シンプルなUIにしたたかさも兼ね備えた世界に誇りたくなる日本発の音楽系サービス「nana」:ものになるモノ、ならないモノ(49)(2/2 ページ)
他の人とコラボし、「非同期」で多重録音しながら音楽を作り上げることのできるユニークなサービスが登場した。ユニークなのはそのUIや使い心地だけではない。音楽系サービスならば避けられない、著作権にまつわるリスクを巧みにかわしているのだ。
デジタルミレニアム著作権法に則ったサービス運用
これは筆者の想像だが、米国に本社を置くことで、裁判沙汰になるリスクも減るのではないだろうか。米国においては、前述のようにデジタルミレニアム著作権法に準拠した運営を心がけていれば、基本的に問題はない。
日本においては、JASRACはサーバが海外に設置されていても配信の主体が国内にあれば、「配信者属地主義」という考え方を唱えるが、その考え方を適用すると、nanaは米国のルールに従ってさえいればおとがめなしということになる。まあそれ以前に、nanaはJASRACとの包括的契約を結んでいるので、少なくとも日本と米国においては、訴訟リスクから逃れられるというわけだ。
一方、米国と日本以外の権利者が、米国籍のnanaを法廷の場に引きずり出そうとすると、米国で権利侵害の裁判を起こさなければならない。これは、あまりにもハードルが高い。
このあたりの運営スタンスが、冒頭で述べた、テリトリー主義の裏をかいているようで、なんとも頭の良さを感じてしまう。もちろんnanaとしても、米国や日本以外の国であっても、権利者からの申告があれば「デジタルミレニアム著作権法の考え方で対応する」というスタンスなので、権利者への配慮を欠いた運用を行うつもりはない。
リバーブなどのエフェクトも実装されている。将来は、AutoTune(T-PainやPerfumeが使っている音声系エフェクト)やボイスチェンジャーといった声を変えることのできるエフェクトも搭載する予定だとか
詳細は後述するが、スタートしたばかりのnanaにはまだ売り上げがない。そうなると、JASRACへの楽曲使用料の支払いは、大きな負担になるのではないかと心配になるが、「現在は、売り上げがないので月額基本料金5250円だけ」だという。
JASRACの使用料規定によると、nanaのような端末の外に音楽ファイルを持ち出せない形式の場合、売り上げなしのストリーム配信の規定が適用され、基本料金だけでOKというわけだ。だが、何らかの形で売り上げが上がると、収入の3.5%を支払わなければならない。利益ではない、該当するサービスからの全収入の3.5%だ。なかなかがめついなあとは思うが、そういう決まりだから仕方がない。
ちなみに、JASRACには、どの曲が何回使用されたのかという報告をしなければならないのだが、「申告期日は1年後なので、その方法をこれから考える」(文原氏)という。
「とにかく走りだそう、で、方法は走りながら考えよう」というリーンスタートアップ的な考え方を貫いており、何ともシリコンバレー的な事業スタイルだ。具体的な方法としては、楽曲のコメント内に記載された曲名を自動でピックアップして、使用楽曲と使用回数を報告することになるようだが、中には楽曲名が記載されていないコメントもある。それについては「手作業でやるしかないかもしれない」(文原氏)というから大変そうだ。
大手ネット企業に買収されるYouTube型モデルもありか?
マネタイズ方法について聞いてみた。現状、nanaは、CEOの文原氏を含めてフルコミットのメンバー2人と、非常勤のエンジニアやデザイナーの合計4人で運営されている。孫泰蔵氏(孫正義氏の弟)が率いるモビーダジャパンからの出資金が頼りだが、どこかでマネタイズを考えないと事業の継続はおぼつかない。
「カラオケ演奏やエフェクトをアドオンで販売したり、有料会員制度のようなものを設けて長尺楽曲の投稿を可能するなどの方法を模索中」(文原氏)という。あるいは、世界展開の暁には、シリコンバレーあたりのベンチャーキャピタルからもお金を引き出し、事業継続とユーザー数を増やすことを最大の目標とし、最終的には、大手のネット企業に買収されるというモデルもありなのかもしれない。ちょうどYouTubeがそうであったようにだ。
思えば、これまでいくつかの音楽系スタートアップが登場したが、中には著作権絡みの問題でつぶされてしまったものもある。その点nanaは、米国のルールの下で運用する体制を作りながら、JASRACとも契約を結ぶという方法で、著作権にまつわるリスクを巧みにかわしている。
日本で商用インターネットが開始されてから20年を経た今、nanaのようなサービスを見ていると、やっと日本もこのようなスタートアップが登場する土壌が形成され始めたのかと思う。少し前なら、音楽絡みのネット系サービスというと、権利侵害のリスクを恐れて、出資に尻込みするキャピタリストも多かった。
ただ、考えてみよう。音楽絡みのサービスに言語の壁はない。日本発のスタートアップがグローバルを目指すなら、音楽系のサービスは有望なジャンルにも思えるのだ。音楽好きの一個人として、nanaのようなフォロワーが続いて登場することを願っている。
著者プロフィール
山崎潤一郎
音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライターもこなす。大手出版社と組んで電子書籍系アプリもプロデュースしている。ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Manetron」「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。音楽趣味はプログレ。OneTopi「ヴィンテージ鍵盤楽器」担当。近著に、『心を癒すクラシックの名曲』(ソフトバンク新書)がある。TwitterID: yamasaki9999
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