Webちらし、国産RSSリーダーのいきさつと人工知能化の野望:ものになるモノ、ならないモノ(10)
数回にわたり、国内のWeb2.0企業にフォーカスし、その姿を見ていく。第2弾の今回は、国産RSSリーダーのグルコースに国産RSSが生まれた経緯と今後の検索やRSSの姿について話を聞いた (編集部)
国産Web 2.0企業を量産しよう
自らが開発したRSSリーダー(参照:「5分でわかるRSS。Web更新情報を効率的に知る技術」)が、NTTレゾナントにgooRSSリーダーとして採用され、そして、その勢いを借りるように、日本を代表するWeb 2.0サービスともいえるmixiが新しく開始した「mixiミュージック」に専用ソフトを提供する若い会社、それが今回紹介するグルコースだ。
国立情報学研究所・早稲田大学の学生を中心に運営され、東京・文京区の住宅街に溶け込むようにたたずむガレージ風のワンルームマンションで日夜ソフトウェアの開発にいそしむこの若い会社に、1998年、スタンフォード大学で博士号候補であったラリー・ページとセルゲイ・ブリンによって設立されたGoogleの面影をダブらせるのは、買いかぶり過ぎだろうか。
当事者たちの取材を基に、そんな誕生して間もない若いWeb 2.0ソフト開発会社の歴史と可能性をノンフィクション仕立てのストーリー風にまとめてみた。エンジニアの皆さんにとって、将来、国産Web 2.0企業を打ち立ててみるときの、なんらかのきっかけ、もしくは勇気を与える材料になってくれれば幸いである。
研究室内Web日記のやりとりがブログの可能性を気付かせた
現在、国立情報学研究所に籍を置く、大向一輝がブログに出合ったのは、いまから4年ほど前である。それは、あたかも運命に導かれるままに出合うべくして出合ったものであり、必然のなせるワザだったのかもしれない。
それまで大学で、約50人の生徒を抱える人気の研究室で教授の手伝いをしていた大向だが、2人の教授で切り回していたこの研究室の教授の1人が1年間渡米することになった。
トップの1人を欠き、ともすれば、バラバラになりそうなこの大所帯研究室の学生のお守りを託された大向がまず考えたのは、学生の考えを知ったうえでコミュニケーションを絶やすまいとすることだった。大向は、大部隊を率いる沈着冷静な司令官を思わせるその双眸(そうぼう)に鋭い光を宿しながら「Web日記を書かせることを思い付きました」と語る。
20〜30人の学生たちがその日の研究や行動をWeb日記につづり、おのおのの考え方でつづられる日記を、同時に俯瞰(ふかん)して読んでいるうちに、大向はこれまでのネットでは経験したことのなかった不思議なコミュニケーション──ブログでいえば、トラックバックやコメントといった機能──が生まれていることに気付き驚いた。
当然のことだが、当時の大向はブログの存在を知らない。だが、この経験は、そんな大向に無意識下にブログの本質を知らしめ、その先の沃野(よくや)にたどり着かせるのに時間はかからなかった。
「Web日記について、調べるうちに、ブログの存在を知り、Movable Typeに出合いました」と語る大向だが、Movable Typeが実現しているその洗練されたユーザーインターフェイスに魅了された。
確かに、ブログ以前のWeb日記は、掲示板のような色気のないインターフェイスと画面で構成されているものが多く、日々触れるツールとして、インターフェイスにもそれなりの満足度を求める者を満たすことは難しい。
Movable TypeがRSSフィードを送信するのを見た瞬間に生まれたRSSリーダー
大向が本来研究のテーマとしていたのは、セマンティックWebだ。だが、その技術を実現するためのルールや使い方はあまりにも難しく、学術的な研究として見た場合、実に挑戦しがいのあるテーマではあるのだが、では一般の人がこれを使って情報発信を行えるか、と考えたとき、大向の中には常に疑問が浮き沈みしていた。
しかし、Movable TypeがRSSフィードを送信するのを見た瞬間に、積年の疑問が全身の毛穴という毛穴から霧散していくのを感じ、「これなら一般ユーザーが難しい技術や使い方を意識することなく、セマンティックWeb的なことが行えると感じました」というのだ。まさに、自分が理想としていたWebの使い方と長年の研究テーマが1つに結び付いた瞬間だ。
父親が情報学の教授をしている関係で、12歳のころからインターネットに親しんでいた安達真は、大学に入ってからというもの新聞各社のニュースサイトから記事を自動で集めてくるニュースリーダー作りに没頭していた。このニュースリーダーこそ、同社の名前にもなっているRSSリーダー「グルコース」の前身である。
大向同様、当時の安達もブログの存在はまったく知らなかったのだが、ニュースリーダーで記事を管理する仕組みにRSSを利用していた。「新聞各社は記事のフォーマットがバラバラです。ソフトウェア内で記事を管理するためには、『見だし』や『本文』を区別するために何らかのルールを決めてやらなくてはなりません。そこで、条件が重なるRSSに注目して使っていました」と、いまだあどけなさが残る顔をほころばせる。
