意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
「原価計算」解説編、3回目となる今回は「標準原価計算」について解説します。
第43回「勘定科目はサーフィンに似ている? 原価計算入門」で、原価計算は「材料の入手から製品の完成(売上原価)までに発生したコストの勘定科目が、どんどん移動(サーフィン)していくプロセスだ」と説明しました。発生したコストをサーフィンさせていく計算方法を、「実際原価計算」と呼びます。実際原価計算では、コストが上がったとき、どこに原因があったのかを把握できません。そこで、標準原価計算が登場します。
なぜ標準原価計算をする必要があるのでしょうか。センター試験模試を例に取って考えてみましょう。
国語・数学・英語の3科目のマーク模試を受験しました。各科目とも200点満点で、第1回は合計450点だったのに、第2回は合計400点だったとします。本番で良い点を取るため、50点下がってしまった原因がどこにあるのかを分析することにしました。
具体的にどうすればよいでしょうか。まず、自分の得意分野やこれまでの出来栄えを総合的に考慮して、それぞれの科目で目標値を設定します。そして、実際の得点と比較すれば、どの科目が良くなり、どの科目が下がったかが分かります。
●各科目の目標得点
そうすれば、模試を受けて440点に届かなかった場合、上記の目標値と照らし合わせて、どの科目に失敗の原因があったのかを把握できます。
上記のように、50点下がった「原因分析」をするための方法が、会計分野でいうところの「標準原価計算」です。標準原価計算では、製造コストの目標値(理論値ではなく、生産能率を評価するために適切な値)を、費目ごとに細分化して設定します。
センター模試の例はこれぐらいにして、実際の製造現場での標準原価の設定を見てみましょう。前回同様、お菓子メーカーのポテトチップスで考えます。
標準原価計算では、価格と数量に分解できるものを分解して、過去の経験からそれぞれの標準を設定していきます。わたしはお菓子メーカーの製造や原価計算に特別に精通しているわけではありませんので、以下の数値は参考程度とお考えください。ポテトチップス1袋分(100グラム)当たりで考えます。
まずは価格の標準を設定します。この際、目標値を実際に使えるものにするため、現実的な問題を考慮して決定します。例えば、労務費は作業員の月給の支払い額だけでなく、社会保険の会社負担額や賞与支給額なども織り込みます。本来は、品質管理・検査部門の労務費や、光熱費など、詳細な項目を検討して価格が決定されますが、今回は、以下のものに限定して考えることとします。
【材料費】
【労務費】
【経費】
次に、数量を設定します。ここでも理論値ではなく、目標となり得る値に設定します。具体的には以下のように設定します。
【材料費】
【労務費】
【経費】
結果として、標準原価は、以下のようになります。
ここで出てきた「14円」を1つの目標として生産します。そして、目標値と実際値との乖離(かいり)を分析してコスト削減を目指します。
もし実際原価が15円だった場合、それを漫然と眺めるだけでは、具体的にどこに問題があって原価が1円上がってしまったのかを把握できません。標準原価を設定しておけば、標準単価・数量と実際の単価・数量を比較することによって、仕入値の上昇に原因があったのか、(製造失敗などによる)材料の使いすぎがあったのか、生産効率に問題があったのか……と、具体的な原因を究明できます。
目標となる単価・数量を材料費・労務費・経費などに細分化して設定し、標準と実際の乖離状況を確かめることによって、コスト削減を目指す原価計算方法のこと
なお、標準原価計算のもう1つの大きな目的として、「記帳の迅速化」があります。実際原価と標準原価が大きくずれていないことを前提として、棚卸資産を標準原価で算定できます。そうすると、サーフィンさせずに棚卸資産を決定することができます。
もし、期末にポテトチップスが1000袋残っていれば、実際原価計算では「原材料⇒仕掛品⇒製品(⇒売上原価)」とサーフィンさせていく必要があります。
ですが、標準原価計算では、1個あたり標準原価14円×1000個=1万4000円と、サーフィンさせることなく棚卸資産を確定できます(ただし、実際との差が小さい場合に限る)。
このメリットのため、多くの企業が標準原価計算を導入しています。
さて、今回は標準原価について見てきました。センター模試の例を見て「理論的には分かるけど、実際に原因分析したところで、成績なんて簡単に良くならないよ」と思われた方がいるかもしれません。標準原価計算においても同様です。原因分析からアクションを起こすのは難しく、有効利用するのは簡単なことではありません。このあたりに、製造業が成功するための鍵があるかもしれませんね。それではまた。
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。
イラスト:Ayumi
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.