくるのだ。Googleが地図のAPIを公開することで、世界中で地図と情報を巧みに連携させた優れたサービスがたくさん誕生したように、キャリアがモバイル端末の位置情報のAPIを公開することで、新規参入プレイヤーのビジネスの可能性は無限に広がる。

 もちろん、位置情報というある意味究極の個人情報を外部事業者に公開するわけだから、GoogleのAPIのような形でのオープン化は考えものだが、個人情報の扱いに配慮し、ちゃんとしたルールの下で、守秘義務を負う通信事業者として認可されたMVNO・MVNEに公開する分には問題はないと思う。

 このほかにも、事実上キャリアが独占しているに等しい「課金機能」なども開放が期待されるプラットフォームだ。お金を扱うことに慣れているファイナンス系の企業などからすると、この分野への参入に大いなる可能性を感じるはずだ。現に、総務省がこの研究会を開始するに当たり2007年10月から11月にかけて募集したパブリックコメントには、UCの子会社やJCBといった企業からの意見が寄せられている。参入の可能性を検討していることの証であろう。

 次の表を見てほしい。これは、前述のパブリックコメントに寄せられたインフォニックスという企業の意見から「プラットフォーム機能の範囲」を規定した項目を筆者が表にまとめたものだ。

移動体端末ソフトウェアプラットフォーム
OS/ミドルウェアAPI
ネイティブアプリAPI メール、SMS、アドレス帳、カレンダー、ブラウザなど
その他 UI変更、起動・終了画面、ボタン割当、メモリ割当などのカスタマイズ、発着呼、データ通信、カメラなどの操作

ネットワークオペレーションプラットフォーム(MVNO-MNO間)
回線アクティベーションAPI
回線停止・停止解除API
MVNOが利用する料金プラン・割引(複数ある場合)の変更API
MNP(In/Out)
端末へのプッシュ機能 メール、文字情報、アプリ起動・更新など
ユーザーID エンドユーザー-MVNO間、エンドユーザーMNO間、MVNO-MNO間のそれぞれを、適用個所別に割当
ネットワークサービスのOn/Off 通話系標準サービス:留守電、キャッチフォンなど
MNO上位サービス:音楽、GPS、映像、決済、コミュニケーションなど
その他:コールセンターへの短縮電話、災害対応、国際電話など
利用規約画面の差込・差替
フィルタリング スパムメール、有害サイト
MVNOを識別する「卸先情報」の新設 現状は「回線名義」が使われることが多く、MNP時に エンドユーザーとMVNOの間で名義変更が必要になるなど、オペレーションを煩雑化している

データ提供プラットフォーム(MVNO-MNO間)
トラフィックデータ/CDR 可能な限りリアルタイムに近いタイミングでの提供
位置情報
ブラックユーザー情報
ネットワーク/端末の障害情報
セグメント別トラフィック情報 MNOの重要経営情報に当たるため、第三者機関がMVNOを含む通信事業者から収集し提供

 これは1つの意見であり、これがプラットフォームの定義として正しいかどうかは別問題ではある。だが、これら多岐にわたる機能のオープン化についての検証を求める意見があることもまた事実なのだ。

 筆者は、技術者ではないのでこれら個別の機能についての詳細な可能性は分からない。しかし、携帯電話ビジネスへの新規参入を計画するSIerやベンダからすると、これら機能を使って顧客企業に提案するビジネスが次から次へと浮かんできて、宝の山に見えるのではないか。

2歩も3歩も先を走っている日本が先鞭をつけるべき議論

 一方、開放を迫られるキャリアは、これについてどのような見解を持っているのだろうか。これ以上の加入者数の伸びが期待できず、定額料金の登場でARPUの伸びも期待できない既存キャリアとしては、今後はプラットフォーム部分から創出されるさまざまな新規サービスが収益増の頼みの綱のはず。とてもではないが、プラットフォームの開放など受け入れられないだろう。

 現にドコモは、前述のパブリックコメントの中で「プラットフォームは競争力の源泉でありこれをオープンにすることは公平な競争にはならない」といった趣旨の意見を婉曲に述べている。ドミナント事業者であるだけに、はなから全面否定することは避けたのであろう。ひたすら当たり障りのない、「作文しました」的な表現を使った言葉の迷路のような否定は読んでいて笑える。

 オープン化を推進する総務省のある幹部は、ドコモの意見に対し「ドミナント事業者が、『競争力の源泉』という言葉を使うこと自体、自分たちが今後もコンテンツ市場を支配したい気持ちの表れ。それこそ公平な競争とはいえない」と憤る。また、「キャリア幹部は、“研究会を開催するのは勝手だが、われわれは(開放には)大反対”と公言している」(総務省幹部)とも付け加える。

 業界内からも、プラットフォーム開放が実現された場合のビジネス上の実効性に否定的な意見もある。iモードの立ち上げにかかわったある大手ソリューションベンダの技術幹部によると「NTTドコモは、2002年から総務省の開放施策に沿って、ネットワークの接続ポイントを設けiモード事業への他社の新規参入に備えてきた。だが、グループ会社が企業向けのサービスを細々と立ち上げただけで、大手プロバイダなどはいずれも参入を見送ってきた。プラットフォームが開放されても、本当に参入する事業者が現れるのか」と疑問を呈する。

 また、旧電電ファミリー企業のある幹部は、「プラットフォームの開放まで迫る総務省は、その結果に責任を持ってくれるのか」と、政策の失敗に責任を取ろうとしない行政の体質を引き合いに出し疑問を投げ掛ける。

 とはいえ、今後成長が鈍化することが予想されるモバイル市場だけに、次の一手が求められていることは確実であり、その切り札といえるのが、「プラットフォームの開放」であることは間違いない。前出の総務省幹部は、「米国や欧州に比べ、モバイルコンテンツ市場が成熟している日本だからこそ実施されるべき議論。2歩も3歩も先を走っている日本が先鞭をつける」と並々ならぬ決意を示している。

 最後に付け加えておくが、「プラットフォームの開放」は、FMCの推進との絡みで、NTTが推し進めるNGNといった次世代の固定網との連携も議論されるべき問題だ。ただ、本コラムでは論点を絞るためにモバイル分野についてのみ言及した。

「ものになるモノ、ならないモノ」バックナンバー

著者紹介

著者の山崎潤一郎氏は、テクノロジ系にとどまらず、株式、書評、エッセイなど広範囲なフィールドで活躍。独自の着眼点と取材を中心に構成された文章には定評がある。

近著に「株は、この格言で買え!-株のプロが必ず使う成功への格言50」(中経出版刊)がある。

著者ブログ
「家を建てよう」


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