自作のクローラーが主流だった当時、どのようにしてRSSに思い至ったかという疑問に、「たまたまです」と屈託のない無邪気さを振りまく安達だが、当時からRSSに着目していた大向が、そんなグルコースを放っておくはずはなかった。RSSフィードの可能性に気付いた男と、無意識ながらRSSを実装していた男の、それまで別方向に向かっていた2つの異なるベクトルが交差した瞬間だ。
「goo」のRSSリーダーとしてスタート
2人の共同作業の結果として生まれたのがRSSリーダーである「グルコース」なのだ。そして、この先進的なソフトウェアは、NTTレゾナントの目に留まり同社が運営する検索サービス「goo」から提供されるRSSリーダーとして採用されることになった。
実は、グルコースを法人化した際に面白い逸話がある。グルコースのRSSリーダーを採用したいNTTレゾナントだが、当時のグルコースはまだ学生と研究者の集まり、つまり任意団体でしかない。「会社ではない個人の集まりに、ビジネスとしてお金を払うすべがないので、名目上だけ子会社の“アルバイト”という形になってくれないか、と打診されました」と大向は苦笑する。
それにしても大企業の柔軟性のなさは、官僚主義の牙城ともいえるNTTグループだけのことはある。“アルバイト”という言葉にカチンと来た大向は、だったら会社を作ってやろうではないかと、法人化を決意した。2年前のことだ。
検索しなくても必要な情報が集まってくる「人工知能検索とRSS」
RSSの可能性について、大向はいう。「ブログにRSSフィードの機能がなくてはならない必然性は感じないのですが、いまこうやって数多くの個人ブログが誕生すると同時に企業サイトのブログ化も進行している現実を見ると、ネット上を膨大な数のRSSフィードが飛び交っているのは事実です。これを利用しない手はないと考えてます」と。
また、RSSフィードによってもたらされる情報は、「更新日」「タイトル」「見出し」「本文」といったルールがきっちりと決まっている。かつて、安達がフォーマットの異なる新聞各社の記事を収集してそれを整理するためにRSSを利用したときと異なり、いまは、最初からRSSのルールにのっとった形で情報が飛び交っている。であるならば、飛び交っている情報を集めて整理整とんすれば「検索」を超越する情報の収集が可能になると考えたのだ。
大向はこうもいう。「検索は、情報へ到達する経路を教えてくれるだけです。その情報が自分に必要なものかどうかは、最終的に人間が判断しなければなりません」。しかし、グルコースの到達点はもっと壮大だ。
ブログのようなものに、自分の興味のあることを日々書きつづっていたら、飛び交うRSSの中から、そのブログ記事に関連するメタ情報が選別されて、自然と必要なもののみが集まってくる、そんな人工知能的な検索や結びつけができるソフトウェアを作ろうとしているのだ。
まさに実現すればGoogleを超えるポテンシャルを持つアプリケーションの登場となるであろうが、彼らにそんな気負いはない。「自分たちで納得のできるものを作り続けていきたい」と、あくまでも肩の力を抜いてのチャレンジだ。
RSSがコミュニケーションを潤滑にする
彼らが、mixiミュージックのために作った「mixi station」もそんな夢の情報収集ツールへの第一歩といえる。mixi stationをインストールしたパソコンでiTunesなどで再生した楽曲の情報が自動的にmixi に送信され、そこからコミュニティやコミュニケーションを発展させようというのがこのサービスだ
ブログの場合、自ら“書く”という行為を通じてコミュニティに対し意思表明をし、それがコミュニケーションのきっかけとなる。だが、mixi stationは、音楽を聴くという極めてスタンドアロンな行為の裏で、mixiミュージックというコミュニティに対し、無意識の意思表明を行い、それがコミュニケーションのきっかけとなるのだ。
ただ、mixi stationの場合は、RSSを利用しているわけではなく、楽曲ファイルにエンコードされているタグ情報の交換を行っているにすぎない。だが、これとて、RSS同様、楽曲ファイルのタグという、ルールにのっとった情報をコミュニケーションのきっかけに使おうとしてるわけだから、その根底に流れる思想は同じであろう。
RSSの申し子ともいうべき若者達の飽くなき挑戦はいま始まったばかりだ。私のような年寄りからすると、いま、ネットで起こっているムーブメントを「Web 2.0」といわれると実に素直に納得するのだが、彼らのように物心ついたときにはインターネットがあった世代からすると、実はいまこそがWeb 1.0であり、本当のインターネット革命の担い手は彼らに違いないと納得してしまうのだ。
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著者紹介
著者の山崎潤一郎氏は、テクノロジ系にとどまらず、株式、書評、エッセイなど広範囲なフィールドで活躍。独自の着眼点と取材を中心に構成された文章には定評がある。
「山崎潤一郎のネットで流行るものII」
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