意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
前回に引き続き、原価計算を解説します。今回は「直接原価計算」です。
直接原価計算が必要な理由を知るために、皆さんにクイズに答えていただきましょう。
【前提】
自動車を製造する会社A社があります。以下のように費用が発生します。
1年間で100台、自動車が売れるとします。売れる分だけの100台を生産すれば、1台当たり(@)のコストは、下記のようになります。
損益は下記のとおりです。
【問題】
販売台数を増やさず、コストも削減せずに、損失を回避する方法があります。それは、どのような方法でしょうか?
【解答】
生産台数を増やすこと。当期の生産台数を倍の200台に増産してみましょう(100台は販売し、残りの100台は在庫となります)。そうすると、1台当たりのコストは下記のように変化します。
従って、損益は、
となり、損失を回避できました。
生産台数を増やすだけで赤字だった決算が損失ゼロになるなんて、直感的におかしいと思われるかもしれませんが、いまの制度会計では、上記のような「矛盾」とも思われる状況が発生します。
上記の計算で損益に差を出しているのは、固定費です。固定費はどれだけ製造しても同額発生するので、製造すればするほど、1個当たりの負担額は少なくなります。
身近な例として、電車の定期券を考えてみましょう。どれだけ使用しても払ったお金は同じです。たくさん使うと、1回当たりの支出が減り、得をしたと感じることがありますね。この「得をした」という感覚が、上記で述べたような、「生産台数を増やすだけで損益が変わってしまう」状況を発生させてしまっているわけです。
直接原価計算では、生産量に影響されない原価計算を行います。方法は非常に単純です。固定費を生産数で割って均等に負担させるのではなく、すべて発生時に費用として処理するのです。
直接原価計算を用いて、上記の2つのパターンでの損益計算を行ってみましょう。
A.100台生産した場合
B.200台生産した場合
結果、増産しても、同じ損失額となり、1で起きていた状況が解消されました。
「固定費を発生時に費用処理する」方法は、経営意思決定の感覚にも非常に近いです。固定費は費用になることが確定しているため、たくさん生産した場合の在庫に含めるのではなく、発生したときに費用として処理する方が、経営者の感覚に合っているのです。その点、直接原価計算は管理上、理想の計算方法といえます。
固定費を生産量で割って、生産在庫に均等に負担させるのではなく、発生した期の費用として処理する方法。制度会計では採用されていないが、経営意思決定においては、理想的な原価計算方法といえる。
キーワードでは「理想の計算方法」と書きましたが、直接原価計算は制度会計としては採用されていません。理想的なのに、なぜでしょうか? 理由としては、「固定費と変動費の分類が実務上、難しい点」が挙げられます。
例えば、正社員の給与のうち、残業代は変動費でしょうか、それとも固定費でしょうか?
残業時間での製造は、1台あたりに残業時間分の追加費用が発生するため、変動費といえます。しかし、定時内の作業は固定費です。つまり、正社員の給与は生産が極端に大きくなると、変動費が発生するコストといえます。
このように、1つひとつの費目を詳細に見ていくと、「固定費か変動費か」を簡単に判別できないものがあることが分かります。費目の分類が煩雑なこと、恣意(しい)性の入る余地があることから、制度会計では固定費と変動費の扱いに差を設けない方法、すなわち「固定費は、生産量で割って生産在庫に均等に負担させる方法」を採用しています。
これまで数回にわたって、原価計算の基本を紹介してきました。各企業でどういった原価計算方法が採用されているかは千差万別で、さまざまな原価計算方法を組み合わせて採用していると思われます。生産システムに携わる場合は、クライアントがどういった原価計算を行っているかが分かると、クライアントとの会話がスムーズになるかもしれませんね。それではまた。
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。
イラスト:Ayumi
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