意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
出資したお金が戻ってこない―― このようなトラブルは後を絶ちません。今回は最近話題となったトラブルを取り上げ、会計の観点からどこに問題があるのかを解説します。
安愚楽(あぐら)牧場の和牛商法事件で、経営破綻(はたん)の約2カ月前に同社が「前年度並みの利益を確保できる」とうたった事業報告書を出資者に送っていたことが分かった。
〜朝日新聞デジタル 6月20日記事より抜粋
安愚楽牧場は、和牛オーナー商法と呼ばれるモデルでビジネスを行っていましたが、2011年に民事再生法の適用を申請し、倒産しました。
和牛オーナー商法とは、出資者がお金を出して和牛のオーナーとなり、和牛から生まれた子牛を販売して得られる利益を分配する仕組みです。安愚楽牧場は高利回りでかなりの利益が得られるとされていましたが、実際には2011年頃に資金繰りに行き詰まり、経営破綻しました。
米金融業者MRIインターナショナルによる資金消失問題で、同社が関東財務局に提出した事業報告書の内容が4日、明らかになった。2011年12月期にゼロだった長期貸付金が1年後には84億円と報告されるなど年ごとの変動が大きい。報告書について証券取引等監視委員会は「ずさんな内容で、ほとんど虚偽」とみており、米当局と連携して会社資産や運用実態を解明する方針だ。
〜日本経済新聞電子版 2013年6月5日記事より抜粋
もう1つのケースを見てみましょう、MRIインターナショナルは米国の診療報酬請求権を運用して利益を得る仕組みでしたが、2013年に資産が消失したと報道されました。
どちらの場合でも、もっというとほとんどの投資トラブルにおいて、問題が表面化する直前に起きている状況は同じです。次節でどんな状況が起きているのか、見ていきましょう。
集めた出資金をビジネスに投下したものの、なかなか利益がでない状況になってしまったとしましょう。高利回りを売りにしている場合には、分配金が減ると解約がたくさん出てしまいます。そうなってはまずいので、集めた資金の一部を分配に回すようになってしまいます。
具体的な例を示しましょう。まず、10%の利回りを約束してAさんに1000万円出資してもらいます。Aさんに1000万円の10%である100万円を分配したいのですが、利益が出ていないため分配するお金がありません。そこへ、新たに出資を引き受けてもらえることとなったBさんが昨日、1000万円振り込んでくれました。その1000万円のうちの100万円をAさんに分配します。
出資金を分配金に充てれば一時しのぎにはなりますが、次はAさんとBさんに分配しなければいけなくなってもっと苦しくなり、結局は資金ショートしてしまいます。また、財務レポート上で利益が出ていないと不審に思われるため、レポートも粉飾することになります。
この話において会計的に最もまずいことは、出資と利益がきちんと分離されていない点です。利益が出なければ分配を少なくするしかないのですが、解約を避けたいというプレッシャーから、利益以上の分配をしてしまったのです。出資と利益の混同禁止は、会計の世界では、半世紀以上前に公表された企業会計原則にも記載されています。
投資主にお金を分配するときには、ほかの人からの出資から充当するのではなく、利益から充当するべきであり、それらを混同しないように定めた会計のルール。
今回取りあげた2つの事例は、最初から上記のルール違反をするつもりだったかどうかは分かりません。しかし、もろもろの理由から、最後にはルール違反をしてしまったものと考えられます。
今回は投資トラブルについて問題となった事例を見ましたが、順調に利益を出して分配しているところももちろんたくさんあります。大事なお金ですから、預ける先のビジネスモデルや経営者の姿勢などを十分吟味して、投資先を決定したいですね。それではまた。
お茶会計、書籍化!
吉田延史(仰星監査法人/公認会計士) 著
インプレスジャパン
2012/02/17
ISBN-10: 4844331485
ISBN-13: 978-4844331483
1575円(税込)
@IT自分戦略研究所の人気連載「お茶でも飲みながら会計入門」が書籍になりました! トピックごとにまとめてあるので、ちょっとした時の知識確認やまとめ読みにおすすめです。
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。
イラスト:Ayumi
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