IT企業で仕組まれやすい、循環取引の構造:お茶でも飲みながら会計入門(6)
意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど。すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
今回のテーマ:循環取引
前回(「決算書をお化粧する、連結外しの仕掛け」)に引き続き粉飾決算について扱います。前回は連結決算書を粉飾するための手法として連結外しについて取り上げました。今回は、1社ベースの決算書を粉飾するのに、頻繁に使われている循環取引について解説します。
【1】A社のたくらみ
A社という3月決算のIT系上場企業を考えます。今期は業績が思わしくありません。以下はA社社長と経理部長のやりとりです。
「今期こそは、なんとか黒字にしないといけないぞ」
「社長! 黒字にするための秘策を用意しました。昔から懇意にさせてもらっているB社に以下のような取引をお願いしています。
B社との取引契約書 概要
A社が開発したソフトウェア著作権を3月25日にB社へ販売し、4月10日に同額で買い戻す。3月25日〜4月10日の間、B社はソフトウェア著作権を利用できない。また、A社がすぐに買い戻すため、現金の授受は行われない。
B社も最初は不思議な顔をしていましたが、現金のやりとりがないならいいですよといってくれました。
3月末時点では、ソフトウェア著作権を販売しているので、売り上げを計上することができ、なんとか利益を出すことができそうです」
「それは良かった」
【2】買い戻し条件付きでは売り上げを計上できない
売り上げの認識においては、実現主義という考え方が適用され、具体的に以下の2つの要件を両方満たすことが必要とされます。
(1)企業外部に、財産の提供が行われていること
(2)その結果、現金・売掛金などを受領していること
先ほどの秘策が、この2要件を満足しているかどうかについて検討すると……、
(1)一時的には企業外部のB社に著作権の提供を行っていますが、それはほんの2週間程度のことであり、しかもB社は譲り受けた期間中、ソフトウェア著作権を利用できない特約が付されていますので、財産の提供があったとは見なされません。
(2)現金・売掛金などの受領はありません。
どちらの要件も満たすことができず、この売り上げは計上できないということになります。そのため、A社が売り上げを計上した決算書は粉飾決算となってしまいます(図1)。
【3】実際には間に何社も入る
連結外しのときと同様に、実際の粉飾決算では、粉飾であることが簡単に露見しないように、手口が巧妙化しています。A社でも、より現実の粉飾に近い、巧妙な取引を行おうと先ほどの契約を修正しようとしてきます。
「しかし、B社の名前でソフトウェア著作権の譲渡と譲受の契約を行ってしまっては、簡単に会計士に見つかってしまうのではないか?」
「確かにそうですね……。では、以下のような取引を行ってはいかがでしょうか?」
B、C、D社との取引全体像
A社が開発したソフトウェアの著作権を、3月25日にB社へ販売し、B社は3月30日にC社へ同額で販売する。さらに、C社は4月5日にD社へ同額で販売し、D社は4月10日にA社へ同額で販売する。3月25日〜4月10日の間、B、C、D社はソフトウェア著作権を利用できない。すべての取引について現金の授受は行わない。
「名案だ、すぐに実行してくれたまえ」
「すぐにB、C、D社に連絡しましたが、各社とも自社の売り上げが増えるのでぜひやりたいとのことです。
先ほどと同様に、3月末時点ではソフトウェアの著作権が販売されているため、売り上げを計上することができ、今期に利益を計上することができます」
先ほどの2社間取引の場合では、販売先から販売直後に買い戻しているため、会計士にとって取引の実態把握は容易で、A社はすぐに粉飾を指摘されてしまいます。一方、取引の間に数社入ると、B社へソフトウェア著作権を販売し、D社からあたかも別のソフトウェア著作権を購入したかのように、偽装することができます。著作権がA ⇒ B ⇒ C ⇒ D ⇒ Aと循環することから、この取引を循環取引と呼びます。しかし、取引の間に何社入ろうが、売り上げの認識について、先ほどの2社間取引の場合と同じ考え方が適用でき、売り上げは計上できません。A社が作成した決算書は、粉飾決算となります(図2)。
【4】IT業界で特によく用いられる循環取引
この循環取引は、とりわけIT業界において、よく粉飾に用いられています。それは、ソフトウェアの売買の実態を追うことが非常に難しく、会計士を欺きやすいためです。一般の商品売買においては、販売すれば在庫の移動が必要となりますが、ソフトウェアの売買においては、在庫の移動を必要としません。移動を目で見ることができない分、会計士が取引の実態を把握することが、より難しくなるのです。
循環取引の問題点は、販売したはずの著作権が、最終的にA社に戻ってくるところにあります。A社に戻ってきてしまっては、著作権が形式的に行ったり来たりしたにすぎず、A社が実質的にもうかることは、当然ですがありません。経営者には、循環取引で形式的な利潤を追いかけるのではなく、本質的な利潤を追求してほしいものですね。それではまた。
筆者紹介
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。
イラスト:Ayumi
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