Web2.0的サービスを次々と作りだし、多くのファンが存在する「はてな」。米国法人が設立されたいま、社内ではどのようにコミュニケーションをとっているのだろうか?
2001年に京都で産声を上げ、はてなアンテナやはてなダイアリーといった、現在のネットを象徴するようなサービスを次々と生み出し、一躍、Web2.0を代表する企業としてその名をいまにとどろかせているはてな。その後も、はてなブックマーク、リィモ、はてなスターといったサービスを送り出して、ネットの住民たちから熱い信頼を得ているのは、ご存じのとおり。
そんなはてなの社内では、どのような体制で仕事が進められているのだろうか、サービスはどうやって誕生し、どのようにはぐくまれ、日々の運用はどのようにして行われているのだろうか、筆者はかねて、そんな思いを抱いていた。今回、取締役経営企画担当の輿水宏哲氏(id:kossy)に、そのあたりの疑問をぶつける機会を得たので、ここにご紹介しよう。
東京・渋谷の奥座敷のような場所鉢山町。NTTコミュニケーションズが所有する学校のような建物の中にはてなはある。NTTが電電公社と呼ばれていた時代の置き土産なのだろうか、そのたたずまいは、都内の一等地とは思えない広々とゆったりとしたもので、ここに取材に来るたびに、時間の流れが徐々に弛緩し始めるような気がするから不思議だ。
多少くたびれたテニスコートが見える会議室、そこに現れた輿水氏に筆者がまず投げ掛けた質問は、新サービスが誕生する過程を知りたいというものだった。そこで彼が語ってくれたのは、リィモの誕生秘話だ。
リィモが提案されたのは、2006年の12月に実施された伊豆への社員旅行でのこと。この社員旅行では、毎回プレゼンテーション大会が実施される。そこでは、新サービスのアイデア、業務の改善、社内的なシステムなどへの提案がプレゼンされる。そのとき、17〜18件のアイデアの中で「これまでのはてなにはないサービスで、リィモが異彩を放っていた」(輿水氏)と明かしてくれた。
ネットの動画を受動的に、つまりテレビのように見たいという要求から生まれたリィモだが、はてなRSSを担当する2人のエンジニアが、日常業務の合間を縫ってこの日のために作り込んでいた。全員で投票を実施した結果、リィモが圧倒的な支持を獲得。「次期、新サービスとして、ほぼその場で全員の賛成を経てスタート」(輿水氏)し、2007年2月にはリリースにこぎ着けた。
ただ、リィモの場合、番組を自動で収集するアルゴリズムの作り込みに時間がかかったため、プロジェクト開始からサービス開始まで「2カ月もかかってしまったが、はてなのスピード感で考えると1週間でリリースしたかった」(輿水氏)であり、Web2.0系サービスの特徴でもある「リリースした後で、ユーザーの声を取り入れながらブラッシュアップすればいい」(輿水氏)という過程を経るのが普通。
リィモに限らず、この会社では新サービスは会議からは生まれない。「誰かがアイデアを出しモックアップを作る。それを全員で膨らまし、もみながら、盛り上げていく」(輿水氏)ことでリリースにこぎ着ける。そうやってリリースされたサービスは、社内の意見はもちろん、はてなアイデアなどに寄せられたユーザーの意見や要望を取り込み“走りながら”成長を続ける。
あらゆる事柄が会議での合議で進められ、妥協の積み重ねになりがちな一般的な企業とは懸け離れた体質がそこにはある。そういえば、以前、スティーブ・ジョブスの片腕でアップル本社のボードメンバーだったある人が筆者にいった言葉がある。「社内で誰も賛成する人間がいないアイデアだから成功する。iPodはそうやってできた」。
もちろん、前述のはてなのやり方とは次元の異なる話だが、個性的で独創的な個人プレーヤーの集合体であるからこそ、革新的なサービスや製品を世に送り出すことができるという部分でその精神は同じように感じたものだ。
ただ、そのようなはてなだが、実は、2007年1月から組織運営の在り方を変えたという。以前は、個性派エンジニア集団らしく、1〜2人が1つのサービスやプロダクトを担当することで、同時にいくつものプロジェクトが同時進行しているようなイメージだった。
だが、これだと「リソースが分散してしまい効率のよい開発ができない恐れが生じた」(輿水氏)ため、いくつかの推進すべきサービスやプロジェクトにリソースを集中させるような体制作りを行ったという。
図1が現時点でのはてなの社内体制だ。大きく4つのチームに分かれ、4人の取締役が各チームのリーダーとして存在する。ただし、開発チームに関しては、近藤社長を含めて3人の「クリエイター」が中心となってサービスを開発している。「クリエイター」というのは、はてな内での職種名で、一般的にいうところのWebプロデューサー、プロジェクトリーダーに似た立場になる。
「クリエイター」は、自身でプログラムコードを書くことができ、なおかつ、独創的で面白いアイデアを生み出し、サービス全体の仕様と設計、プロモーションを担当しなければならない。その方針に基づいて、配下の担当エンジニアたちが「クリエイター」の思いを具現化することになる。
はてなには、高い技術を持った優秀なエンジニアがそろっている。だがエンジニアとして優秀なことと、面白いサービスを作り出す能力はまったく別物であろう。そういった意味でも、以前のように各担当者が、同時進行で別々のサービス開発を進めていたのでは、リソースが分散してしまうのは理解できる。「クリエイター」としての能力を持った人材に権限を集中させることで、さらなる高次元のサービスを生み出すことができるというわけだ。
