作り手のモチベーションから見た「Apple Music」のカタチものになるモノ、ならないモノ(66)(2/2 ページ)

» 2015年07月22日 05時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]
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1ストリームにつき0.4円という分配額――高い? 低い?

 通常のダウンロード販売と比較すると、総収入を利用回数に応じて案分し算出されたiTunes Matchの単価が、かなり低いことがお分かりいただけるだろう。ただ、誤解してほしくないのだが、「iTunes Matchの利用単価がこんなに低いのでApple Musicの収益も低いだろう」と言うつもりはない。

 iTunes MatchとApple Musicは異なるサービス構造を持っており、算出方法も異なる。Apple Musicは、1ストリームにつき1カウントだが、iTunes Matchは、1ダウンロード=1カウント、5ストリーム=1カウントと規定されている。そのため単純に比較はできない。ここでは、総収益による案分方式と従来のダウンロード販売との規模感の差のようなものを理解してほしいのだ。

 また、案分方式の場合、総収入とストリーム回数の関係で、1ストリーム当たりの楽曲単価が毎月異なることがある。iTunes MatchもApple Musicと同様なのだが、iTunes Matchの1年間の傾向を見る限りにおいては0.18〜0.22円程度なので、劇的には変化しない印象だ。ユーザーが増えて全体収益が増えても、その分、母数となる総ストリーム回数も増える。従って、案分方式だと、1ユーザー当たりの楽曲利用回数が大きく変化しない限りは、ストリーム単価に大きな変化はないのではないだろうか。

 とはいえ、Apple Musicが始動した今、レーベルの運営者として傘下のアーティストにどの程度の分配が可能なのか、ダウンロード販売と比較してどのようになるのか、といった部分は大いに気になる。

 ここに一つの参考になる数字がある。「アップルは、Apple Musicの無料期間中、アーティストに対し1ストリーム当たり0.4円支払う」(アグリゲーター幹部)という情報を得た。0.4円という数字が何を根拠に導き出されたものかは分からないが、アップルはiTunes Storeのダウンロード販売やユーザーの楽曲の利用状況などのビッグデータを保有しているはずだ。そんなアップルが規定した数字だけに、それなりの根拠に基づいた分配額なのであろう。それは同時に、無料期間終了後の収益分配を示唆する数字なのではないかとにらんでいる。当たらずともいえども遠からず、といったところだ。

 1ストリーム当たり0.4円の場合、先ほど例として示したアーティストが、現状の63万円のダウンロードと同等の収入を得るためには、150万7500回ストリーム再生されなければならない計算になる。ダウンロードの実績から割り出すと、このアーティストの曲を聴いてくれている人は、のべ1547人(国内のみ)なのだが、これらのユーザー各人が、四半期(3カ月)の間に平均1000ストリーム強の回数このアーティストの楽曲を聴いてくれないと同等の収入を達成できない計算になる。90日間で1000ストリームということは、1日に約11ストリームだ。

 コアなファンならあり得ない数字でもないが、90日間毎日毎日、同じアーティストの楽曲ばかりを聴き続ける人はそうはいないだろう。もちろん、聴き放題化により、ダウンロード以上のリーチ率が実現し、聴いてくれる人が増える可能性もあるのだが、「150万7500ストリーム」という数字を聞いただけで、暗い気持ちになってしまうのが正直なところだ。

大手レーベルは死蔵ストック音源が収益源となり増収?

 その一方で、目先をマクロ視点に転じると異なる風景が見えてくる。大量のカタログを保有している大手レーベルの場合、聴き放題化により、現状、CDやiTunes Storeでは売れず現金化できない死蔵ストック音源がストリーム再生され、分配が発生する可能性もある。ダウンロード販売の場合、90秒間の試聴再生があったとしても、購入ボタンをクリックしてくれない限りは売り上げにはつながらないが、Apple Musicであれば、試聴でもストリーム再生されれば分配が発生する。前出のアグリゲーター幹部によると「20秒間再生されれば、1ストリームとしてカウントされる」そうなので、死蔵ストック音源が収益源となる可能性を秘めている。

 そうなると、権利を保有する楽曲が多ければ多いほど、大量のタイトルからチャリンチャリンとお金が積み上がり、分配収入が増える可能性があるわけだ。ン十万曲、ン百万曲といった楽曲を保有する大手のレーベルであるほど有利な状況になる。さらに、レコード業界全体からすると「ちりも積もれば山となる」的な効果はさらに大きくなるであろう。筆者が、冒頭で「レコード業界全体、あるいは大手のレーベルは収益向上が期待できるが、個々のアーティストや弱小レーベルは前途多難」と結論付けたのはここにその理由がある。

