フェムトセル無料配布で浮上した「ただ乗り」問題:ものになるモノ、ならないモノ(42)(2/2 ページ)
ソフトバンクモバイルが通信品質改善策の一環として打ち出した、フェムトセルの無料配布。それがトラフィックの「ただ乗り」だとしてプロバイダ各社の怒りを招いている
ブロードバンドのユーザーを奪われる可能性!?
では、プロバイダにとってSBMのフェムトセルは、具体的にどのような問題を抱えているのだろうか。
まず1つは、前述したネットワークの「ただ乗り」問題だ。ただ、これについてはNTTのフレッツ系同様、SBMからプロバイダに対し、ネットワークの使用料が支払われることで決着を見るようだ。日本経済新聞は7月13日の記事で「フェムトセルの利用者1人当たり月額数十円の回線使用料をプロバイダ各社に支払う方向で協議」と報じているが、あるプロバイダ関係者も「音声通話を含めた平均の実測値で数十KB程度のトラフィックだと聞いている。その程度が妥当な線」と明かす。
とはいえ、お金だけでは容易に解決しない問題もある。プロバイダ側からすると「フェムトセルからのトラフィックの予測ができない」ことが大いに問題であり、「現在、SBMにピーク時のトラフィックの提出を求めているが、返事がない」(プロバイダ関係者)状況だという。
フェムトセル経由の通信は3Gでの接続となるため、過大なトラフィックが流れることはないのかもしれない。だが、iPhoneからでもUstreamの放送が可能になるなど、常にトラフィックが流れ続けるような携帯電話の使い方も可能な時代だ。プロバイダからすると「予測できない」ことにいら立ちを覚えるのは当然であろう。
そして、最も厄介なのが「第三者利用」の問題だ。「ホームアンテナFT」は、電波の圏内であれば、誰でも(SBMの3Gユーザーのみ)携帯電話の通常基地局と同様に接続して利用することができる。実際、「接続に事前登録は要らない。ソフトバンクの3G携帯電話でフェムトの圏内であれば、誰でも利用可能」(SBM広報)という。
だが、ほとんどのプロバイダは、契約者やその家族以外の第三者がブロードバンド回線を利用することを契約約款等で禁じている。第三者の利用をプロバイダ側が知り得るところとなった場合、契約違反で通信を遮断されても、ユーザーとして文句はいえないわけだ。この部分に関していうと、SBMとの交渉上、明らかにプロバイダ側に有利な状況のようにも思えるが、事はそう単純ではなさそうだ。
「第三者利用の禁止を理由にフェムトセルの設置を制限すると、ソフトバンクにブロードバンドのユーザーを奪われる可能性がある」(プロバイダ関係者)というのだ。つまり、設置を禁止した途端に、Yahoo! BBの営業担当が「うちならフェムトセルOKですよ」とユーザーを奪い取っていくことを危惧しているのだ。ADSLモデムを街頭で無料配布するほどのイケイケ営業を展開する事業者だけに、そのくらいのことは想像に難くない。
増え続けるトラフィックをインターネットに流してしまえ?
「ブロードバンド回線の第三者利用」という観点で思い出すのが、無線LANの「FON」であろう。自宅の無線LANアクセスをほかのFONユーザーに提供する互助会システムのようなこのサービスも、やはり第三者利用の禁止事項に抵触する恐れがある。だが、現実には「FONの設置は黙認状態」(プロバイダ関係者)であり、今回のように問題が顕在化してはいない。
プロバイダとしても、フェムトセルの第三者利用を問題視するのであれば、FONが登場したときに断固とした態度を表明していればよかったのにとも思うのだが、「FONの場合は、ボランティア精神というか、インターネットの性善説に依拠した思想が根底にあったし、数量的にも脅威ではなかったのでほとんどのプロバイダは黙認している」(プロバイダー協会幹部)と話す。
上記のような問題のほかにも、障害発生時の対応、緊急電話の位置情報確認、サポート対応の切り分けなど、通信事業者の義務としてしっかりとした体制を整えておかなければならない部分での協議がまったく進行していないという。携帯電話はいまやライフラインとして人々の生活に根ざしているだけに、そのあたりの協議が整わない状況は、ユーザーとしても歓迎できない話だ。
監督官庁である総務省は、2008年の12月2日に「フェムトセル基地局の活用に係る電波法及び電気通信事業法関係法令の適用関係に関するガイドライン」を公開している。だが「このガイドラインは曖昧な点が多く、今回のようなケースの抑止力にはならない。本来なら紛争処理委員会マターだ」と、プロバイダ関係者は怒りをあらわにする。
ならば、波紋が広がったいまこそ総務省が何らかの形で動けばよいと思うのだが、SBMに対し5月20日に「要請」という形でプロバイダとの協議を促したほかは、それ以上の踏み込んだ措置を実施していない。「事業政策課は事なかれ主義なので、事を荒立てないだろう」(総務省幹部)と静観の構え。
要請を受けたSBMは、「引き続き協議を実施している」(SBM広報)としているが、別のプロバイダ関係者は、「要はお金で解決できる問題。公表前にプロバイダ側に金額を提示して事前に話し合いを進めていればここまでこじれることはなかったはず」といい切る。
今回、一連の取材を通じて感じることは、周波数を割り当てられ、国民にケータイという公共サービスを提供する携帯電話事業者としての義務って何だろうという部分だ。NTTドコモは潤沢な資金にモノをいわせ、一説には7兆円とも8兆円ともいわれる強力なインフラを構築している。その一方で、資金力に劣るSBMは、貧弱なインフラを補うためにフェムトセル、無線LANといった増強策を講じているが、増え続けるトラフィックの一部は公共性の高いインターネットに流れることになる。
YouTubeやGyaOが登場したときも騒ぎになったが、今回のフェムトセルの問題も、通信事業者の義務、ユーザーの利便性、ネットワーク中立性の問題などが複雑に絡み合って、ネットワーク社会の出口の見えないジレンマのようなものを感じてしまう。
■お知らせ
本コラム第39回「電子出版をめぐる4つの疑問」でお話を伺った、オンブック編集長の市川昌浩氏がお亡くなりになりました。突然の訃報に愕然としました。ITと出版の両方のリテラシーを持った優れた人であり、電子ブック時代の幕が開き、まさに同氏の時代がやってきた矢先のことです。さぞ無念だったことでしょう。ご冥福をお祈りいたします。
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著者紹介
山崎潤一郎
音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライター稼業もこなす蟹座のO型。iPhoneアプリでメロトロンを再現した「Manetron」、ハモンドオルガンを再現した「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。音楽趣味はプログレ。近著に、『ケータイ料金は半額になる!』(講談社)、『iPhoneアプリで週末起業』(中経出版)がある。TwitterID: yamasaki9999
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