MVNOは死滅するのか? 大臣裁定申請を機に考えるその意義:ものになるモノ、ならないモノ(52)(2/2 ページ)
日本通信が総務省に対し、NTTドコモの接続料に関する総務大臣の裁定を求める申請を提出した。いったい何が問題なのか。そしてそもそも、MVNOがサービスを展開する意義とはどこにあるのか。
「分母」の決め方を巡り対立
さて、今回の問題の争点について考えてみたい。一言でいえば「接続料の算定方法」において、両者の言い分が食い違っていることが原因だ。接続料は「原価+適正利潤」で算定するように決められているのだから、通信の「原価」を算出すれば揉めることはあり得ないと思うのだが、ことはそう単純ではない。
測定年度 | 2007年度 | 2008年度 | 2009年度 | 2010年度 | 2011年度 |
---|---|---|---|---|---|
10Mbps当たりの接続料 | 1441万4934 | 939万6038 | 635万8418 | 452万3632 | 約148万6000(日本通信の主張) |
10Mbps当たりの接続料 | 284万6478(NTTドコモの最新の約款) |
前回、2007年の大臣裁定の際、両者は「10Mbps当たり月額1441万4934円」の接続料で合意した。「合意」というと、日本通信とNTTドコモ間だけの取り決めのように思えるが、接続約款に明記され、他のMVNOもNTTドコモに接続を申し込めば、この金額でNTTドコモと同等のエリアを有するモバイル通信を「仕入れる」ことができる。
その後、接続料は毎年下がり、2010年度には10Mbps当たり月額452万3632円まで下落した。接続料が毎年下落するのは、トラフィックの増大に合わせて、NTTドコモが設備のキャパシティを増強するため計算を行う際の、「分母」が増えるからだ。分母が増えれば当然「10Mbps当たり」の額は下落する(下図を参照)。
ちなみに、接続料が下落しているのだからMVNOが年々有利になるだろう、という意見もあるが、それは違う。トラフィックが爆発的に増大しているのだから、MVNOもそれに合わせて帯域を増強しなければならない。有利になるどころか、値下がり率が増強分に追い付かず、MNOと比較して不利なサービス設計を強いられているようだ。
問題の争点は、この「分母=設備のキャパシティ」の算出方法にある。2007年当時は、この部分を「短期的に測定することは困難」というNTTドコモ側の主張もあり、暫定的な計算式で決めたらしい。そこがいまになって揉めているわけだ。NTTドコモ側はこの分母を少しでも少なくしたいわけだし、一方、日本通信は少しでも多くしたい。
次の図を見てほしい。基地局から、MVNOの接続ポイントに至るまでのネットワークのキャパシティを概念的に示したものだ。
基地局は、エリアをカバーするためにたくさん設置するわけだから、必然的にキャパシティの総和が大きくなる。一方、バックボーンに設置された各種装置のキャパシティは、MVNOとの接続ポイントに向かって集約されていくので、だんだんと少なくなる。日本通信は基地局側で算出すべきと主張し、NTTドコモは、MVNOとの接続ポイント側で算出すべき、と主張している。
総務省もさじを投げた算出根拠のあり方
この問題については、総務省の「モバイル接続料算定に係る研究会」において検討が行われたが、2月末に公開され、6月24日に最終検討を終えた研究会の報告書案では、以下のような、玉虫色の記述でお茶を濁している。
データ接続料については、(中略)事業者間で必ずしも意見が一致していないため、(中略)更なる調査・検討が必要であると考えられるため、必要な検討ポイントを指し示すにとどめることとした。
筆者は第7回(最終回)の研究会を傍聴したのだが、吉良裕臣総合通信基盤局長と東海幹夫座長が、結論を出せなかったことへの弁解的トークで研究会を締めくくるという、いささか情けない空気感に、こちらが情けなくなってしまった。総務省も研究会もさじを投げた格好だ。
ただ、次のように考えるべきではないだろうか。両者が主張するように、ネットワーク上のいずれか特定のポイントのキャパシティを基に算出するのではなく、下図の計算式で示したように、各ポイントのキャパシティを考慮した上で接続料を算定すればよいのだ。理屈の上では、この計算式こそが大正解ではなかろうか。
ただ、NTTドコモにいわせると、キャパシティの計算はそんな単純なものではない! ようだ。
それは、前出の報告書に次のような理由で記載されている。基地局の設備は、ピーク時や地域により利用率が異なり、必ずしも常時利用されているわけではない。そのため単純に総キャパシティを算入するのは、分母が実際より大きくなり過ぎて適切ではない、というのだ。確かに基地局の設備は、そのすべてが常時利用されていないように見えるので、その総和を算入するのは間違っているように思える。
ただし、それは回線交換式の考え方であり、データ通信の場合は、用意された帯域を利用者で分け合う仕組みなのだから、エリア内にユーザーが1人でもいる限り、その基地局のデータ通信設備は、常時利用されているともいえる。特に、スマートフォンは、バックグラウンドで自動的に通信を行うわけだから、利用されていない基地局などないのではないか。もし、データパケットがまったく流れない基地局が存在した場合は、計画性を欠いた過剰設備ということで、その設備負担を計算式に算入してMVNOに押し付けるのも間違っている、という話にはならないのか。
……とまあ、こういったややこしい話に満ちあふれているので、総務省や研究会もさじを投げたのだろう。しかし、このままでよいわけはない。やはりここは、監督官庁である総務省がしっかりとしてもらわなければ困る。以前の大臣裁定の折り、ある総務省幹部が筆者にいった「総務省が土俵に上がって一緒に相撲をとってはだめ。行司に徹すべし」と。
行司に徹するのであるならば、まず議論の前提として、その職務を全うするための情報=NTTドコモの通信原価を完全に把握すべきではないか。基地局からMVNOの接続ポイントに至るあらゆる部分の通信原価を、NTTドコモを丸裸にできるくらいに徹底的に調べ上げた上で、接続料についてのジャッジを下すべきだと考える。逆にいうと、これまで「暫定的な計算式」を許してきたのは、監督官庁として「正しい原価」を把握しないまま放置してきたということだ。
総務省は、東西NTTにおける固定通信の原価については、アンバンドル政策を実施した際、かなりの確度で把握していると聞く。ならば、次はモバイルの番だ。大臣裁定を下すために、実際に両者の主張や情報を検討するのは、電気通信紛争処理委員会の役割となる。委員たちの責任は重大だ。この問題は、日本のモバイルビジネスの進む方向を大きく左右するだけに、論理的で納得のいく裁定を期待したい。
著者プロフィール
山崎潤一郎
音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライターもこなす。大手出版社とのコラボ作品で街歩き用iPhoneアプリ「東京今昔散歩」「スカイツリー今昔散歩」のプロデューサー。また、ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。音楽趣味はプログレ。OneTopi「ヴィンテージ鍵盤楽器」担当。近著に、『AmazonのKindleで自分の本を出す方法』(ソフトバンククリエイティブ刊)がある。TwitterID: yamasaki9999
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