意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
一定水準の記帳をし、その記帳に基づいて正しい申告をする人については、所得金額の計算などについて有利な取扱いが受けられる青色申告の制度があります。(国税庁の青色申告制度のWebページより)
上記は、節税をする確定申告に関する記述です。税務上、所得金額の計算などで有利な取り扱いを受けるためには、一定水準の記帳を行う必要があることが書かれています。この一定水準の記帳とは、具体的には複式簿記により貸借対照表・損益計算書を作成することを指すといわれています。今回は、フリーエンジニアに限らず、あらゆる事業主(企業を含む)の経理の基本となる複式簿記の仕組みおよび、貸借対照表・損益計算書の作成方法について解説します。
複式簿記はたとえていうなら、会計の世界におけるプログラミング言語です。IT業界では、BASIC・C言語・Java言語を代表とするさまざまな言語が入り乱れていますが、会計の世界では、複式簿記以外の言語はないといってよいでしょう。つまり、複式簿記さえマスターすれば、会計の世界の言語はマスターできたということになります。
複式簿記という言語の構文はたった1つです。それが、これまで本連載でも何回か登場した仕訳です。仕訳の簡単なサンプルを示すと以下のとおりです。
現金 100/売り上げ 100
この構文を使ううえでは、以下のルールがあります。
(1)“/”(スラッシュ)より左側(「借方」と呼びます)と右側(「貸方」と呼びます)に1つ以上の項目を記載します。片方だけしかない仕訳というのはありません。
(2)借方の合計と貸方の合計は必ず一致させます。例えば下記のような表現はエラーとなります。
現金 100/売り上げ 90
(3)会計データの操作は、必ずこの仕訳を通じて行います。仕訳以外から会計データを操作することはできません。
複式簿記における唯一のデータ操作の表現構文。上記(1)〜(3)の規則に基づいて記述される。
複式簿記のルールは以上です。どんな複雑な会計処理も仕訳によって表現されることになります。世界中のほぼすべての企業が、この複式簿記を用いて、経理業務を行っています。
以上を念頭に、具体的な取引例を用いて仕訳を行ってみます。なお、消費税などは考慮していません。
(1)依頼されていた会員専用サイトの開発が完了して公開され、現金25万円を受け取った。
現金 250,000/売り上げ 250,000
(2)事務所の家賃10万円を現金で支払った。
支払家賃 100,000/現金 100,000
(3)開発用のサーバを35万円で購入した。10万円は現金で支払い、残額はクレジットカードで翌月末決済とした。
機械装置 350,000/現金 100,000
未払金 250,000
以上のどれもが、前述のルールにのっとっていることが確認できるかと思います。しかし、実際に仕訳を行う(「仕訳を切る」ともいわれます)とすると、現金や機械装置といったラベリング(「勘定科目」と呼ばれます)をどうするか、苦慮するかもしれません。そこで、勘定科目を分類し、どのようにラベリングすればよいかについて見ていきます。
勘定科目は以下の5種類に分類することができます。これらの分類ごとに借方・貸方のどちらに登場したかに応じて、増減が発生します。以下の表をご覧ください。
借方 | 貸方 | |
---|---|---|
A.資産 | 資産の増加(+) | 資産の減少(−) |
B.負債 | 負債の減少 (−) | 負債の増加 (+) |
C.純資産 | 純資産の減少(−) | 純資産の増加(+) |
D.収益 | 収益の減少(−) | 収益の増加(+) |
E.費用 | 費用の増加 (+) | 費用の減少 (−) |
各項目の内容は、A〜Cについては貸借対照表の回「JALの危険性が分かる貸借対照表の読み方」で解説しています。Dは売り上げ、営業外収益などを意味し、Eは売上原価、販管費などを意味します。D、Eについては損益計算書の回「損益計算書に登場する5つの利益」で解説しました。そのため、今回は解説を省略します。
仕訳は、A〜Eのうちのどれかの増減を示しています。これについては、最初のうちは覚えるしかありません。例えば【2】(1)〜(3)の仕訳については下図のとおりです。片方だけの仕訳はないので、必ずA〜Eのどれか2つ以上の勘定科目が同時に増減することとなります。
以下、よく使われる勘定科目を列挙しておきます。なお、勘定科目は一般的なものがほぼ決まっていますが、会社ごとに独自に定義されているものがありますので、下記だけで、すべての会社の勘定科目が網羅されているわけではありません。下記にとらわれず、A〜Eの分類の中で、会社ごとに分かりやすい分類をすればよいのです。
A.資産→現金、預金、受取手形、売掛金、商品、原材料、仕掛品、製品、建物、機械装置、車両運搬具、工具器具備品、ソフトウェア……
B.負債→支払手形、借入金、未払金、引当金……
C.純資産→資本金、資本剰余金、利益剰余金……
D.収益→売り上げ、雑収入、受取利息……
E.費用→仕入(売上原価)、租税公課、給料、賞与、法定福利費、広告宣伝費、支払家賃、支払手数料、旅費交通費、交際費、減価償却費、支払利息、法人税、住民税および事業税……
決算時には、決算用の特別な仕訳(決算整理仕訳と呼ばれる)を行い、その後仕訳を集計します。今月が決算月であり、決算整理仕訳はなかったと仮定して、月末までの取引(【2】(1)〜(3))を集計してみましょう。その際、借方・貸方両方に登場しているものは、金額を相殺した残額だけを表示します。すなわち、現金については「借方25万円−貸方10万円−貸方10万円=借方5万円」となります。左右の一致が保証されている仕訳の累積なので、当然左右の合計は一致します。
科目 | 金額 | 科目 | 金額 |
---|---|---|---|
現金 | 50,000 | 未払金 | 250,000 |
機械装置 | 350,000 | 売り上げ | 250,000 |
支払家賃 | 100,000 | ||
合計 | 500,000 | 合計 | 500,000 |
上記は、各勘定科目の残高の一覧を示し、「残高試算表」と呼ばれます。【3】内A〜Cの勘定科目が貸借対照表に、D〜Eの勘定科目が損益計算書に表示されます。残高試算表の金額に基づいて、貸借対照表・損益計算書が作成されます。
あらためて、複式簿記の全体像を示すと以下のとおりです。これは、あらゆる企業の経理業務の基本となるものです。
取引について、もれなく仕訳を切る
↓
決算時に決算整理仕訳を切る
↓
仕訳をすべて集計し、残高試算表を作成し、残高試算表に基づいて貸借対照表・損益計算書を作成する
なお、この後には帳簿の締め切り処理が、さらに翌期には繰り越しという処理が必要になりますが、長くなってしまうため、今回は割愛します。
上記の手続きを踏んで貸借対照表と損益計算書を作成し、これを添付すると青色申告で確定申告が行えます(*1)。最初は複雑だと思われるかもしれませんが、構文はたった1つであり、それらを適切に組み合わせることによって、記帳できるわけですから、慣れてしまえば、プログラミングよりよっぽど簡単かもしれませんね。それではまた。
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。
イラスト:Ayumi
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