 2014年の秋、テイラー・スウィフトさんがSpotifyからアルバムを引き上げて話題になった際、クインシー・ジョーンズ氏が、「Spotifyは敵ではない」と聴き放題型のサービスを擁護する発言をしたのだが、クインシー・ジョーンズ氏クラスの大プロデューサーであれば、権利を保有する楽曲が大量にあり、中には死蔵化しているものも多くあるだろうから、大量のカタログを持つことによる効果は大きいだろう、と考えてしまうのはうがった見方であろうか。

CDよりダウンロードの方が収益が大きい

 2015年7月7日、NHKの「クローズアップ現代」で、定額制の聴き放題サービスを取り上げた「あなたは音楽をどう愛す? 〜新・配信ビジネスの衝撃〜」が放送された。この番組内で、CDアルバム、ダウンロード、ストリーミングにおける、アーティスト収入の違いなど興味深い比較があった。NHKのクローズアップ現代のサイトに「これまでの放送」という形で、ナレーションやインタビューのログが残っているので興味のある方はご覧いただきたい。

【関連リンク】

あなたは音楽をどう愛す? 〜新・配信ビジネスの衝撃〜(NHKクローズアップ現代)

http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3681_all.html


 この番組内ではCD→ダウンロード→ストリーミングとアーティストの収益が下落していることを示したかったようだが、単曲単位で比較すると、CDと比較してダウンロードの方が2倍近い収入があった。この、CDと比較してダウンロードの方が収入が高いという数字は筆者も実感している。筆者のように弱小レーベルを営む者にとっては、プレス、JASRACへの著作権使用料、印刷費用、流通コストなどの初期費用のリスクを回避できるダウンロードの方が、結果的に高収益になる場合が多いのだ。それは自分で楽曲の権利をコントロールできるアーティストでも同じであろう。

 権利者が多岐にわたりビジネスのスキームがン万枚、ン十万枚と売れることを前提にしている大手レーベルのタイトルであれば、CDアルバムの方がダウンロードより高い収益が見込めるのであろうが、われわれのような弱小レーベルはそうではない。ダウンロード販売は、CD時代より効率のよい収益源になっていたことも事実だ。Apple Musicの定額制の聴き放題サービスは、そのような弱小レーベルやマイナーアーティストの収益を直撃する可能性がある。

聴き放題は音楽への対価が明確ではない

 音楽制作者として、定額制の聴き放題サービスに対する不安は、収入の面だけではない。音楽を作り続ける上でこれまでと同じモチベーションを保つことができるかどうか心配だ。自分が生み出した楽曲に対する価値や対価が、定額制の場合はあいまいでぼやけてしまうのではないかと危惧している。

 アルバムが1タイトル1500円でダウンロードされれば、名前も素性も分からない誰かさんではあるが、筆者のプロデュースしたアルバムに対し1500円の価値を認めてくれ支払ってくれた人がいるのは、厳然たる事実なわけだ。作った音楽とそれに対する対価が明確に直結している。

 だが、総収入を全ストリーミング回数で案分し、ストリーム再生実績の回数分だけ対価が支払われる定額制の聴き放題は、自分が作った音楽とユーザーが支払ってくれた対価が直結していない。ユーザーの側でも、毎月支払う980円がどのアーティストやどの楽曲への対価なのか、という明確な意識は芽生えにくい。

 もちろん、音楽を20秒以上聴くごとにそのレーベルやアーティストにチャリンチャリンと、980円が細分化された上で、分配されることには違いないのだが、特定の楽曲に対する対価意識は極めて希薄になるのではないか。これでいいのだろうか、と自問してしまうのだ。

 定額制聴き放題サービスについて、シンガーソングライターの篠原美也子さんが自身のブログで印象的な言葉をつづってている。

もはや音楽が、
ひと山いくらの、十把ひとからげの、目方でドンの価値しかないとしても、
誰の様でもない、唯一無二の自分でありたいと願うこと、
その果てに生み出される美しい表現に、
価値があると信じること。

 篠原さんが言うように、自分が生み出す音楽の価値を信じ続けることができるかどうか、筆者はよく分からない。

 とはいえ、定額制聴き放題は世界の潮流であり、それが日本にも本格上陸を果たした。この新しい音楽の販売方法が、果たしてレコード業界にとって、あるいは弱小レーベルや個々のアーティストにとって、吉と出るのか、凶と出るか。

 Apple Musicの無料期間終了後の最初の分配報告がアグリゲーターから届くのは、2015年末から2016年の始めである。そのときに「定額制聴き放題は多くの音楽人に良い効果をもたらします」と笑って報告ができることを望んでいる。

「ものになるモノ、ならないモノ」バックナンバー

著者紹介

山崎潤一郎

音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライターもこなす。大手出版社とのコラボ作品で街歩き用iPhoneアプリ「東京今昔散歩」「スカイツリー今昔散歩」のプロデューサー。また、ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。音楽趣味はプログレ。

TwitterID: yamasaki9999


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