ただ、この図を見れば分かるが、今回の組織変更で一般の企業と似たような形態になってきたと見ることもできる。個性派エンジニア集団も、社員が増えるにつれ「選択と集中」による効率の良い組織運営を目指すとなると、やはり一般的な企業組織のそれに近づくということなのだろうか。ただ、輿水氏は「われわれにとって何がベストなのかを考え抜いた結果であり、初めに組織論ありきで作ったものではない」と胸を張っていう。
はてなは、世界を視野に入れた新しいサービス開発を目指して2006年7月、米国シリコンバレーにHatena Inc.を設立した。現在、米国には、近藤社長、近藤夫人、インフラ担当エンジニアの3人が常駐している(図1の黄色で示した部分)。ここで気になるのが、米国と日本の業務連携だ。
組織図を見ても分かるように、図の上では、米国現地法人が独立した組織として存在していない。実際、組織として独立してはおらず、常駐の3人も日本と同じ組織の中で動いている。
ただそうなると、距離と時差があるだけに、円滑なコミュニケーションが可能なのかと心配になる。「ビデオを使ったスカイプと社内イントラネットを使ってミーティングをやってはいるが、日本にいるときのようにはコミュニケーションできない」(輿水氏)そうだ。
筆者も時々スカイプやiChat AVを使った取材を行うことがあるが、現実問題として、映像で相手の顔が見えているからといっても、同じ空間を共有していない者同士の会話は、どこかスムーズさに欠け、多大なエネルギーを消費する。もちろん、音質や遅延といった技術的な問題も大きいのだろうが、それだけで済まされる話ではないような気がする。
とはいえ、「米国の近藤は、時差があり離れているからこそ、日本の状況を客観的に見ることができ、的確な指示を出せる部分があると思う」(輿水氏)といい、その成果として、日米太平洋横断タッグ体制で開発されたサービスが、2007年7月にリリースされた「はてなスター」というわけだ。
前にも説明したが、はてなのサービスはどれも、Web2.0の特長である「未完成のままリリースしてユーザーの声を取り入れながら完成に近づける」いわゆる「永遠のベータ」という手法で公開される。
そのようなサービスに対するユーザーの要望や提案を集める場が「はてなアイデア」だ。はてなアイデアを眺めていると、サービス開始当初はバクの報告が目に付くが、はてな側が対応してバグが一段落すると要望が多くなることに気付く。
面白いのは「要望市場」の副題のとおり、アイデアや要望を株式に見立てて、そのアイデアを支持するほかのユーザーが手持ちのポイントで株式を購入する点であろう。はてな側で採用・実装されたものについては、保有株式数に応じて配当が行われる仕組みだ。共感するアイデアを応援するインセンティブになり、さらに良いアイデアが集まるという好循環作用が起きているようだ。
また、この段階で、価値のあるアイデアが浮上して、そうでないものが淘汰されるという作用も働く。こうやって集まった一定レベル以上のアイデアや要望は、日々、社内で検討されており、その検討の模様が音声で公開されているのはご存じのとおり。ユーザーからすると、採用はされなくても、検討されているという満足感が、さらなる投稿インセンティブとなる。
未完成のままリリースし、常に改良と成長を続ける手法は、はてながいまだベンチャー企業といえる部類にあるからこそ可能な考え方であろうし、ユーザーの側もそれを許すのであろう。
例えば、いまは東証1部上場企業となったYahoo! JAPANの場合だと、そうはいかない。あそこまで巨大化すると彼らには社会的に責任といったものが重くのしかかる。完成度の低いベータ段階のサービスを出し、何か問題が起きた場合、社会的な損失も大きいだろう。
実際、2003年の東証上場を機に筆者がYahoo! JAPANの井上雅博社長にインタビューした際、新サービスは、これまでと違い、徹底的に精査し時間をかけて作り込んでから出す、といった趣旨の発言をしていた。それでは、一寸先に何がはやるか分からないネットの世界で小回りが利かないのでは、という筆者の問い掛けに、「東証上場企業になったいま、不完全なサービスを提供することでもたらされるリスクを考えると小回りが犠牲になるのは仕方ない」といっていたのが印象的だった。
前述のようにはてなは、組織の拡大に合わせて社内体制の変更を行っている。それは、いわゆる一般的な企業へ近づきつつあることなのかもしれない。今後、さらにサービス規模が拡大し、いわゆるネットリテラシーがそれほど高くない一般のユーザーも使い始めたとき、ここ日本で、現在の「永遠のベータ」的手法がどこまで許容されるのか大いに興味がある。
それは、ほかのWeb2.0企業も同様で、「永遠のベータ」という手法がインキュベーション機能としての役割を果たしているだけに、成長期を過ぎ成熟期に差し掛かろうとしたネット企業に、ステークホルダーの側がどこまでそれを許すのか興味津々だ。
独創的で個性的なエンジニア集団のはてなだけに、組織の拡大につれて、今後、その体制やサービスの開発過程がどのように変化し成長してゆくのか大いに楽しみなのだ。
著者の山崎潤一郎氏は、テクノロジ系にとどまらず、株式、書評、エッセイなど広範囲なフィールドで活躍。独自の着眼点と取材を中心に構成された文章には定評がある。
近著に「株は、この格言で買え!-株のプロが必ず使う成功への格言50」(中経出版刊)がある。
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